第69話 青い想いと、青い舌

「お待たせ、買ってきた」


 明宮を待たせていた七夕飾りの場所まで戻ってかき氷を渡す。

 彼女はしっかりそこで待っていてくれた。


「ありがとうございます。あの……お金」

「別にいいけど」

「いけません。そういうのは、なんだか、不公平です」


 遠慮されるかもとは思っていたが、想像以上に強い口調で言われた。


「あー、じゃ、次なんか買うときは明宮が出すって形でいい?」


 かといって小銭をやり取りするのもやや面倒くさいので、そんな提案。


「そう……ですね。わかりました」


 思案した後、それで納得してくれた。


「ここで食べちゃおうか」

「はい。溶けてしまいますし」


 人波の中で歩きながらというのも食べにくいので、そのままここで食べる。


「はぁ……冷たい……♪」

「生きた心地がするってやつだ」

「本当に」


 スプーンストローですくってひと口食べると、ホッとした声を出す。

 暑い中で、シャリシャリとした食感のかき氷はやっぱり格別だ。


「……あの」


 食べていると明宮がこちらを見てくる。


「ん? ブルーハワイ、なんか変だった?」

「いえ……お知り合いと、会っていたようなので……いいのかなと」

「あ、ああ」


 そうか、あのお面娘と話しているのが見えたのか。


「いや、なんていうか別に知り合いじゃなくて、誰かもよくわからなくて」

「えっ? そ、そうなんですか?」

「話してやつ、お面かぶってたんだよ。見えなかった」

「はい、そこまでは……お面を……どうして?」

「ぜんぜんわからん」

「……不思議な方ですね」


 明宮に言われるまでもなく、不思議な相手だった。

 でも、かき氷を食べてはダメとか、お堅いことを言ってたし世間知らず……?

 だからといってお面は――世を忍ぶ仮の姿?


「……本当に不思議だった」


 とはいえ、悪いやつという印象もなかった。


 『彼女の秘密、知りたくない?』


 そう言っていたけれど。明宮の秘密……か。


「ああ、もう下の方……溶けてきてますね」

「一気に食べるとキーンとするんだよな」

「はい、私、すぐになってしまう方なので……」


 話しつつ、明宮をチラ見する。


 秘密。

 誰にだってあるものだし、お面娘に伝えた通り明宮から話すのを待つ形で良いと思う。でも、俺達にとって『良いこと』とも言っていた。


 だとしたら、明宮も俺のこと――いや、そんなまさか。

 最近は話す機会も減ったし、初めて声をかけた人間だからってそんなこと。


「あっ、すみません」

「えっ、な、なんで謝るんだ?」


 むしろこっそり見ていた俺の方が居心地が悪いのに、明宮が急に謝ってくる。


「食べ終わってますよね……私ももうすぐですので」

「ああ、キーンってするんだったら、無理しなくていいって」

「わかり、ました……」


 ホッとした顔で話す明宮は――


「――あ、舌が青くなってる」

「えっ、きゃっ」


 ブルーハワイを食べていたから、提灯の明かりでもわかるほど舌は真っ青。

 明宮が慌てて口元を隠す。


「……あ、ごめん」


 思わず口走ってしまったけど、そんなの恥ずかしいに決まってる。


「じ、事実ですし、言われないのも気づけませんから、困りますし……」

「……まぁ、別のものを食べれば、色、落ちるよな」

「そ、そうですね……」


 羞恥からか、明宮が顔をそらしながら残りのかき氷を食べている。

 まずったかな……と思いつつも、『言われないのも困る』とも言っている。


「あー……明宮も思ったことを言ってくれていいから」


 『彼女の秘密』という言葉が脳裏に残っていたためか、そう伝えてしまう。


「……はい」


 溶けたかき氷の残りをスプーンストローで飲みつつ、明宮が小さく首を縦に振る。


「それじゃ、涼しくなったことだし別のものを食べに行こうか?」

「はい……」


 提案して、また人波の中へ。


「――――っ」


 その時、背後の明宮が息を飲んだのが聞こえる。


「――っと、ありがと」

「え?」


 振り返る。


「…………」


 かき氷を食べても暑さが下がりきってないのか、明宮の顔が赤い。


 お礼……かき氷のこと……だよな?


「お礼なんて、何度も言わなくて大丈夫だ」

「あ……はい。次は日辻さんの食べたいもの、買いましょう」


 俺の言葉にうなずき、明宮が歩き出す。

 それを追って祭りの流れの中にまぎれていった。

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