第2章 『不在』

第7話 目覚めは、ドキドキ

 スマホに設定していた目覚ましの音が鳴り響く。


「んんぅ……」


 もぞもぞと手を伸ばし、手探りで止める。


「……ぐぅ」


 二度寝の誘惑が、俺を布団に縫い付けてくる。

 スヌーズ機能で十五分後にまた鳴るから、しばらくまどろみを楽しむことにする。


「あれ……?」


 一瞬、意識が落ちたかと思うと、すぐさま目覚ましが鳴る。

 もう十五分経ったのか。

 どうして二度目の時間は、あっという間に過ぎる時と、わりと眠れる時がバラバラなのか。

 今日は前者だったらしく……眠い。

 もう一回ぐらい寝ても、まだ時間はあるはず。

 そう思いながら、また手を伸ばし――


 ふにっ。


「――は?」


 柔らかくひんやりとした感触。

 一番近いのは、『末永く愛おしんで』の言葉とともにふれられた指。

 でも、その時よりずっと柔らかくて、たゆたゆとして――


「すぅ……」


 さらに、耳元近くで聞こえる吐息。

 眠りの淵から一気に引き上げる、鼻孔を撫でる匂い。

 甘いような背筋をくすぐるような、ゾワゾワしたモノが駆け抜ける。


「っ……!?」


 布団の呪縛を引きちぎって起きれば、長い黒髪に包まれるように眠っている少女。ベッドじゃない。にいる。


「……んぅ……また鳴ったぁ……けっこう早く、起きるのね……」

「目覚ましはその、何度か鳴る設定にしてて――」


 丸まって眠る『恋人』のキャミソールの肩の紐が、緩んでいる。

 なめらかな肩が、必要以上に露わになる。

 陽光に照らされた肌が眩しすぎて、眠気が一気に吹っ飛ぶ。


「俺いま、どこさわって――じゃなくて、なんで……っ!?」


 昨夜、俺は床で寝ると伝え、シアはベッドで寝ていた。

 思わず、自分の状況を確認する。

 寝たときと同じ、Tシャツにハーフパンツ。

 特に乱れた様子はないし、普段寝ている時と同じ――何も間違いはないはず。


 ……いや、そこを心配するのは女の子のほうだろ?


「んんぅ……バタバタしてどうしたの……?」


 シアがしょぼしょぼしたまなこを向けてくる。


「どうしてここで寝てるんだ……?」

「ぐぅ……」

「おい、寝るな」


 また寝息を立て始めるので、体を揺らして起こす――と、露わになった肩に触れるので、毛布をかけてから揺らす。


「んー? さー……? 知らない……ベッド慣れてないから、寝ぼけたのかも……」

「まだ寝るんだったら、ベッドに戻ってくれ」

「ふぁい」


 ごねるかと思ったら、意外と素直に従う。

 もぞもぞと毛虫のようにベッドに向かい、また寝息を立て始めた。

 本当に眠かったらしい。


「ぐぅ……すぅ……」

「はぁ……起きるか」


 スマホのスヌーズを止める。

 ドキドキ鳴る鼓動を抑えるためにも、顔を洗いに行くことにした。

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