第41話 想定内

「姐さんは、色々と便利な魔法が使えるんですね。今回の件についてはうちにも責任があるので、お店を用意してもいいんですけど、本当に場所だけでいいんですか? 勿論賃料もみかじめ料もありませんよ」

「あのヨハンに大見栄きった以上、彼の視界に入る場所でお店を流行らせる必要があるのよ。調理器具や設備がこちらで用意できるから、それよりも人手の紹介をお願いね」

「それに関しては、間違いなく用意しておきます」



 翌日。

 私の新店舗は、店主がヨハンに変わったお店から数十メートル離れた場所に無事オープンした。

 とはいえ、ただ砂浜の一角を自警団から無料で借りただけだけど。

 『食料倉庫』に関連品として保管していたテントを張り……キャンプ用ではなく、運動会で使われているようなテントだ。以前に頼んで作ってもらっておいてよかった……コンロなどの調理器具なども魔力で動くものを使っていた。

 模擬店みたいだけど、これはあくまでも臨時の店舗で、しかもこの砂浜はそんなに強い風は吹かない。

 これで十分というわけだ。

「メニューは昨日と同じ。焼きそばは『海鮮塩焼きそば』も増やしたけど」

 私の食材の扱いと、お店の繁盛ぶりを聞いた漁師さんたちが他にも色々と魚介類を売ってくれるようになったので、新メニューを考案してみたのだ。

「最初は少し暇でしたけど、すぐにお客さんが増えましたね」

「美味しいものには、必ずお客さんがつくものなのよ」

 最初はヨハンのお店にお客さんが殺到していたけど、すぐにこちらのお店も満員となっていた。

 ボンタ君は、二つの鉄板の上で忙しそうに二種類の焼きそばを焼いていた。

「姐さん、やっぱり繁盛していたか」

「これ、うめえ」

「新商品かぁ。明日からどちらを食べようか、悩むよなぁ……」

 お昼を少しすぎた頃、自警団の人たちが遅めの昼食を買いに来た。

 みんな、新商品の海鮮塩焼きそばを大盛りで美味しそうに食べている。

「ヨハンのお店はどんな感じかしら?」

「それが、意外と繁盛していますよ。味は……悪くないけど、あれならブランドン爺さんの作った料理の方がいいかな? こことは比べものにならないな」

 意外にもと言うと失礼だけど、ヨハンはブランドンさんより少し劣る程度の料理は作れるようだ。

 それなら、最初からお爺さんに弟子入りしてお店を継げばいいのに……。

「でも、あの客たちは姐さんが呼び寄せたおかげじゃないですか」

 この海に来て、最初のあの店で食べた人たちは、今日もあの店に行っているはず。

 でも昨日までとはメニューと味が全然違うから、満足できずにこちらにやって来たわけか。

「あのお店、三日保つかしら?」

「三日後の様子が、すぐ脳裏に思い浮かびますね……」

「自業自得ですよ。ユキコさんがお客さんを集めたお店を、契約途中で奪い取るのですから」

 ヨハンはヤンチャ系イケメンだけど、ララちゃんも、ファリスさんも彼をあまり好きではないみたい。

「ブランドン爺さん、このことを知っているのかな?」

 さすがに知っていたら、ヨハンを叱りつける……意外と孫には甘いかもしれないかぁ……。

「とにかく、他所は他所。うちはうちですから」

「そうですね。僕は焼きそばを焼くのに忙しいので」

「私はジュースの氷と、かき氷を作るのに忙しいです」

「お客さんは次々と来ますからね。注文取り、頑張りますよ」

 新店舗は、初日から移転前と変わらない売り上げを叩き出し、翌日からはさらにそれを上回る売り上げをあげるようになったのであった。



「忙しいですね、ユキコさん」

「自警団に紹介してもらった、アルバイトの人たちがいて助かりました。僕も焼きそばを二種類一緒に焼かずに済んで助かってますよ」

「氷造りだけに集中できるようになりました」


 新店舗はさらに繁盛し、今では自警団に紹介してもらったアルバイトを数名使っているほどであった。

 自警団の人たちは、ヨハンの件では本当に申し訳ないと思っているようで、よく働くアルバイトたちを紹介してくれて助かったわ。

 本当にいい人たちを紹介してくれたと思う。

「で、あのお店は?」

「もうほとんどお客さんがいないようです。女将さんの予想どおりですね」

 というか、ボンタ君を始め全員が同じ結末を予想していたと思うけど……。

「とにかく、うちはうち、他所は他所よ。今日も頑張って沢山売りましょう」

 ララちゃんがアルバイトの女の子たちを指揮しながら売り子をし、ボンタ君は男性アルバイトたちと調理に集中。

