第13話 お爺さんの本音

「兄ちゃん、エール!」

「はいっ! 少々お待ちを!」

「俺は、レバ焼きとロース串を塩で三本」

「まいど!」

「シロ二本タレで!」

「任されました!」


 で、開店後のミルコ青年だけど、今日は初日ということもあってお運びさんをさせているのだけど、これがちゃんと戦力になっていた。

 なにもできない、口だけのチャラ男だと勝手に思っていたのだけど、考えてみたらお爺さんの息子さん、スターブラッド家の現当主から教育は受けているわけで、大半のことは一定水準以上のレベルで出来るようだ。

 ずっとこのままってことはないだろうけど、今は得しちゃった気分だな。

 今夜、私とララちゃんに夜這いでもかけてこなければね。

「ちょっとは役に立っているのか」

「お爺さんには悪いですけど、正直なところもっと役立たずだと思っていました。考えてみたら、お爺さんの息子さんが、幼少の頃から教育しているんですものね」

「ミルコは、なにをしても一定水準以上の能力は発揮する。だが、これもスターブラッド家の重みが悪いのかの」

 自分はスターブラッド家の人間だから、お兄さんたちのように派手に大きく独自の商売に成功し、さすがはスターブラッド家の人間だと世間も思われなければならない。

 だから俺様などと言いながら、無理に威張って自分を大きく見せ、変な人の口車に乗って起業サギに引っかかったりしているわけか。

「こう言うと、お爺さんに失礼かもしれませんけど。お爺さんは一代でスターブラッド商会を大きくした立志伝的人物、つまり成り上がり者ですよね?」

「それが事実なんだが、息子はワシよりも手堅くやる男でな。息子の代でスターブラッド商会の地位は確立された。すると不思議なことに、みんながスターブラッド商会は歴史ある大商会だと勘違いしてしまったのだ」

「あいつはその評判に振り回されているわけか。俺みたいな半端者には理解できない話だな」

「いやあ、親分さんほどの成り上がり方もそうないですけどね」

 自警団ほど、親分さんの実力次第なところはない。

 王都で有名な自警団の親分さんたちは五十を超えている人が多く、つまりいくら実力があっても、そこまでの地位に辿り着くまでに時間がかかるということだ。

 三十そこそこで大組織の長になった親分さんこそ、本当に凄い人なのだ。

 しかも、いい男で優しいしね。

「今のミルコに必要なのは、地に足をつけ、他人の目など気にせず、地道に前に進むことなのだ」

 お爺さんは声を小さくしていないので、今も懸命にお運びをしているミルコ青年にも聞こえているはず。

 このお店の中で『お祖父様』と言って声をかけた時点で勘当すると言われているため、聞き耳を立てている程度だろうけど。

「そういえば女将」

「はい?」

「女将は、この店の仕事で出来ないことはあるか?」

「ないですね」

 元々は、一人でお店をやる予定だったから。

 食材も、私が合格点を出さなければ既存のお店から仕入れない。

 この世界では肉の処理がいい加減で、特に血抜きや内臓の下処理、肉の熟成や保存がいい加減なので、王都の肉屋からは一切仕入れていなかったのだ。

 半年間にも及ぶサバイバル生活で『食料保存庫』に仕舞ったものと、この店は週休二日のため、休みの日に王都郊外で獲った魔獣を使用していた。

 ワイルドボアくらいなら、すぐに獲れるからね。

 当然調理はするし、お客さんに料理を運ぶこともする。

 帳簿もつけるし、ララちゃんとボンタ君の労務管理もしていた。

 まだ従業員は二人なので、そこまでの手間でもないけどね。

「店主とは、商会の主もそうだが、使用人をアゴで使って上に立っていればいいから楽なんてことはない。使っている者たちは人間なのだ。病気にもなる。色々な都合で辞めなければいけないかもしれない。経験と技量を積めば、独立を志す者もいよう。その人材が空いた穴を、一番偉い者が埋められなければ駄目なのだ。スターブラッド商会ほど大きくなれば、幹部連中が勝手にやってくれるが、大店であることに胡坐をかき、そういう部分を他人任せにした結果、いつか店が潰れるかもしれない。商売の規模など関係なく、一番偉い者は一番働かなければならず、だから一番収入が多いのだ。女将は、その基本中の基本ができている」

「やむにやまれずですけどね」

 この世界に飛ばされて来なければ、私も大学に進学していた?

