第28話 想像以上の、ふれあい

「そういう……? えっ! コトちゃん、ヒツジくんのことが好きなの!?」

「いや、違うって。この場合はシアのこと。門井さんはシアのことが好きだから、俺に取られたように思ったんじゃないかな」


 門井さんは昨日見ただけでも、シアにかなりご執心なようだったし複雑な気持ちを抱いていてもおかしくない。


「私、コトちゃんのことないがしろにしようとか思ってないよ」

「それでもさ。もし俺がシアと門井さんと仲が良かったならともかく、まったく知らない相手だから、きっとショックなんだと思う」

「私が『馬の骨』と付き合い始めたから?」


 クスリとシアが笑う。

 俺が言った言葉が面白かったのだろうか。


「そういう警戒もあるかもしれないけど、何も言ってもらえなかったから寂しい……とかじゃないかな」

「ん……」


 シアがまたうつむいて押し黙る。

 

「仲が良い人から、何も言われないのはけっこうショックだからさ。まぁ、俺も友人連中に言ってなかったから、シアのことあまり言えないか」


 ブーメランになる発言に苦笑いすれば、シアが顔を上げた。


「ん……私、ヒツジくんと恋人になったこと皆に教えたいと思ったけど、その時の反応までちゃんと考えてなかった。コトちゃんにも……嫌な態度を取ったわ」

「……まぁ、門井さんのショックは感じてた」

「もう、フォロー入れてよ」


 体育座りから足を解き、肩の力を抜いたシアが笑う。


「ま、言われても仕方ないか。友達のこと考えなしの私だもの」

「そこまでは思ってないけど」

「でも、コトちゃんが嫌な気分になったのに、恋人として見られる方ばかり考えてたから……はぁ、反省ね」


 シアが目を細める――でも、それは笑みとも憂いともつかない表情。

 たまにシアが垣間見せる顔だ。


「私のこと……嫌いになった?」


 うかがうように俺を見つめる。

 シアの身が強ばる。


 ……嫌いになる、か。

 『俺のしたいことを否定しない』と言ったシアは、裏を返せば俺の言いなりと言っているようなもの。ある意味、都合のいい女の子な発言だけど――


「――強いて言うなら」

「うん」


「その質問が『嫌い』だ」

「えっ」


 シアが瞳を見開き俺を見つめた。


「俺が『そういうシアも好き』って言ったらどうする?

 もし、『門井さんと仲良くするな』と言ったら仲良くしないのか?

 それは違う。シアが思ったことをやればいい」

「そうね……ふふ」


 シアが小さく笑って立ち上がる。


「もし私の思ったことが、『ヒツジくんの意思』だったらどうするの?」

「『自分の頭で考えないやつは嫌い』かな」

「クスッ、違いないわ。ね……ヒツジくん」

「ん?」


 シアを見上げる。

 いつもなら彼女が俺を見上げるから、普段と逆だ。


「やっぱりヒツジくんは思ったとおり。うぅん、思った以上の恋人ひとよ」

「自分で考えろって言っただけで、そこまで褒められるのはむずがゆくなるぞ」

「ふふ、恋人わたしは単純なの……相手が想像以上だってわかったら余計にね」


 シアが微笑むと、唇を小さく動かし囁く。


「――――」

「え?」


 聞き取りづらくて、少し腰を浮かせる。


「――でもね」


 少しだけ聞こえた。


「私だって、恋人あなたの想像を超えたい――そう思うのよ」


 イタズラっぽく、楽しげで。

 とても、濡れた吐息混じりの声。


「――んっ」


 シアがほんの、またたくほどの時間。

 短く息を吸い込むほどの時間。


 シアの顔が俺の視界いっぱいに広がる。


 しっとりと濡れて柔らかく、ぷるっとした弾力のある感触。


 だが、そのふれあいはほんの刹那。

 次の瞬間には、陽炎のように消える。

 だが、『それ』のふれた場所は灼熱のように燃え上がる。


「……え?」

「クスッ」


『キス』


 理解するよりも先に、俺を見下ろしたシアが、おかしそうに舌なめずりをする。


「――ね、ヒツジくん。私は想像を、超えた?」

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