ヤンデレとフェニックス
その後一時間ほど歩いていくと、遠くに森が見えてくる。
周りが荒れ地になっている中一か所だけうっそうと木々が茂っているのは少し場違いな感じがある。
「ここ?」
「ああ、この辺りにはあまり植物や素材の知識がある者は少ないからな。恐らく未知のものが多いと思う」
森に入ると、周囲はけばけばしい色の花や実をつけた植物や、魔物への自衛のためか角のようなものをつけた虫などあまり見ない動植物ばかりが広がっている。
「確かに、見たことないものが多いわ」
そう言ってルネアは周りの植物を物珍し気に見渡している。
この辺りは皇国の中央より雨が少ないし、魔物も多いので当然植生も変わってくる。とはいえ、平地に生えているのは魔物に食べられないようにするため栄養価や魔力が低い植物が多いのであまり役には立たないが。
「何か役に立ちそうなものはあるでしょうか。例えば、意中の人とさらに両想いになれる成分が入った草とか」
シオンが真剣な表情でルネアに物騒なことを尋ねる。
さすがのルネアもそれには苦笑した。
「いや、それは見ただけでは何とも……」
「さらっと変な薬を作らせようとするな」
「でもたくさんの人が必要としていると思いますが。ルネアさんも人々を幸せにするために学者になったと言っていたはずです」
シオンの言葉にルネアはうまく反論できずに沈黙する。何でこんな時だけ無駄にそれっぽいことを言うんだこいつは。ルネアにはもっと真っ当な研究を続けて欲しい。
「そ、それよりほら、そろそろじゃないか?」
気が付くと俺たちは森の大分深いところまで来ており、あまり日の光が差し込まなくなっていく。しかしこの辺りは魔物の脅威もあまりないため、魔力を多量に含んで発光している花や実もあり、そこまで暗くはない。
また、鮮やかな色の花なども咲いており、少し幻想的な光景も広がっている。その代わり、油断するとその辺の草に取って食われそうになることもあるが。
「わあ、きれい」
思わずルネアも周囲を見渡して目を輝かせる。
「そうですね、今度二人でデートしましょうね」
「悪いが俺はデートは命の危機がないところでしたいんだが」
そう言いつつ俺は横から伸びてきた蔦を斬り払う。対して強い相手ではないが、不意を突いて来るため気は抜けない。
「お二人は本当に仲良しなのね」
そんな俺たちを見てルネアは感心したように言う。
それを聞いたシオンは相好を崩した。
「えへへ、そうなんですよ。よく分かりますね」
「そんなに仲良しなら惚れ薬なんていらないのでは?」
が、ルネアの冷静なツッコミにシオンはきっぱりと答える。
「それとこれとはまた別です」
相変わらずシオンの脳内には独自の世界が広がっているようだ。
そんなことを話していると、うっそうとした森の中に開けた空間が現れる。
その中央には金色に発光する花びらをつけた一際大きな花が生えていた。一メートルほどの高さだが、一枚一枚の花びらが大きく細い茎に対してアンバランスである。
「おお、これはすごい魔力」
ルネアが感嘆の声を上げる。
「すごいだろ? ただどうしたらいいのか俺にはよく分からなくてな」
基本的に冒険者に採集依頼が出る植物はすでに効果が知られているものばかりなので、俺は未知の植物の効果を判断することは出来ないし、下手に花びらを切り取っては効果が失われる可能性もある。
しかし溢れんばかりの魔力できらきらと輝いている花びらを見ると、何かには使えそうな気がしてくる。
「なるほど、ちょっと近づくわ」
ルネアが前に進むので俺も彼女をかばうように進んでいく。知らず知らずのうちに俺とルネアの距離は近づいていたが、彼女の関心は花に向いているようで特に恐怖の色は見えない。
ちなみにシオンは少し後方でいつでも魔法が使えるように準備していた。
俺が一メートルほどの間合いに入ったときだった。突然、花びらの中央に金色の魔力が集まっていく。
「気を付けろ」
俺はルネアをかばうように前に出て、ルネアは少し後ろに下がる。
花びらの中央に集まった魔力はどんどん膨れ上がったかと思うと何かを形作るように変化していく。そして翼を広げた鳥のような形になったかと思うと、次の瞬間一メートル以上の羽を広げた鳥のような魔物に変化した。後ろの花びらの光を浴びて全身がきらきらと金色に輝いている。
「これは……フェニックス!? でもフェニックスが花から生まれるなんて聞いたことがないし、見た目も私が知っているものと違う」
それを見てルネアも動揺したような声を上げる。
実は俺は前にもこの花を見たことがあり、その時も同じ魔物が出てきたのを見たことがある。その時はさっさと立ち去ると特に追いかけてはこなかったので戦ってはいない。
が、今回は調査のため、そしてルネアの男性恐怖症を克服するために戦うつもりだ。
「よし、戦うけど準備はいいな?」
「ええ」
俺の言葉にルネアも緊迫した面持ちで頷いた。
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