第51話 いた

「……いた」


 俺たちの関係を壊すとしても。言わないという選択肢はなかった。


『嘘をついた時の私って、ずるいの。とても浅ましくて狡猾こうかつで……奸知かんちにたけたことばかり言うから……嘘、つきたくない』


 シアはかつて、俺にそう漏らした。

 だとしたら、俺が嘘をつくことが嬉しいはずはない。


「それって明宮さん?」


 やはり。

 想像どおりの問いかけが来た。

 だが、頷いた以上、ここで偽ることはできない。


「……ああ」


 もう一度、頷く。


「明宮のこと、好きだった」


 はっきりと断言する。

 もう、戻れないところまで来た。


「そんな気してた」

「そんなに露骨だったか?」

「ぎこちなさがね、すごく」


 そうかもしれない。

 明宮の前だと身構えてしまう自分がいる。


「気持ちを伝えられなかったんだ……いや、伝える前に脈がなくてあきらめた」

「……ん」


 いつのまにかうつむき、膝の上の手を見つめていた。

 シアもずっと梢を見上げている。

 普段なら俺の目を見て話すシアだが、今は見られないほうが助かる。


「でも、ずっと後悔していた。自分の気持ちを伝えられたら。何か変わっていたのかもしれない……そう、考えてた」

「だから私に『告白』したんだ」


 シアが口にするのは俺の行ったこと。人の想いをもてあそぶ行為。


「……ごめん。きっと断られると思ったし、それで気分を晴らそうと思ってた。でも、それは俺の事情でシアのことなんて、考えてなかった」


 口にすると、なんとも愚かで自己中心的だと痛感する。


「――最低、だね」


 シアのその言葉も、当然と言えた――


「――そう、私が言ったら、少しはヒツジくんの気持ちも晴れるのかな」

「え?」


 思わず顔を上げると、いつの間にかシアが俺を見つめている。

 その表情には、軽蔑や怒りといった感情は見えなかった。


「でも、残念でした。私は言わないし、思ってもないんだ。そーゆーこと」


 笑顔だ。


「いいの。私はヒツジくんがどんな理由でも告白してくれたこと――それが嬉しかったから」


 シアは俺の告白――いや、懺悔を聞いても、なぜかイタズラっぽく笑っている。

 それどころか『嬉しい』とまで言う。


「私、ヒツジくんの気持ちを晴らす気なんてないよ。うぅん、むしろヒツジくんが告白を気にして、私のことをたくさん考えてくれるなら、まったく問題なし」

「どうして……?」


 思わず口からこぼれ出る疑問。

 どうしてシアは、そんなことが言えるのか。

 どうしてシアは――


「まだまだ私のこと、わかってないなぁ。私はね、あなたが振り向いてくれるなら、利用できるものは何でも利用するの」


 細めた目は笑みに彩られていたが、その瞳の奥は真剣だった。

 だが同時に、そこに映すものすべてを吸い込みそうな凄艶さすらあった。


「そうしてでも、ヒツジくんの心のすき間に入り込みたいの。

 ごめんね。優しくない恋人で♪」


 シアは、どうしてそこまで俺に言えるのか。

 一方的と言えるほどの恋情をぶつけてくるのか。


「シア……」

「さーって、お夕飯作らないとね! そろそろ帰ろっ!」


 今までの会話と空気を打ち破るように、シアが立ち上がる。


「今日こそ、普通から脱却しないとね~♪」


 軽い足取りで歩いていくシア。

 俺も立ち上がりとその背中を追いかける。


 シアがかつて言った『覚悟』――

 彼女の気持ちを知るためには、その覚悟すること。

 同時にそれは、俺の気持ちを決めることでもありそうだった。

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