第70話 花火が、消える

 ドォン。


 夜闇の梢の隙間から、光が一瞬差したかと思うと、数秒遅れてドォンと音が耳朶じだに響き渡る。


「あー、始まっちゃったな……もうちょっとだけど、ゲタ、大丈夫?」

「はい、歩きやすいですから……もうすぐというのは……?」

「うん、あそこまでいけば――」


 花火の時間が近くなったので、商店街から離れて小高い丘まで向かう。

 木で作られた階段を上がると、簡素な見晴らし台があり、伊池市の街を見ることができる。一望、というほどの高さではないから、サンダルやゲタでも意外と苦労はしない。

 そして、ちょうど向かい側にある、山が花火の打ち上げ場所になっている。


 ドォンッ。


 また大きな音が鳴ると、瞳に、大輪を開かせた花火がくっきり飛び込んでくる。


「わ……ここ花火、綺麗に見えるんですね」

「小さくはなっちゃうけど」

「でも、花火全体を見られるのは……いいですね」

「そういうこと。この見晴らし台、ベンチがあるだけだからあんま知られてなくてさ。花火を見るときは来るんだよ」

「はい……いいところです」


 花火を見つめる明宮の顔が、光に照らされ輝いている。

 『目を輝かせる』なんて表現があるが、実際に花火で明宮の瞳は輝いている。

 喜んでくれているのなら、やっぱり俺も嬉しいもの。


「さっ、のんびり食いながら見ようぜ」


 たこ焼きや焼きそば、りんご飴などなど……。

 屋台で買ってきたものを、取りやすいように俺と明宮の間のベンチに並べる。


「ですね……こういう場所でも、ソースの匂いがすると、お祭り感ありますね」

「そーだな。ソースの匂いってお祭りかもなー」


 さっそくたこ焼きを一つ食べて、小さく笑い合う。

 熱々とはいかないが、ソースとマヨネーズの濃厚な味とトロッとした中身が十分美味しい。


 ――そして、気づく。


 そういえば、今、俺達二人きりじゃないのか……?


 明宮に伝えた通り、ここは他の人達に知られていない穴場だ。

 もちろん『花火をのんびり見る』という目的のためにやってきた。

 でも、見方によっては明宮を連れ込んでいるのかも……?


 ――いやいや、考えすぎだ。


「昔、花火を見に行ったときは、視界いっぱいで、どこを見ればわかりませんでしたけど……でも、ここなら全体見渡せます」

「迫力って意味なら、そっちのほうがいいけど」

「ええ……でも、こっちも素敵です」


 うん、普通に会話はできている。明宮だって花火を楽しんでいるだけ。

 『二人きり』を意識していないと思う。


 ドォン。

 ドォン。


 早打ちの花火が何度も上がっている。

 じっと明宮は花火に集中している。


 逆に意識してないというのは……友達として見られていても、それ以上には見られていない、そういうことだろうか。

 ふと湧き上がる疑念。


 いや、こうして二人きりで来れた。

 つまり、『デート』として明宮も意識している……はずだ。


「どうせだったら、皆で来ても良かったかな」


 二人きりで来れたことを伝えればいいのに、明宮の反応が知りたくて、思わずそんな問いかけを――心にも思ってない台詞が飛び出す。


「いえ、その……二人きりで……良かったです」

「あ……うん」


 一瞬、俺に視線を向けた明宮だったが、すぐに花火に視線を戻す。

 花火の光に照らされた頬は赤いような気がした。

 俺も頬が熱くなる。やっぱり、明宮もデートを意識して――


「皆さんに言われて、こうできて良かったです」

「――えっ?」


 『皆に言われて』?


「あっ、その……二人で行ってくるようにと……」

「そ、そうだったんだ……」


 明宮が、二人きりで来たのは、友人たちの言葉があったから?

 確かに、仲のいい女子たちと行かないというのは不思議に思ったが……。


「別に、そう言われたからって……良かったのか?」

「はい……だって、あの……日辻さんも大切な友達、ですから」

「……そっか」


 大切な友達――そう言われて嬉しくないわけではない。

 でも、同時に男女関係なく『友人』という視点で認識をされているということか?

 だから今、二人きりでも大丈夫なのだろうか。


『ああ、悪い話じゃないわ。きっとあなたにとっても、彼女にとっても良いことだと思う』


 ふと、お面娘の言葉が思い出される。


 つまり、俺の気持ちと明宮のがすれ違っている――そのことに気づいたほうが、お互いにとって『良いこと』ということなのか?


 いや、どうかしている。

 あんな得体のしれない相手の言葉を気にするなんて。

 もたげてきた思考を必死に否定する。


 花火が上がる。

 とても美しく上がるたび余韻を残して消えていく。

 

 なのに、胸の奥に湧き上がった感情は花火の消えても無くなることはなかった。

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