第61話 自信、持てよ
――当然というか。
「ねぇねぇ! 明宮さんと相合傘で帰ったって、どゆことっ?」
次の日の朝、教室にて早速クラスメートの
おさまりのやや悪い、くしゅくしゅとしたボブヘアに、勝ち気そうなくりっとした瞳が印象的な女子だ。
「早いなー、情報」
「そんな衝撃的なことがあったら、すぐ駆け巡るに決まってるでしょー」
伴野は男女関係なく、誰とでも仲良くなれるフレンドリーさがある。
当然、彼女としても明宮のことは気になってたんだと思う。
「最近、たまたま話すようになってさ」
「え、そうなの? 話してるの見たことないけど」
「まぁ、周りに人が多いと口下手になるというか……だから別のところでな」
「口下手? 明宮さんが?」
目を丸くされる。それもそうか。あくまで『クール』が周りからの明宮の印象だ。
「話してみればわかる」
こうして聞かれたのは、いいタイミングだ。
伴野は俺以上に話しやすいタイプだから、明宮も馴染んでくれそうな気がする。
「ふーん、声を掛けていいのかしら?」
「いいと思うぞ」
「……ん、わかった」
遠慮していたようだが、俺の言葉で決意を固めたらしい。
一度気合を入れると、明宮の席まで向かう。
「おはようっ! 明宮さん」
「っ!?」
いつものように本を読んでいた明宮が、驚いて顔を上げる。
「ね、ね、ちょっと話してもいーい?」
強引すぎるが、俺にはできない行動だ。
案外、うまく噛み合いそうな予感だ。
「…………」
明宮が一瞬、不安そうにこちらを見るので『大丈夫』と伝えるべく、軽くうなずいてみせる。
「……は、はい」
「よかった! 入学式の時から話してみたいなーって思ってたんだけど、タイミングがつかめなくて」
「……は、はい」
「あ、でも、嫌だったら言ってくれればいいからね」
「……は、はい」
「昨日さ、ヒツジと一緒に帰ってるの見たから、これは私も話せるチャンス? って思ったんだけど」
「……は、はい」
「…………」
「……は、はい」
「…………」
「…………」
会話が――いや、伴野が一方的に話していただけだったが――が途切れる。
見た雰囲気ではクールに受け答えをしているように思えるが、その実、緊張でガチガチになっているのがわかる。
「だ、大丈夫?」
そのことに、伴野も気づいたらしい。
心配そうに明宮に問いかける。
「……あ、その……し、失礼しますっ」
ペコリと頭を下げると、そのまま教室を出ていってしまった。
どうやら緊張が限界を越えたらしい。
「あー……えっとだな……」
「……ごめん、ミスった……強引すぎだったわ」
俺がフォローを入れる前に、伴野が謝ってくる。
「ドンマイ」
「うーん、なんか想像してた以上に話すの……」
「まぁ、そういうこと。行ってくる」
「ん……頼んだ」
肩を叩かれるので、そのまま教室を抜け出した。
◇
明宮は想像通り、いつもお昼を食べている非常口のところにいた。
体育座りになって、その膝に顔をうずめている。
「…………」
ひとまず隣に座る。
彼女が落ち込んでいるのは、見てわかる通りだ。
「…………あのさ」
ビクッと明宮の肩が震える。
「伴野、謝ってた」
「――え?」
明宮が顔を上げて俺を見る。目の周りが少し赤くなっており、腫れているのがわかる。
「……なぜ? 伴野さんが……」
予想通り、ちゃんと明宮は話しかけられた相手の名前をわかっていた。
「ちょっと強引すぎたってさ」
「違います……それは違います」
首を横に振りながら、明宮が強い言葉になる。
「緊張して、逃げてしまった私が……悪いのに……」
でも、言葉はどんどん弱々しく小さくなっていく。
「いつもこうなんです……逃げてしまって……話せないまま、おかしな態度をとって……その繰り返し……私、何も変わらない」
何度もしてしまったことだから、ますます明宮を萎縮させている。
そういうことなんだろう。
でも――
「そうだな、逃げたのは明宮が悪い」
「……はい」
明宮が縮こまる。自責の念が、彼女を肩を……身体を凝り固まらせていく。
「でも、繰り返しってことはないだろ」
「え……?」
「今だったら、戻って謝ったら終わり。誰も気にしない」
「それは……」
「明宮はさ、今まで一人だったから、同じことを繰り返したのかもしれない。でも今は『それじゃダメだ』って言うやつがいるんだぜ」
「でも、それは……日辻さんのおかげで……」
「俺を友達になりたいと思わせたのは、明宮だ」
「あ…………」
「自信、持てよ」
明宮が目をいっぱいに見開く。その瞳は潤んでいた。
「だったらもう、繰り返すことはないさ。止めるやつがいるんだから」
「…………」
「戻ろうぜ」
笑いかける。
我ながら、かっこつけたことを言ったと思う。
だけど、それで明宮が一歩前に進めるのなら、これもそのうち笑って済ませられることになると思う。
「……はいっ」
ぎゅっと目を閉じ、明宮が大きくうなずく。
こらえきれなくなった涙が、彼女の頬を伝っていた。
◇
「あっ、戻ってきた」
結局、そのまま一時間目は休んでしまい、休み時間に戻ってくる。
――後で聞いた話だったが、1時間目も調子が悪くなって保健室へ行っていたとクラスメートたちは口裏を合わせてくれていたそうだ。
「……はい。その……」
伴野の前で、明宮が手をぎゅっと握り、何度か自分を鼓舞させるように頷く。
「……ごめんなさい。急に、席を立ってしまって……」
「いいのいいの。急にべらべら~って話しかけられたら、びっくりするよねー」
「……ごめんなさい」
「うん、ごめん」
同時に謝る。
「あの……私も、お話、したい……です……うまく、話せませんけど」
「うんっ! まぁ、のんびりやりましょー♪」
「……よろしく、お願いします」
伴野の言葉に明宮が頷く。
その顔はクールなものではなく、小さな笑みに彩られたもの。
そして、あどけなくも少し大人の女性の雰囲気を伴っていた。
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