第38話 心に描く、好きな人
「……好きな人?」
「やっぱり! ヒツジくん、私の言葉、信じてなかったね」
シアがやれやれと肩を落とす。
失望というより、確認と納得した様子だった。
「……そりゃ、接点なかったわけだし」
「接点なくても、恋には落ちるものよ」
「シアがさっき言ったみたいに、一目惚れとか?」
「それはどうかな~♪」
喉奥で意味深に笑われる。
シアは、ここぞというところではぐらかしてくる。
今までの付き合いで、はっきりわかっていることだ。
「私は、ヒツジくんのことが好き。でもヒツジくんは私を意識してない……ここまでは合ってるよね?」
「……まぁ」
シアの心の中はわからないが、今までの言動を振り返れば、限りなく事実だ。
「だから、私はここにいたいなって思ってるの」
「俺を、振り向かせるため?」
「もちろん」
勢いよくシアが頷く。
その動きに合わせて長い黒髪も揺れ、俺の肌をくすぐる。
あたかもそれは、誘惑しているような動きだった。
「だから、あとはヒツジくんの決断だけ。ま……もちろんコトちゃんの家に行ったとしても、ここに遊びに来ると思うけど」
「あ、そうなるのか」
「ええっ♪ 『通い妻』なんて、いい響きよね♪」
ウインクしてとんでもないことを言われた。
――シアは俺と、本当の恋人になろうとしている。
「……本気なんだな」
「クスッ、当たり前。伊達や酔狂でこんなこと言えないし、男の人の部屋に泊まるなんてできないもの」
「……そうだよな」
「ふふん。ビッチか尻軽女とでも思ってた?」
「それはないけどさ」
「欠片も?」
「…………」
シアの追求に思わず言葉が詰まる。
見ず知らずの女の子が泊まるんだから、少しはその考えはあった。
もっとも、想像以上に
先ほど『よばい』と言ったが、本当の意味はおそらく理解してない。
「素直だなぁ……ヒツジくんは。けっこう一途なのよ、私」
「……今は、尻軽とか思ってない」
「それじゃ、前より私のこと、理解してくれたってことね♪」
とても嬉しそうに言われてしまう。
夜闇の中なのに、シアの笑顔ははっきりと見える。
『明るい表情』という言葉があるが、あながち比喩というわけでもないのかもしれない。
「嬉しい……」
シアが手を伸ばしてくる。
夜闇の中でもわかる白い指が、俺の頬に伸びる。
「ふふ……っ♪」
ふれるかふれないかの距離でさすられる感触は、こそばゆい。
「ぅわ……」
「よかった……♪」
シアの声には明るさよりも熱っぽいものがまじり始めていた。
「私のこと、もっともっと知って、好きになって欲しい」
事実、ふれられた頬は、あたたかさより熱さを感じている。
なのにどうして、背筋はゾクゾクと震えているのだろうか。
「たとえ今、ヒツジくんの心にいる人が私じゃなくても、いずれは――」
「え……?」
「ふふふ。今、話せる隠しごとは、このくらいね。
さっ、そろそろ寝ないと、私、ぜんぜん起きらなくなりそうだから」
シアが俺から離れる。
金縛りから解き放たれたように、俺も身体を起こす。
「それじゃ、おやすみなさい♪」
でも、シアはベッドで毛布にくるまってしまう。
「シア」
「……くぅ」
返ってきたのは寝息だけ。本当に寝たのか狸寝入りなのかはわからない。
でも、これ以上シアは話すつもりはないのだろう。
「……おやすみ」
それだけ伝えて俺もまた横になる。
先ほどシアが言った言葉。
――どこまで知っているのか。
それとも、俺を振り向かせるためのブラフなのか。
「…………」
『隠しごと』は話してもらったが、新たに降って湧いた疑問に、しばらく眠りにつけなかった。
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