 ファリスさんは忙しそうに、魔法で氷を大量に作っていく。

 今日も忙しい一日が始まるけど、毎日砂浜で寝転がるのにも飽きたから、きっとこれでいいのよ。



「……おかしい……どうして客がいなくなったんだ?」

「ヨハンさん、今日はたまたまですよ」

「心配ないですって。あの女の店がなくなれば、また繁盛しますって」

「そうだな、あいつらはじきにいなくなる。そうすれば、このお店も……。なんてったって、祖父さんのお店だからな」


 甘っちょろいことを言っているわね。

 私たちを追い出し、新たにヨハンが店主となって始めたお店だけど、三日もしたらもう閑古鳥が鳴いていた。

 初日の盛況ぶりからの急展開で、ヨハンはかなり動揺しているみたいね。

 もっともその兆候は二日目から現れていたけど、ヨハンたちは気がつかなかったみたい。

 危機が現実となった三日目。

 手下たちは、私たちが臨時のお店を畳めばすぐにお客さんは復活すると言ってヨハンを慰めているけど、最初は『あんな女の店には負けない』と大言を吐いていたくせに。

 見た感じ、ヨハンの料理の腕前はそう悪くはない。

 ブランドンさんに習っていたか、以前飲食店で働いていた経験があるのかも。

 だけどお祖父さんには遠く及ばないわけで、しかもその前には料理の腕前はともかく、新しいメニューで勝負していた私たちがいたのだ。

 ブランドンさん以下の腕前でしかないヨハンでは、すぐにお客さんが来なくなって当然であろう。


「僕たちがいなくなれば……かぁ……」

「無理ですよね? 女将さん」

「ユキコさんのやり方を真似る人が出ますからね」

「そうね……」

 なぜなら、今となってはブランドンさんだけがお店をやっていた時と大きく条件が変わってしまったからだ。

 私たちのやり方を見て、それを真似しようとしている人たちが出てきた。

 自警団に紹介されたアルバイトの人たちだけど、彼ら、彼女らは、飲食店をやりたいと思っている人たちや、すでに町などで飲食店をやっている人の家族や従業員だったりした。

 ヤケにテキパキと働くと思ったら、経験者だったというわけ。

 みんな懸命に、私たちのやり方を覚えようとしている。

 このあと私たちがいなくなっても、ヨハンのお店のライバルはいなくなるどころか増えていく一方のはずで、今のままなら新規にお店を立ち上げた人たちに負けてしまうはず。

 つまり、このままではヨハンたちに未来はないということだ。

「とにかく、今を凌げばなんとでもなる!」

 なるわけないけど、言っても無駄だろうな……。

「ユキコさん、戻りましょうか」

「そうね、うちのお店は忙しいから」

 いつまでもお客さんもないお店の視察をしても仕方がないので、私たちは自分たちのお店に戻った。

「店長さん、よく売れていますよ」

「それはよかったわ」

 自警団が推薦してくれたアルバイトの人たちは、お店を少し留守にしても不都合なくお店を回していた。

 みんな、飲食店経営者の親族や従業員だから慣れているのよね。

「砂浜の出店はそんなに売り上げもないと聞いていたので、ブランドンさんのお店の独壇場でしたけど、やり方次第なんですね。店長さんのお店が閉まったら、僕たちも頑張ってやってみますよ」

「お魚の締め方と処理の方法は、とても勉強になりました。うちの実家の食堂で真似したら、魚料理が美味しくなったって、お客さんに好評で」

「うちは、砂浜での出店は難しいけど、お弁当を売ればイケるんじゃないかって」

 さすがは経験者たち。

 自分たちなりに、うちの店を参考に新しい商売を考えていた。

 多分私たちがこの砂浜に来なくても、そのうち新しいお店ができて、ヨハンは詰んでいたかも。

 いや、私たちがいなければ、お店を継ごうと思わなかったのか……。

 彼の場合、私たちがお店を繁盛させたのを見て、きっと欲が出たのだと思う。

 しかもあのお店は、自分の祖父であるブランドンさんのものだった。

 言いがかりをつけて私たち追い出し、そのあと店をやれば儲かる程度にしか考えていなかったのだと思う。

「どちらにしても自業自得ですよ。ユキコさん、あんなの放っておきましょう」

「僕たちが手を差し伸べても、向こうが受け入れないというか……そんな義理もないですしね」

「留守番しているファリスさんが大変そうだから戻りましょうか?」

 私たちはヨハンのお店の偵察を終え、自分たちのお店に戻るのであった。

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