第31話  関東区決勝戦

『ま、まさかこんな試合展開になるとは誰が予想したでしょうか!?』


『は、はい。ケイ様こと二宮ケイ選手は一体』


『二宮選手率いる浦和史上最強のチームが....』


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目を閉じて【空間把握】を発動。もちろん目を開けたままでも発動するがこの方がもっと細部まで見渡せる気がする。願掛けみたいなものだ。


 ピッ!


 浦和のキックオフ。雪は完全に溶けたものの少し寒さが残る春。風がピッチを通り抜け、アップで温まった体を冷ます。


 ボールにタッチして一旦後ろにパス。仲間の緊張を解きつつ、先輩と共に敵陣に侵入。


 流石にこのレベルの試合になると全員抜きはかなり厳しいため、先輩と一緒に攻略するのだ。


 なんせ相手は徹底したフィジカル主義者。無理やり突破して怪我なんてしたら嫌だしな。


 ショートパスでどんどん繋げていき、ついに俺にボールが回ってきた。やはり試合でボールに触れられるのはサッカー選手冥利に尽きる。


 息を吸い込み、体中に酸素を送る。


 一気に中央突破でトドメをさそうと仕掛けるが、鬼の形相で詰めてくる10番、14番、15番がそれを阻む。


 相手チーム3大ジャイアントが俺につくのかと少し驚くと同時に光栄な気持ちになる。


 全員が170cmオーバーの巨漢。130cmと少ししかない俺からすると大人とプレイしているみたいだ。


 己の役割を必ずやり遂げようとする固い決意を感じる。


 ジュニアでは最高峰のフィジカルモンスター二人と未来のバロンドール候補者がたった一人につくのは自分の実力が認められたのと同じだろう。


 それに10番を着ているのは伊藤佐助だ。早速対決が叶うなんて幸運だ。


 三人に囲まれて下からパスするスペースが消される前に一旦先輩にショートパスを出して、ジャイアント三人を木から落ちる葉っぱのようにひらひらと回避する。

 

 そして2ヶ月前のセレクションで見せた動きを更に進化させ最適解の動きと爆発的な瞬発力で三人から距離をとる。

 

 15番がシャツを掴もうとするが【空間把握】が自分を中心にした円形を形成し、その中で起きている全てを把握。

 

 長い腕が俺に迫ってくるが紙一重で避けきることに成功。

「くそっ!!」

 

 背後から相手選手の屈辱の声が聞こえる。自分の威信を傷つけられたからだろう。

 

 自分に対する罵倒なのだろうか。それを聴きながらワンツーで帰ってきたボールをトラップし直ぐに前を向く。


 そのままコートのど真ん中を突っ切り、ペナルティエリア近くまで入り込む。


 シュート態勢に入ろうかと考えた時、そこに驚異的なスピードで自陣奥深くまで戻った伊藤が現れた。


「お前には絶対に打たせねぇ。俺が一番上だ」


 小学生のくせにトラッシュトークがお好みですかな。


「獲得点数で3倍以上の差をつけられてる奴が言うセリフか?」


「うるせぇな。お前の欠点はバレてるんだよ」


 一瞬で急停止し、勢いを乗せてそのまま右足のキックフェイントを行うが全く引っかからない。


「....やはりお前は左でしか打てないのか」


「ああ、それか。いつからお前は勘違いしてるか分からないが、俺の利き足は右だぞ?」


 それを言うと同時に斜めにボールを置きそのままの抉るような角度から右足でシュートモーションに入る。


「なっ!?」


 と声が聞こえるがそれを無視してそのまま足を振り切り、カシャと音を立ててボールはネットに収まった。


 一瞬の無音、静寂が起こる。そして、

 

『ゴーーーーーーーーーーーーール!!!!!!!!』

 

 やけにテンションが高い司会の声が会場に響き、それと同時にその声をかき消すように会場から大歓声が湧く。

 

『『ワアアアァーーーー!!』

 

「ごめん、嘘ついた。俺両利きだったわ」

 

