第11話 不肖の孫

「あれは……ミルコは、ワシの不肖の孫でな……」


 軽薄そうなミルコ青年が去ったあと、強く事情を聞いてきた爺さんに先ほどの出来事を話すと、またもため息をつきながら彼のことを話してくれた。

「ワシは、潰れそうな商会を立て直した。一代で潰れるのもどうかと思ったので、一人息子である後継者への教育も怠らなかった」

 お爺さんが亡くなってからすぐに潰れてしまったら、なんのために苦労して商会を立て直したのだという話になってしまう。

 お爺さんは、現当主である息子さんも厳しく教育したそうだ。

「その結果、まあ二代目としては及第点を与えられるであろう当主に成長した。ゆえに、ワシも安心して隠居しているわけだ。息子は、孫たちの教育も厳しく行ったのだが……」

 四人の孫のうち、長男から三男までは自ら新しい事業を立ち上げるなど、若手期待の商人として育ってくれた。

 ところが、四男のミルコ……あの軽薄そうな青年のことだ……のみは、なにをしても駄目で、試しに資金を与えて小商いをさせても失敗してしまう。

 次第に父親や兄たちからも疎まれ、今ではああいう服装と言動で、王都を遊び回っているそうだ。

「なにか商売で一発当てて、息子や他の孫たちを見返したいのであろう。だが、地に足がついておらぬ」

 どう見ても、そういうタイプには見えないわね。

 常に一発逆転を狙い、一度も当てないまま人生を終えそうなタイプだ。

「でもご隠居、お孫さんはうちの女将さんに目をつけましたよ。儲かりそうなことを嗅ぎ分ける能力はあるのでは?」

「そうかもしれないが、商売では目利き以外に、人並み以上の正しい努力や苦労もしなければ成功しない。女将が、このお店で手を抜いていると思う者はおるまい?」

「そうですね。手は抜いていません」

「あいつは、常にああなのだ。目はつけるが、そのあとが駄目だ」

 いくら儲かりそうな商売を先に嗅ぎ分ける才能があっても、努力を惜しみ、私の婿に収まって楽に成功しようと考えるのが駄目ってわけか。

 なまじちゃんとした教育を受けているから、そういう風に楽な手を思いついてしまうのかも。

「孫は難しいの。子ほど厳しくできないのでな」

 孫に甘い祖父母というのは、どこの世界にもいるというわけね。

 お爺さんは、不肖の孫になんとか自立してもらいたい。

 だけど、肝心の孫の方は楽して儲けようとばかり考えている。

 優秀な兄たちに対抗すべく、一発逆転の大物手ばかり狙って、さらに失敗を重ねているわけか。

「無能でも、大人しくしていればなぁ……」

 無能でも無害なら、スターブラッド商会で適当な役職に就けてしまえば問題はない。

 でも、ああして思いつきで商売を始めようとしたり、実際に起業して失敗ばかりしているので、将来あの人がスターブラッド商会の蟻の一穴になるかもしれない。

 お爺さんはそれが心配なのか。

「時に女将、女将の祖父殿は?」

「二年ほど前に亡くなりました。もう九十歳近かったので……」

 死ぬ直前まで、お祖父ちゃんは現役の猟師であり続けた。

 私のお父さんは末っ子で、一番上の伯父とは親子ほどの年齢差があり、一番年下の孫である私をお祖父ちゃんは可愛がってくれた。

 子供の頃からよく猟に連れて行ってくれて、私が興味を持つときっちりと教えてくれた。

 だから私は、獲物の処理や解体もお手のものだったのだ。

 魔獣はちょっと大きいけど、猪、牛、馬、ウサギなど、日本にいる動物と見た目も味も、あまり違いがなかったからね。

 他にも、猟師は獲物を待つため、山で一晩を明かすことも必要だとかで、キャンプというか野営の技術も教えてもらった。

 私が異世界に飛ばされても、半年もの間サバイバルできたのはお祖父ちゃんのおかげだったというわけだ。

 お祖父ちゃんは亡くなる前日まで猟に出ていて、翌日目を覚まさなかったので大騒ぎになった。

 私はお祖父ちゃんが死ぬとは思っていなかったのでお葬式の時はずっと悲しくて泣いていたけど、今ではこう思うのだ。

 お祖父ちゃんらしい見事な大往生で、猟師としての人生をまっとうした凄い人なのだと。

 そして、お祖父ちゃんの教えは私の中に生きている。

「いい祖父殿であったのだな」

「はい」

「ワシは駄目だ……なにか不都合があるとワシの名を出すバカな孫だが、それでも可愛い孫ではあり、どうしても甘くなってしまう」

 気持ちはわかる……いまだ結婚していない私に、孫に対する気持ちなんて想像の範囲内でしかないけど。

「スターブラッド商会の名など気にせず、自分なりに自立してくれればいいのだが……」

「それは難しいのでは?」

 人は生まれを選べない。

 ミルコ青年は、どこでなにをしてもスターブラッド家の人間として扱われてしまう。

 だから、あんな風な態度を取ってしまうというのもあるのだろうから。

「女将、一つ頼まれてくれないか?」

「できることなら」

「暫く一人従業員が増える。ビシバシ鍛えてやってくれ。飯だけ食わせて無料働きでいいので頼む」

「わかりました」

 ミルコ青年が役に立つのかわからないし、私を女だと侮っておかしな真似をしてくるかもしれないが、彼に負けることはないだろう。

 それに、お爺さんは引退したとはいえ、王都で一番の大金持ちスターブラッド商会の前当主だ。

 貸しを作っておいて損はなかろうと、彼の依頼でミルコ青年を預かることにしたのであった。

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