第84話 作戦会議?
「昨日は私もイワンもいなかったんだが、なんか大変だったらしいな」
「あのぅ……アンソニーさんもイワンさんも、昨日は王子様と皇子様がそろい踏みだったから、お店に来なかったんですよね?」
「そんなことはないよ。なあ、イワン」
「たまたま忙しくてね。ユキコ君、本当だよ」
「じぃーーー」
「本当にそうなんだって、なあアンソニー」
「そうだとも、イワン」
翌日の開店直前。
私がルドルフ皇子からプロポーズされた話を聞きつけたイワンさんとアンソニーさんがやって来た。
とはいえ、いくら貴族の二人でも、この難題を解決する方法を思いつかないみたい。
「求婚を断るのは難しいですが、もし受け入れたら、もっと大変なことになると思います」
「ユキコ君の考えは正しい」
もし求婚を断れば、各国が気を使う大国アースガルド帝国の皇太子に対し不敬となり、受け入れても混乱は必至よね。
アースガルド帝国の貴族たちも、皇帝陛下も、跡取りがいきなり他国の平民の娘を連れてきて『妻にします!』と言われても困るはず。
プロポーズは断るしかないのだけど、一番の問題は、ルドルフ皇子が私に求婚を断られるわけがないと思っていることよね。
「身分違いの結婚。それも、相手は次期皇帝ときたものだ。男爵家当主である私くらいなら、何とかなるのだがね」
男爵くらいなら、身分違いの結婚でもなんとかなるのね。
それでも大変そうなので、私はあえて貴族と結婚したいとは思わないけど。
と言ったら、アンソニーさんが気のせいか少し気落ちしているような……。
平民の娘さんとつき合っているのかしら?
「私のように、跡取りでなければ問題ないよ」
「そうなんですか?」
でも結婚って、当事者同士だけの問題じゃないから、平民は伯爵家の人とは結婚しない方が無難よね。
「……」
と言ったら、イワンさんも落ち込んでしまった。
そういう関係の平民の女性がいるのかしら?
「ユキコ女将!」
さらに店内に、ミルコさんとアンソンさんも駆け込んできた。
そしていきなり、ミルコさんがこう宣言する。
「こうなれば、俺様と結婚してしまえばいいんだ。そうすれば、ルドルフとかいう皇子も諦めるだろう」
「諦めないだろう。下手すればお前が処刑されるぞ。他国の皇太子を怒らせた罪でな」
「……無慈悲だ!」
隣のアンソンさんが、ミルコさんに的確なタイミングで釘を刺した。
ルドルフ皇子との結婚を回避するため、ミルコさんと結婚するのはどうかと思うわ。
私はこの商売を続けたいから。
「では、他の国に逃げよう。さらに南方なら、アースガルド帝国もろくすっぽ外交もしていないからな。俺とそこで店をやればいいんだ」
「あーーーっ! ズルいぞ! アンソン!」
「俺のアイデアなら、ルドルフ皇子もユキコに手を出せないだろうが。ミルコ、もっと頭を使え」
「じゃあ、俺もユキコ女将と南の国に移住するよ! 俺様、スターブラッド商会の跡取りじゃないしな」
「二人とも、従業員の生活を考えていますか? 無責任ですよ」
「「それは……」」
そんな理由で、ミルコさんやアンソンさんと結婚したくないし、そもそも結婚するってそういうことではないと、私は思うのよ。
私は結婚したことがないから、あくまでもただの勘ですけど。
「ユキコさん、私は他国へ移住しても構わないです」
「ボクも」
「私も、女将さんについていきます!」
「ファリスさんは、まだ魔法学校を卒業していないから駄目なんじゃぁ……僕も構いませんけどね」
「ボンタさん、私なら他の国の魔法学校にも入れますよ! 女将さんと行動を共にするに決まっているじゃないですか!」
ファリスさん、ご両親のことはいいのかしら?