 そう呟くと、先制点を挙げたゴールに喜びを隠せないチームメイトから恒例のもみくちゃが来る。

 

 何回ゴールを挙げても気分は最高だ。

 

 少し調子に乗った事を言ってしまったな。後で思い返して自分の黒歴史ランキングを更新してしまうだろうが、今はいいか。

 

 ん?鋭い刺すような視線を感じてその元凶に目を向けると苦虫を噛み潰したような表情している伊藤佐助。

 

「おい!あいつは左しか打たないんじゃねえのかよ!!」

 そのままキャプテンの胸ぐら掴む伊藤佐助。


「佐助落ち着け!!俺も何が起こってるかわからねぇよ!」


 彼の後ろにいるチームメイトからはどよめきが湧く。

 

「おいおい、今の右、動画で見た左よりエグくなかったか.....」

 

「ふざけんなよ!完全レフティって言ったのは誰だよ!あれをどうやって止めるんだ」


 ピッ!


 主審から注意され、相手チームも少し冷静になったみたいだ。


 東京バイエンのキックオフでゲームが再開。だが先ほどから頭に血が上っている伊藤が一人で突っ込んできた。


 いくらポテンシャルがあろうとも彼の精神的成熟度はまだまだ小学生レベル。普通の選手だったら一瞬でお陀仏だ。


 しかし彼の小学生離れした体格はそれを可能にしてしまった。


 詰めてきた選手を力ずくで退かし、俺らの陣地に切り込む。


 それを目の当たりにしたジュン率いるDF陣はゾーンプレスを行い、三人で完全に囲みボールを取ろうと試みる。


「く....!」


 流石に無理があったみたいだ。ボールが溢れると思われた刹那、苦し紛れで繰り出したシュートが彼の筋力に支えられてゴールへ一直線に向かって行く。


 咄嗟にDFの一人が脚でブロックを試みるが、運悪く、貧乏くじを引きボールは彼の膝に当たりそのままゴールに入ってしまった。


「や...やらかしやん」


 まさかのオウンゴール。今大会失点ゼロ記録が破られてしまった。


 またもやテンションが限界突破した司会のゴールコールが会場に響き渡り、更に動揺してしまうチームメイト。今まで点を取られたことがなかったため中々受け入れられないみたいだ。


