第48話・SENTOUに行く

 報告が終わった玲奈がクランの拠点へ帰る頃には、すっかり日が暮れて月が空に浮かんでいた。


 ドアに手をかけようと手を伸ばすと、内側から開かれて凪たちがぞろぞろと出てきた。


「おう玲奈、おかえり! 俺たち今から銭湯に行ってくるわ。ヨイチが今ちょうど夕飯食べてる最中だから夕飯が済んだらヨイチと一緒に銭湯に行ってこい」


 玲奈は「解った」と答えて凪たちと入れ違った。

リビングに行くとリビングのテーブルついて疲れた様子で、夕食を食べながら左手をノートパソコンのキーボードに走らせるヨイチがいた。


「おかえり! レンジの中によそっておいたシチューが入ってるから自分でチンして、食パンも台所に置いてある」


 帰ってきた玲奈を見るなり、ヨイチはそう言ったため、玲奈は言われた通りに用意してもらった夕食をチンした。


 トーストと一緒に湯気の立つシチューを持ってヨイチの向かいに座る。


「・・・・・・あの子たちについて何か解ったか?」


 玲奈は食事のために仮面を少し上にずらし、トーストを一口サイズに千切りながらヨイチに尋ねた。


「面白くない情報ばかりだけどね。凪君から「聞かれたら話していい」って言われたからいうけど・・・・・・」


 食事の時も仮面を外さない少し変わったところがある玲奈に、変わり者をそれなりに見てきたせいで慣れがあるヨイチは、一度食事とパソコン作業の手を止めて、今日保護した3人組の情報を話す。


「出生も攫われた日付もバラバラで、共通点は両親が殺されていて異能者を血を引いていない異能者・・・・・・それと、あとひとつは・・・・・・警察の異能捜査課があそこで押収した「ブツを投与された可能性」があるってことかな?」


 黒魔術を使う連中が使うブツとなると、凪と行動している時間がそれなりにある玲奈は、そのブツが「何かの魔法薬」と容易に想像できた。


「一体どんなものだ? 大体察しはついているが、そんなものが実在するのか?」


 玲奈の疑問にヨイチは「異能者界隈じゃ結構有名な話だったんだけどね」と言ってから答える。


「凪君の親戚が住んでる宵桜町(よいおうちょう)っていう町で10年ぐらい前に出回った物で、僕みたいな「異能の力を持たない無能を異能者に覚醒させる薬」があるんだ」


 とんでもない魔法薬が存在していたことを知った玲奈は「そんな物が!?」と思わず声を上げるが、それを制するようにヨイチが続ける。


「もちろん死に直結する危険な副作用もあるし、覚醒にはかなり時間が掛かる時だってある。僕は絶対そんな物飲みたいとは思わないけどね!」


 それを聞いた玲奈に、別の疑問が浮かび、食事が済んだところでこんなことを聞いた。


「・・・・・・ヨイチは異能の力を欲しいと思った事は無いのか?」


玲奈の質問に対して、ヨイチはキョトンとなった。


(私が今まで会って来た無能のほとんどは、多かれ少なかれ異能の力に対する憧れを持っていた。だがヨイチのここまでくる憧れの無さはなんだ?)


 そんなことを心の中で思っていると、ヨイチは「うーん」と少し悩み始めた。


(話す気が起きないのか? それとも付き合いが短い上に凪の監視役という私の立場を警戒しているのか?)


 ヨイチは、霧雨市で2番目に強い異能者である凪の友人の中で唯一の常人だ。異能の力を持つ自分達とは根本的なモノが違うのだ。


 固く閉じていた口をヨイチが開こうとしたその時、タイミングよく凪たちが帰ってきた音が聞こえた。


「おや? 凪君たちが帰ってきたみたいだ! 僕らも銭湯に行くとしよう」


 そう、暤は凪たちと先に行ってしまったため、あと風呂に入っていないのは玲奈とヨイチだけなのだ。


 2人は銭湯まで並んで歩いていくが、商店街を抜けたところで、後ろから気配を感じた。


「つけられてるな・・・・・・残党がいたか」


 玲奈は小声でヨイチに警告すると、ヨイチは「ああ、調書の作成が増える・・・・・・」と嘆く。


 用心のために刀を持ってきたかったが、凪に「銭湯に物騒な物を持ち込むんじゃない」と言われたため、拠点に置いていってしまった。


「私が拘束する! 後ろに下がって警察に連絡を・・・・・・」


 玲奈はそう言いかけるもヨイチは左手の人差し指に指輪を嵌めて「手伝うよ。喧嘩は嫌いだけど、女の子ひとりに任せるわけにはいかないから」と言って加勢する。


 数分後、2人は蟻の頭を模したヘルメットを被った緑の迷彩服を着た男2人を返り討ちにして玲奈がグレイプニルで拘束した。


「戦闘は苦手だと聞いていたが手馴れてはいるな」


 玲奈はヨイチにそう言うと、ヨイチはウンザリした顔でこう言った。


「他人には得意に見えても、苦手なモノは苦手だよ。大きな力は碌なモノを呼ばないからね」


 パトカーでその場に駆けつけた警察官に容疑者を引き渡し、その場の聴取で済んだ2人は、そのまま銭湯へ向かって歩きだす。


「ああ、そういえば異能の力が欲しいと思った事に関しての質問なんだけどね・・・・・・憧れが無いわけじゃないんだ。僕の家系も魔祓い師なんだけど、お父さんの代で力が途絶えてちゃってさ。だけど、妹が魔祓い師の力に目覚めた・・・・・・その問題については頭を抱えているんだよね」


そのまま玲奈は、ヨイチの身の上を知ることになった。

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