野生のＪＫ柏野由紀子は、異世界で酒場を開く

第55話 夢見る少女たち

「狩猟の時にこんなにいい飯が食えるとは思わなかったな」

「携帯用の魔力コンロ……しかも自作っぽい……いいなぁ……」

「買うと高価ですからね」

　狩猟と採集を続けながら、森の奥へと向かう二つのパーティ。

　成果は順調で、時間も来たので昼食をとることにした。

　魔獣の住処でノンビリ食事をとるのは難しく、それは食べ物の匂いがすれば魔獣たちが引き寄せられてしまうからだ。

　簡単に済ませる人が多いのだけど、私は食べ物に関する魔法なら得意だ。

　食べ物というか、食事に関する魔法で、食事休憩中だけ張れる『魔法バリアー』により、私たちは温かい食事が常にとれるようになっていた。

　この『魔法バリアー』。

　周囲に料理の匂いが広がるのも防げるので、魔獣がいる場所で食事をとるのに最適なのよね。

「変な魔法」

「便利だからいいのよ。それに、私の本職は酒場のオーナー兼店長だから」

　行動を共にするパートナーということで、オルガたちにも昼食を提供していた。

　今日は、コカトリスの肉の照り焼き、茹で卵のマヨネーズ和え、魔猪のカツ、レタス、トマトなどを用いたサンドウィッチと、コカトリスのガラを用いたスープに、デザートは冷えたカットフルーツとなっている。

