第67話 問いかける、お面娘

「誰かなんて、どうでもいいと思うけど」

「良いのか……?」


 思わずツッコミが漏れてしまう。

 いくらお祭りとはいえどう考えても、不審者でしかない。


「それじゃ『正義の味方』ってことで。損はさせないつもりよ」

「なんの用ですか?」


 怪しさしかないので、お面の少女に背を向けて、かき氷屋に並んだまま問いかける。我ながらぶっきらぼうになっていると思ったが、得体のしれない相手に気を遣いすぎる必要もない。


「お祭り、一人じゃないでしょ」

「まぁ、連れがいますよ」

「……やっぱり」

「それがなにか?」

「彼女の秘密、知りたくない?」

「秘密?」


 思わず振り向いてしまう。


「ええ、秘密♪」


 お面の空いた目の部分の裏に、少女の瞳はあるはずだが、日も落ちてきた時間では、その瞳が見えることはない。

 それでも俺が食いついてきたことに、少女も喜んでいるのがなんとなくわかる。


「ああ、悪い話じゃないわ。きっとあなたにとっても、彼女にとっても良いことだと思う。だから……知りたくない?」


 『知りたくない』


 ……そう断言するのは嘘になる。

 だが、素性もわからない相手の言葉にどれだけ真実があるだろうか。陰口を伝えられるほど、恨みを買っている記憶はないが、こんなお面娘に声をかけられる状況も覚えがない。

 つまり、聞いたところで意味はない。


「……いや、いいよ」

「えっ、そうなの?」

「秘密を暴きたいわけじゃないし。大事なことなら、向こうが言うだろうから」

「そ、そう……」


 戸惑ったような声をあげられた。

 残念というよりは、俺が聞いてくると確信していたのか。


「……そっか、だったら、強制するようなことでもないね」


 意外にも、少女はあっさり引き下がる。

 本当に善意で『彼女の秘密』を伝えたいと思っていたのだろうか。

 もしかしたら、このは、ものすごく真面目にこの行動をとっている……?


「失礼したね。それじゃ」

「えっ、かき氷は?」


 列から抜けそうになるので、慌てて呼び止める。

 かき氷を求める列は俺が並び始めたときより伸びているから、ここで抜けたら次に買おうとしても大変になる。


「かき氷は……」


 お面娘が『氷』と書かれた、のぼり旗に顔を向ける。

 そこには、一瞬の迷いが見えた。


「着色料を使ってるのは、買っちゃダメって言われているから」


 思った以上に、お堅い言葉が帰ってきて面食らう。


「え、でも、祭りだし……ちょっとぐらい」

「それにかき氷のシロップなんて、色が違うだけでぜんぶ味は一緒でしょ」


 そう言っているが、どこか寂しそうに聞こえる。


「かき氷、食べたくない?」

「…………」


 無言になって、少女は首の汗を拭う。

 髪を結い上げているが、その髪はけっこうボリュームがあるようだ。

 さっきの言い方からしても、食べたくないわけではなさそうだ。


「味は一緒って言ったけど、匂いをつけてるから、案外違うんだ」

「じゃ、ブルーハワイって何味?」

「ブルーハワイ」

「それ、答えになってなくない?」

「なんでだよ。カレーの味を表現するときは、カレー味って言うじゃん。だったらブルーハワイの味はブルーハワイだろ」

「それは、そうなのかな……」


 少女が思案しているのか、顔を伏せる。


「ま、論より証拠……っと、すみませーん。かき氷三つ」


 話している間に自分の番になったので、明宮に頼まれたブルーハワイ。

 俺用にイチゴ。そしてお面娘用には――


「レモンとブルーハワイ、ミックスで」

「え、ミックス?」

「そ。それがキミの分」

「私の……?」

「買っちゃダメって言われたんだろ。キミは買ってない」

「あれは、そういう意味じゃなくて」

「知らない人間にもらったものだから、別に捨てたって良いぜ。

 俺たちのことを気にしてくれたみたいだから、そのお礼」

「お礼……?」


 そうこう言ってる間に出来上がったから、三つのかき氷をもらって列から外れる。


「ほい。ブルーハワイとレモンを合わせると、オ○ナミンCの味になるとか、聞かなかった?」

「聞かない。それに、ぜんぶシロップの味」

「だったら食べてみて。レモンの味がしなかったら味の変わってる証拠。それじゃ俺は待たせてるから」


 かき氷を渡して、その場から離れる。


「あ……」


 お面娘の戸惑った声は、すぐ雑踏の波にさらわれた。

 それだって、人波のすぐ紛れてしまったに違いない。

 なのに、彼女はずっとこちらを見送っているような気がした。

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