「ユキコさん、この国を出て行くのですか? せっかくジャパンが上手く行って孤児院出身者たちの雇用が上手く行っているのに……。孤児たちの職業訓練のこともあります」
ジャパンはかなり忙しくなったので、お昼時などの忙しい時間帯だけ、比較的年齢が高い孤児たちがアルバイトをしていた。
彼らはもうすぐ孤児院を出る年齢なので、アルバイト代は独立資金に充てられる。
もし飲食店に就職するのであれば、事前にその仕事を経験できるのも悪くなかった。
今、大奥さんが屋台を増やしているから、そこに一定数雇ってくれる約束になっている。
もし私がいなくなると……大丈夫だと思うけど……。
「女将が用意している食材や調味料があるのだ。これがないと、他の店に勝つのが難しくなってしまう」
続けて、マクシミリアンさんも店内に駆け込んで来た。
みんな、開店前なのだけど……。
「大騒ぎだな」
「ですよねぇ……。姐さんは凄い人だけど、まさか他国の皇子にプロポーズされるなんてね。俺っちは勘弁してほしいけど……あがっ!」
「冗談言っている場合か、テリーのバカが」
「すみません、兄貴」
親分さんとテリーさんもやって来て、みんな私のことを心配してくれているのね。
「ユキコちゃん、拗らせた他国の皇子様に求婚されたんだって?」
「ミランダ! しぃーーー!」
「だって事実じゃない」
「事実だが、声が大きいぞ」
大奥さんは、相手が皇子様でも容赦ないわね。
さすがのお爺さんも、彼女の暴言のフォローに忙しかった。
「作った料理が、亡くなったお母さんの味に似ていただっけ? そういう人はやめた方がいいわよ。うちの旦那も、義父様があんな感じでしかも早くに亡くなったでしょう? 最初は私も苦労したもの」
「……母一人、子一人だったからだ……それに、そんなに酷くは……」
「新婚当時、『料理の味をお母さんと同じにしろ!』って言ったじゃないの」
「そうだったかな?」
お爺さんにも、マザコンの気があった?
それはちょっと意外ね。
そりゃあ、お爺さんも大奥さんに頭が上がらないわけよ。
「亡くなった母というのがポイントだな。死者は美化される傾向にある」
「経験者は語るわね」
「……」
親分さんをして、大奥さんには頭が上がらないのね。
やっぱり凄い人だわ。
「しかしながら最悪の場合、女将の身の安全を守るため、他国に逃がす必要があるだろう。相手は大国の次期皇帝だ」
ご機嫌を損ねるわけにいかず、王国が私を差し出すかもしれないわけね。
側室でも、私は平民だから恩情と思うのが、この世界の貴族だろうから。
平民たちも、シンデレラストーリー扱いするかも。
でも、堅苦しい宮廷生活は嫌よ。
「逃げるしかないか?」
「それは困るな」
最後に、殿下とデミアンさんも姿を見せた。
私が心配なのかな?
「不敬を承知で言うが、これはルドルフ皇子を連れてきた殿下の失態では?」
「それも事実なんだけど、ルドルフが突然女将にプロポーズするなんて予想外だよ。誰か正確に予見できた?」
「「「「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」」」」
残念ながら、私も含めて誰も予想できなかったと思う。
想定外にもほどがあるのだから。
「殿下が説得するしかないのでは?」
「デミアン、急にどうしたの?」
殿下だけでなく、みんながそう思っただろう。
なぜなら、私とルドルフ皇子との結婚を阻止するため、殿下に動いてほしいと頼んでいるのだから。
「ルドルフ皇子ともあろう方が、あのような行動を他国で取るのはよくない。アースガルド帝国の評判にも関わるからです。殿下は、アースガルド帝国の陛下のために動くべきです」
確かに、外遊に出た皇子様が他国の平民を力づくで自国に連れ帰ったなんてことが知れたら、アースガルド帝国の評判は落ちてしまう。
それを阻止するのも、両国のためというわけね。
「……この店がなくなると、まあまあ食える店が減るからな」
出た!
またもツンデレ発言!
やっぱりデミアンさんは面白いわ。
「私もなんとかしてみます」
「ユキコちゃん、大丈夫?」
大奥さんが、私を心配そうに見つめた。
彼女とは主に商売の利益で繋がっているけど、その一方で私を本気で心配もしてくれる。
なるほど。
だから彼女は商売で大成功したのね。
「移転したニホン、ジャパン、大奥さんとの商売もありますからね。安易に他国に逃げるのもどうかと思いますし、私のお店や商売は自分で守らないと」
「相手は皇子様だけど」
「このアンポンタン! あんたに、ユキコちゃんの十分の一でも度胸があればいいのに!」
「俺様、頭がヒリヒリするぜ」
「ミルコは、まだまだねぇ……」
余計なことを口走ったミルコさんに拳骨を落としながら大奥さんも店に残り、ルドルフ皇子を一緒に待つことになった。
しかし、皇子様も変わっているわね。
祖国に戻れば、綺麗な女性がより取り見取りでしょうに……。
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