第68話 閑話3・その頃の悪女2

「そもそもレモンの味がしないって話をしてるのに……」


 お面娘――いや、シアは人ごみの中に消えていった甚平姿の少年を背中を見送っている。どう考えたって、レモンとブルーハワイでオ○ナミンCになるわけない。


「冷たくて、甘いだけ――」


 提灯の明かりに照らされ、かき氷はキラキラと輝いている。

 蒸し暑い大気の中で、ひんやりと手を冷やしてくれる。


「あの二人……大丈夫かな」


 そう呟いたシアが思い出すのは、少し前のこと――



   ◇


 あれからシアは、昼休みにはたまに空き教室にきていた。

 ぼんやりしていると、すぐ近くの非常口で男女が話しているのが聞こえる。


 以前も聞いた二人の会話。

 どうやら二人はクラスメートらしいが、今まで話さなかった間柄らしく、いちいち会話が初々しい。少女の方は、ほとんど話す声を聞いたことがなかったが、少年の方は色々話す声が聞こえる。


「……何もそんなに苦労して話す必要もないだろうに」


 皮肉めいたつぶやきが漏れる。


 一度、二人の顔をこっそり見たことがある。

 少女は、すごく美人で大人っぽくて、あのおどおどした話し方とのギャップに面食らったものだ。少年は、少しやんちゃそうで、人の良さそうな人だった。


 あの美少女のことが気になっていて、こうやってアプローチをかけているとしたら、それは納得できる話だ。『美少女の自分だけ知っている本当の顔』なんて、運命めいたものを感じるだろう。


「ま……いい人ではあるんでしょうね」


 少なくとも少年は、自分の気持ちを素直に話しているように思えた。

 シアが昼間にここに来るのも、二人の行く末が気になったからに違いない。


 でもそれは、言ってみれば毎週流れるアニメやドラマの続きを気になるような無責任な感情。盗み聞きしている時点でまったく褒められたものではない。


 今のシアにとって、二人の会話を聞いている時、いつも二つの感情が入り混じっている。

 一つは、二人のこそばゆいやり取りに、どこかホッとしている気持ち。

 そしてもう一つは、幸せそうな二人に対する、モヤついた気持ち。

 我ながら無関係の人間に当たるなんておかしい――そう頭の中ではわかっている。

 でも、胸の奥がずぅんと重くなるこの感情は、否応なしに湧き出している。



 ――そんなある日のこと。


 その時、シアはトイレに入って一息ついたところだった。


「こよみんは、お祭り、どうするの?」


 洗面台のところで、他のクラスの女子達が話している。


「いえ、特に予定は」


 ……あら。


 その声には聞き覚えがある。非常口でお昼を食べていた少女の声。

 そういえば最近、彼女たちは来ていなかった。

 こうして自然に女子同士で話しているということは、女子の間だと仲がいいのか、それとも仲良くなったのか……。


「えっ、それじゃ明宮さん、一緒にお祭り行こうよ」


 別の声が聞こえる。どうやら話しているのは三人だ。


「いいんですか?」

「もっちろん! かき氷食べてイカ焼き食べて、花火見よーよ!」

「はい……ぜひ」

「あっ、でも、こよみん、ヒツジと約束してたり?」


 一番最初に、お祭りのことを聞いた女子の声だ。


 ヒツジ……?

 変な名前だから、聞き覚えがある。

 『アケミヤ』とか『コヨミン』とか呼ばれてる子と一緒にいた男子の名前。


「えっ、どうして……ですか」

「へへへー、だって、二人……いい感じなんでしょ」

「えっ、えっ!?」

「……あれ?」

「おんやぁ?」


 戸惑った『アケミヤ』の声に、残りの女子二人が驚いたようだった。


「もしかして、こよみん、ヒツジとなんもないの?」

「なにも……とは?」

「ぶっちゃけ付き合ってるとか、そーゆーこと!」

「そっ、そんな……私なんかとは……っ」


 慌てているものの、明らかに照れも混ざった声。

 少しばかり、可愛いと思ってしまう。


「あ……そうなんだ」

「告白しようとか、思わないの?」

「え……そんなこと、わからない……です」


 蚊の鳴くような声を上げる。


「でも……今までのお礼は、しっかり言いたい、です……」


 それでも、必死に漏らした声には、間違いなく強い意志がある。


「それじゃ、お祭り! ヒツジと行ってきなよ!」

「そーだね。誘えば絶対、一緒に行ってくれるだろうし! 二人きりでデートだよ、デート!」

「で、でぇと……」

「……ヒツジとデート、したくないの」

「…………」


 声は聞こえなかった。


「ふふふ、じゃ、誘ってくること。あとでどうなったかちゃんと聴くからなぁ~!」


 でも、女子たちの反応を見るにうなずいたということだろう。

 そのまま、ワイワイ出ていってしまう。


「……ふーむ」


 これは……『ヒツジ』くんに大いに脈アリ、ということだろう。

 ちゃんと、二人はデートに行けるのだろうか。

 そして何より、関係を深められるのだろうか。

 二人の昼休みの食事風景を聞いていたからわかる。


 あまり進展はないのではないか――と。


「どんな気持ちでも……その気持ちが伝わらないのは、辛いものよね」



   ◇


 ――というわけで、少しばかり背中を押しに来たわけなのだが。


「……ま、ちゃんと二人きりで来てたみたいだし、お節介だったかな……おっと」


 考え事をしているうちに、かき氷が溶けかけている。

 黄色と青が混ざって緑になった場所をひとすくい食べてみる。


「……あむ」


 うん、甘い。レモンの味もブルーハワイ? の味もしない。


「…………ん」


 混ざってない黄色の場所を舐めてみる。


「……レモン?」


 言われればそんな気がしなくもないが……?

 続いて青い場所も食べてみる。


「……甘い」


 これが『ブルーハワイ味』?

 よくわからなくなってきた。もう一度、緑色になった場所食べる。


「ぜんぶ味……違う、かも?」


 そんなのは錯覚だと思ったけど。


「クスッ、オ○ナミンCの味……なんて知らないから、飲んでみないとね」

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