第35話 決断は、恋人次第

 放課後、友人たちと用がなければ、シアと一緒に帰っている。

 付き合っているのが周りに知られているから、周囲も気にしてはいない。

 門井さんも、俺とシアが一緒に暮らしていることを言いふらしたりはしていないようだ。


 今日の放課後は特に約束もなく、いつもならシアと帰るだけ。

 ――だが、本日はいつもと違っていた。


「コトちゃん、話って?」


 教室に残っているのは三名。

 俺とシア、そして門井さんだ。

 門井さんが話があると声をかけてきたから、こうして三人で残ったのだ。


「確認も取れたから、二人に提案があるの」

「提案?」

「ええ」


 頷いた門井さんが俺をじっと見つめる。

 探るような、確認するような……そんな視線だった。


「なんだ?」

「……うぅん」


 俺が視線を返せば、ふいっと目をそらすと今度はシアをしっかり見つめる。


「ね、シア。私の家で暮らさない?」

「えっ」


 その言葉にシアが驚いた声を上げる――が、俺はそうでもない。

 門井さんが知った段階から、ある程度起こりうることだとは思っていた。


「詳しいことは聞くつもりないし、うちの家族もそういう所はふれないし……というか、シアのこと信用してるから……ね、どう?」

「私、ヒツジくんの部屋で大丈夫よ」

「でもほら、やっぱり年頃の男女が二人なんて、二人は良くても、周りに知られたら色々と厄介なことになるかもしれないでしょ」


 門井さんは、純粋にシアのことを心配して言ってくれている。

 強制ではなくて『提案』なのもその証拠だ。


「…………うーん」

「そんなに迷う?」


 口元に手を当てて考え始めたシアに、門井さんが戸惑った声を上げる。

 門井さんからすれば、すぐに自分の家に来ると思ったのかもしれない。


「今、けっこう快適に過ごせてるから。遅刻もしないし」

「もともと遅刻、してなかったと思うけど」

「起きるの大変だったのよ。今はヒツジくんが起こしてくれるから、半分寝てても学校まで連れてきてくれるし」

「そ、そのくらい、私だってする」

「自分で言うのもアレだけど、すっごく大変だよー」

「その大変なことを恋人にさせるって……どうなの?」

「うっ」


 いつも門井さんの方が戸惑うことが多いのに、珍しくシアが言葉に詰まっている。


「……ヒツジくん、もしかして、朝、けっこう辛かったりする?」


 シアが上目遣いに俺を見ると、おずおずと聞いてくる。

 なんとなく『そんなことないよね!』という空気を感じなくもない――が。


「辛いかどうかと言われれば、辛いけど」

「ほらみなさい」

「むぅ……ヒツジくん素直すぎないかなぁ」


 『嘘がわかる』とうそぶいていたが、こちらがはっきり言うと複雑らしい。


「それじゃ私、コトちゃんの家へ行ったほうがいい?」

「シアが考えることだろ?」

「そうかしら?」

「えっ、そうでしょ?」


 俺に選択を委ねているシアに、俺より先に門井さんが指摘する。


「門井さんの言う通り、シアの意思で決めることだ」


 『俺のしたいことに従う』とシアは言うが、シア自身の問題は彼女の意思に任せたい。その考えは以前『「自分の頭で考えないやつは嫌い」かな』と伝えた時から変わっていない。


「私だけに関わることならね。でも、今回は違うでしょ。一緒に暮らしてるんだから、ヒツジくんの意思だって重要よ」

「あ……」

「ヒツジくんは私と一緒に暮らしたい? 暮らしたくない? そこは私任せじゃなくて、ヒツジくんの意見だって聞きたいな。それを聞いてから決断してもいいでしょ?」


 確かにその通りだ。シアの問題――そう思っていたが、今回は俺の問題でもある。


「ヒツジくんは、どう?」


 もう一度、シアが問いかけてくる。


「――――」


 言葉に詰まる。

 シアの意思を聞きながら、自分の意思をすぐには口には出せない。

 これじゃ、シアの決断に頼っていたのと変わらない。


「コトちゃん、ちょっと考える時間をもらってもいい?」

「うん……わかった。私も急に言ったからね。ちゃんと考えて」

「ありがと」


 シアの言葉に、門井さんが頷く。


「私だけじゃなくて。私とヒツジくんが、納得する形でちゃんと答えを出すね」


 俺たちの納得する形。

 この生活を続けるか、終えるか。

 その決断の一端は、自分が握っていた。

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