　狩りの最中なので簡単なメニューなんだけど、オルガたちからしたらご馳走みたい。

「温かいものが出るのはいいですね」

「魔法コンロ……いいなぁ……高いし……」

「あっ、これ私が自作したのよ」

「ええっーーー！　魔法道具の作製って難しいと聞きましたけど」

　グレンデルの認識で正しい。

　私の場合、作れたらいいな程度の感覚でファリスさんから作動原理と詳細な設計図が書かれた本を貸してもらい、試しに自作してみたのだ。

　この本は、魔法学院の生徒なら誰でも簡単に見られるし、貸してもらえるそうだ。

　それを見ても、魔法道具が作れない魔法使いが大半らしいけど。

　ちなみに、ファリスさんも魔法道具は作れないみたい。

　その代わり、魔法薬製造の才能はもの凄いそうだけど。

　カセットコンロを使う携帯コンロよりも構造が簡単だから、私には作れたのかもしれないわね。

　でも、調理器具以外の魔法道具はまったく作れなかった。

　私の特性なのだと思うけど、調理器具や料理に関係する魔法道具は作れても、他はまるで駄目という。

　飲食業を続けるのであれば、とても便利な特技ではあるのだけど。

「狩猟の最中の飯なんて、空腹が紛れればいいなくらいに思ってたんだけど、ユキコの作る飯は美味いな」

　年下なのに、私を呼び捨てにする。

　いかにもヤンチャそうなオルガらしいけど、そんなに腹立たしく思わないのは、彼の得な部分かもしれない。

　一応褒められているわけだし。

「いつもはどんなものを食べているの？」

「干し肉、ドライフルーツ、パンに水ってところだな。無事に狩猟が終わったら、町でちょっと高めの外食とか。あの町のハンターや猟師はみんなそうだぜ」

　ララちゃんの質問に、オルガはサンドウィッチを頬張りながら答えた。

　それにしてもよく食べるわね。

　さすがは育ち盛りの男の子。

「リルルとグレンデルは、食事を作ってくれないの？」

「たまにだな。味は普通？　こっちはさすがにプロの味だよな」

　言われるほど、私もプロじゃないけどね……。

　この世界にはない、日本の味を再現したらウケただけだ。

「（すぐにわかるほど落ち込んでいるわね……）」

　オルガから、『料理は普通』と称されたリルルとグレンデルは、わかりやすいほどに落ち込んでいた。

　この二人は、間違いなくオルガのことが好きなのであろう。

　だが、どうもオルガの方がまだ子供のままというか……。

　リルルがグレイトモスキートの毒液を求めた件についても、彼女は胸の大きな自分をオルガに見せ、その気を引こうとしたのであろう。

　問題は、オルガがまったくそのことに気がついていない点ね。

　鈍いにも程があるというか……。

「やっぱりオルガは、料理の上手な女の子の方がいいの？」

「毎日食べるものだからな。美味いに越したことはないだろう」

　と、私の問いに対し、ぶっきらぼうな態度で答えるオルガ。

　生意気なんだけど、こういう少年はなぜか女子にモテるのよね。

　どう考えてもオルガが器用に家事をこなすとは思えないので、彼の面倒を見たい系の母性本能が強い女の子が……リルルとグレンデルはそういうタイプか。

「ユキコは料理が上手だから、俺の奥さんにいいかもな」

「あんたねぇ……」

　冗談でも、そんなこと言わないでよ。

　リルルとグレンデルが、私に対し刺すような視線を飛ばしているんだけど……。

　オルガの背中越しだから、こいつは気がつかないのか。

「私は年上の男性が好きだから。渋い人がいいのよ」

　やっぱり男性は、親分さんみたいな人生の酸いも甘いも噛分けた大人の人が最高なのよ。

「オルガはガキだから興味ないわね」

「酷い言われようだな」

　オルガは私にフラれても、ショックを受けたように見えなかった。

　間違いなく冗談で言ったわね。

「でも、俺もあと十年も経てば、年を重ねて大人の男性になるぜ」

　それはそうだけど……。

「あっ、その頃にはユキコもおばさんか！」

「……」

　このガキ……。

　十年後でも、私はまだ二十代なのに！

　この世界ではおばさん扱いかもしれないけど、日本だったらまだ若いお姉さんよ！

　私は別の世界に来ても、日本の基準で判断するから。

　つまりオルガには……。

「誰がおばさんよ！」

「痛ぇ！」

　人をおばさん呼ばわりした罪で、私はオルガの頭頂部に渾身の拳骨を落としておいたのであった。

「女将さん、ここはいいいですね。お宝の山ですよ」

「ファリスさん、いつもよりテンション高め？」

「だって、魔法薬の材料が沢山あるんですから」

　グレイトモスキートの毒薬を求めて……途中、多くの魔獣を倒し、食材や素材、魔法薬の材料も集めたのでオルガも不満はないはずだ。

　森の奥に到着した途端、ファリスさんがハイテンションになった。

　グレイトモスキートのせいもあるかもしれないけど、あまり人が入っていない分、森の奥はお宝の山だった。

「ボンタ君」

「わかりました」

　ファリスさんがハイテンション過ぎるので、不覚を取らないよう、冷静なままのボンタ君に護衛を頼んだ。

　ララちゃんも、ファリスさんと一緒に素材や魔法薬の材料を採取していた。

　グレンデルもそうか。

　で、私とリルル、オルガの三人は目的のグレイトモスキートを探すことにする。

「リルル、グレイトモスキートってどのくらい大きいの？」

「人間くらい」

「デカっ！」

　いくらグレートでも、大き過ぎるわよ。

「蚊って小さくて、こっそりと血を吸うから生き残れると思うのだけど……」

　そんなに大きかったら、かえって血が吸いにくいような……。

　だからまずは得物に毒を注入して動けなくするのか……。

「人間や魔獣の血はそうそう吸えないので、駄目なら植物や木の水分を吸って産卵のための栄養を蓄えると聞いたわ」

　まあ、それだけ大きければね……。

　もの凄く素早く動けるのなら、まだやりようはあると思うけど……。

「寝ている魔獣に忍び寄って、こっそりと血を吸うこともあるって。本にそう書いてあったわ。いたっ！」

　リルルが見た方を向くと、そこには巨大な蚊がいた。

　巨大な昆虫って、やっぱり不気味よね……。

　あっでも。

　意外と脚とかが太いから、もしかしたら食べられるかも。

「食うのか？　アレを？」

「試してみる価値、あるじゃない」

　グレイトモスキートは、血を吸う針の根元にある毒袋に毒を蓄えているそうだ。

　その毒袋の中身は毒だけど、他の部分で毒があるところはないようね。

　となると、これは食べられるかも。

　ハニービーだって、甲殻類みたいな味がして美味しいのだから。

「俺には理解できないな……とにかく毒袋がいるんだろう？」

　正確には、毒袋の中に入っている毒液だけど。

　これをちょっと加工するだけで、私の胸が……ふっふっふっ……。

「なんだ？　気持ち悪い奴だな。ユキコは」

　失礼な！　

　せっかく人が巨乳になって、『毎日肩が凝って大変なのよ』とか、みんなに自慢げに語る未来を予想していたのに。

　あんたには、貧乳女子の気持ちなんてわからないわよ。

　そう思いながらリルルを見ると……。

「ふっふっふっ……これでオルガも……」

　きっとリルルも、私と同じようなことを考えているわね。

　でも、グレンデルという巨乳ちゃんがいるのに、肝心のオルガの反応が薄いというか……。

　男子は巨乳が好きなんじゃないの？

　親分さんもきっと……。

「まずは、素材を確保する！　えいやぁーーー！」

「わっ、私も！　とう！」

　やはり明確な目標があると、俄然やる気が違ってくるわね。

　私もリルルも、次々とグレイトモスキートを倒していく。

　魔法は使えないけど、オルガたちって腕のいいハンターみたいね。

　グレイトモスキートもそんなに強くなく、おかげで沢山のグレイトモスキートが確保できた。

「こんなものかしらね？」

「ユキコさん、これで十分ですよ。これで私たちは……」

「そうね！　ついに！」

　もう誰にも、私たちを貧乳なんて呼ばせない！

　王都にある大衆酒場『ニホン』の女将は、巨乳女将として名を馳せるの。

　そして親分さんも、私の豊かな胸に釘付けになるのだから。

「ユキコさん、楽しみですね」

「そうね」

　共に貧乳に苦しむ同士。

　私たちの未来にはもう希望しかないのだと確信しながら、大量に獲得した食材や原料と共に町への帰路につくのであった。