 お祖父ちゃんのあとを継いで、プロの猟師になっていたかも。

 少なくとも、酒場はやっていなかったと思うけど。

「そういうことになっても、なにもできない人の方が圧倒的に多いのだ。ワシだって、最初は仕方なしに働き始めたのだからな」

 お爺さん、私たちにだけじゃなくて、お運びをしながら聞き耳を立てているミルコ青年にも聞こえるように話をしているのね。

「その昔、スターブラッド商会は中規模程度といった状態で、今言われているほど当初から零細商会というわけではなかった。祖父の時代までは結構上手く行っていたんだが、ワシの死んだ親父がとんでもない放蕩者でな……。酒、女、博打とやりたい放題だった。当然本業もろくにせず、それでも優秀な番頭がいたので回っていたんだが、ついにその番頭が親父の行状に呆れて独立してしまってな。ようは見捨てられたのだ」

 その番頭さんがいなくなり、使用人たちの統制が行き届かなくなった。

 わざと商品を高額で仕入れて、取引先からキックバックをさせて懐に入れたり、横領のし放題で、あっという間にスターブラッド商会の経営は傾き、大借金の山を作ってしまった。

「最後に親父自身が、酔っ払った挙句につまらない喧嘩で刺されて死んだ。ワシが十五歳で跡を継いだのだが、親父の葬儀中にも借金取りたちが押しかける有様でな。使用人たちも、もうスターブラッド商会は終わりだと、次々に辞めていった。ワシは、亡くなったお袋と二人きりで新しいスターブラッド商会を始めたのだ」

 ゼロどころか、マイナススタートでこの国一番の大商会を作り上げたのか。

 まさに立志伝的な人物よね。

「当時はとにかく必死だった。他人には散々バカされたが、そんなことを気にしている暇はなかったくらいにな。数十年後、多くの人たちがワシを褒め称えるが、そんなものは結果論にしか過ぎない。上手く行かなければ、『バカな父親の不始末と借金で圧し潰された、可哀想な奴』で終わったであろう。だからあえて言うが、スターブラッドの名など大したものではないとワシは思うのだ。他人がどう思うかは別だがな」

「そうは言っても、あなたの名は偉大で、スターブラッドも同じだと思いますが」

「ヤーラッドの親分、それは他人が勝手に思うこと。誰しもが、ワシのようになれる可能性がというほど理想家ではないが、今の生活を、立場を、少しだけよくすることはできるはず。ミルコも、ワシの孫だからなどと周囲の目を気にせず、自分なりに新しいことをやってみればいい。小商いでも黒字にできて、従業員の一人でも使っていければ大したものだ。基本的に商売など、失敗する人の方が圧倒的に多いのだからな」

 そういえば、日本でも起業して十年後まで生き残る確率は十パーセント以下とか聞くものね。

「息子と孫たちは今のところ大丈夫だろうが、ワシの死後、ひ孫や玄孫の代でスターブラッド商会は潰れるかもしれない。その時に、たとえ小規模でもミルコかその子孫が商人として生き残ってくれていたら、それは大成功なのだ。別に商売でなくてもいいがな。ふぃーーー、死に損ないのジジイの説教臭い戯言だ。女将、全員にエールを一杯ずつ出してくれ。兄ちゃん、頑張って運べよ」

 そう言い残すと、お爺さんはミルコ青年に声をかけ、金貨を一枚置いて店を出て行った。

 やっぱり、実の孫が可愛くないわけがないのか。

 店内では赤の他人だと言いつつ、彼に自分の想いと考えを伝えたのだから。

「お爺さんの奢りだから、みんなにエールを出すわね。お願いね」

「わっかりました。俺様、忙しいなぁ……」

 普段と変わらないように見えたミルコ青年であったが、お爺さんの言葉になにかを思ったのであろうか?

 私には、ちょっとだけ彼が神妙な顔つきをしているように感じたのであった。

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