 こういう時何を言っても無駄だろう。プレイで引っ張るしかない。


 1-1

 とスコアボードに書かれた数字を気にしている。


「切り替えろ!いくぞ!」


 試合は再開され、ボールはジュンに渡りそのままロングパスで右サイドにボールを供給。


 基本的に不確定要素が多いロングパスはあまりしないのだが、この暗い雰囲気を払拭させる為に少しチャレンジしたな。ジュンのやつやるじゃんか。


 それをFWの南先輩がうまく受け取り、敵陣の中盤まで侵入。


 そのままショートパスで繋いでいきペナルティエリアから10メートルほど前で悪質なスライディングによって南先輩は倒されてしまった。


 主審が駆けつけ倒した相手選手に問答無用でイエローカードを掲げる。


「なにが起きたんだ?」


「あのクソ野郎が南先輩の足にわざと当てやがった」


 南先輩は足首を痛めたみたいで交替。


 今のはかなり悪質なファールだ。足裏が足首に当たっており、下手したら選手生命を絶たれる可能性だってあった。


 前世の記憶が蘇り、カッとなってしまう。


「おい!審判!」

 なぜレッドカードではないのかと主審に詰め寄ろうとした時、他の上級生に肩を支えられた南先輩が痛みで顔を歪めながら、


「ケイ!落ち着け!俺は大丈夫だ。FKはお前が打て。散々練習に付き合ったからな、その成果をぶちかませよ」


 交替の際に先輩は俺がFKを蹴るように促し、それを快諾。少し冷静さを取り戻す事ができた。


 はらわたは煮え返るがそれを強引に収め、厳しい視線を相手選手達に向ける。


 壁はすでに出来上がっており、高さ全員170cm以上のビッグ3も配置についている。


 ジュニアの試合では中々見ることのできない高さの壁が前に立ちはだかる。


 GKに【理解】を発動させ擬似的な動作予測を立てる。


 自分から見て30度のところにボールを置き、助走が5歩必要な所まで下がる。


 少し角度は浅いが、個人的に一番蹴りやすいのがこの角度なのだ。


 それに加え今の俺の脚力であれば3歩で十分な威力のキックができるがさらに2歩下がる。


 主審の笛の合図と共に走り込む。


 くるぶしの下に当たるように振り、体と勢いを全て乗せて押し出すように打つ。


 整った噛み合わせで食いしばり勢いに耐える。


 足を振り切った後は勢いを流すため軸足ごと前に移動。


 ボールは無回転のまま上昇し急降下、異常なブレをみせGKはどうすればいいか分からないまま...


『ゴーーーーーーーーーール!!!』


『驚きを隠せません!これで確定しました!二宮選手はまさかの両利き!今大会全ての試合で手を抜いていたと言うのでしょうか!!!』


『はい!まさか右の方がより強烈なキックができるとは誰が想像できたでしょうか!?異常なキレの良さを出した無回転シュート!素晴らしいの一言です!』


『一体どれほどの隠し球を持っているのか!こ、ご興奮しま゛す!』


 いや....まだ右足でしか完成度の高い無回転シュートを打てないからなんだが。


 .....なんかすみません。


 その後このFKがネガティブな雰囲気を完全に一掃し、試合が進む。


 もちろん一方的な試合展開で終始東京バイエンを圧倒。自分に課した制限を解いたからだろうかジュニア最強の一角に勝利を収めてしまった。


 いつもより点差をつけられなかったが、このレベルの相手にここまでゴールを挙げれれば上出来だろう。


 ーーー結果は9対1


 膝をついて項垂れている伊藤佐助を見つけた。声をかけるか迷ったが、いずれ彼は日本を代表する選手になり仲間になるだろう。


 今から親交を深めても悪くないと思う。それに少しは俺のコミ症疑惑を晴らす努力をしなければならない。


「ナイスゲーム。今日はありがとう」


「.....嫌味でも言いに来たのか?俺のことなんて眼中にないだろう」


「そんなくそ野郎じゃねーよ」


「...お前は...本物だ...天才だな」


「俺だって努力してるさ。それを言うならお前の体格、身長は俺にない才能さ」


「.......うるせぇ」


「また試合できることを楽しみに待ってるよ」


 それっきり返事はなく項垂れたままの伊藤佐助を見てそっとしておこうと思い、チームメイトに合流。


 全国大会に向けて更に一段階上のパフォーマンスを目指して練習に励もう。


 ん?あれ意識が.......お...い....この感覚どこか...で


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『二宮選手率いる浦和史上最強のチームが....東京バイエンを相手に歴史的屈辱とも言えるほどの点差で勝ってしまいました』


『はい、本当に、まさか右の方が強烈なシュートを打てるとは...東京バイエンと言えば優勝候補なのに9-1で圧勝』


『今回の試合では全て自分で決めた二宮選手。得点記録を大きく更新して65点。このままのペースで行けば前人未到の3桁得点王が誕生するかもしれません』


『世界でも一つの大会で3桁を超えるゴールを挙げた選手はいません。正直冷や汗が止まりませんね』


『速報です!最新の計算結果が出ました、二宮選手は今大会全てのドリブルを成功させ、偉業とも言える成功率を達成。なんと彼のドリブル成功率は100%!つまりドリブルで彼を止めた選手が日本のジュニア最高峰である関東地区にいなかったと言うことです!』


『な、なんと!....それに加えて両利き......今日の試合ではトリプルハットトリックを決め、日本のジュニアサッカー界を震撼させ続けている二宮選手。今後の活躍にますます期待が膨らみます』


『仰る通りです。彼は突如としてサッカー界に現れ、怒涛の勢いで日本の記録を更新し続けていますね。これからの更なる活躍が楽しみです....はぁ...ケイ様...』


『......』

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