第43話 バザールで衝動的に買ったものは・・・?

基本的に屋敷にいるジゼルお嬢様だが、今日は違った。


「今日は外に出たいわ」


ふらふらと憂鬱な表情でそういったジゼルを見て、シスカはマチルダにどうしたんですか?と目で問いかけた。

マチルダは、困ったように微笑んでシスカを廊下のつきあたりの陰に連れ出した。


「マスク様のお手紙のお返事が来なくて、もしかしたら忙しくて読んでいないのではないかと不安になっていたジゼルお嬢様のストレスが爆発したのであります」


「え!?」


俺のせいか・・・シスカはドキッとした。


「海に誘われた時、いい気分転換になったらしく外に出たい外に出たいとおっしゃっているのであります」


シスカに送られた手紙はかなりの量が溜まっていて机の引き出しが1つ手紙で埋まっている。


「ジゼルお嬢様が好きなのはマスクで、俺ではないのでその手紙は俺が読むべきではないと思って・・・」


そういって俯いたシスカの肩をマチルダは力強く叩いた。


「イっ・・・!」


肩に雷が撃たれたような衝撃にシスカは一瞬意識が飛びそうになった。


「そんなことないであります!むしろ読んでもらえない方が寂しいであります、シスカ殿に何か考えがあるのだろうと思って黙認していたでありますが、そういう理由なら返事を出してあげてほしいであります」


「え・・・でも」


「でもじゃないであります!字は書けるでありますか」


マチルダに叩かれた肩がずきずきと痛んだ。涙目でシスカは頷いた。


「じゃあ大丈夫でありますね。それと責任をとって今日のジゼルお嬢様の気分転換にお外のお買い物に連れて行ってあげてほしいであります」


「え!?」


この肩で!?いやいやそうじゃない。俺が行ったら屋敷はどうなる。

ジゼルが誘拐された日のことを思い出してシスカはぞくりと背中に冷たいものが走った。


「大丈夫であります、シスカ殿は日ごろの訓練で着実に強くなっているでありますよ。訓練用の剣を腰に差していけば大丈夫であります」


「大丈夫なんですかそれ」


「この街は剣も銃も奴隷商人も普通に裏で横行しているでありますからな、ジゼルお嬢様がエルフだってバレないようにしてはぐれないようにおててを繋いで市場を歩けば大丈夫であります」


そういったマチルダにシスカはため息をついた。それは屋敷の中にいた方が安全なのでは・・・でも、ジゼルがへこんでいるのは自分の責任だ。


「買い物は少しいったところにバザールがありますから、馬車をお願いして連れて行ってもらうであります」


「マチルダさんは行かないんですか」


わかってはいたがシスカは一応聞いた。


「屋敷のことはお任せであります!」


そういって笑顔で敬礼したマチルダにシスカは、口端を上げた。


「お手柔らかにお願いします」


シスカは、ジゼルと買い物に行くことを決めた。


「レターセット買ってきますよ」


シスカがぼそっとそういうと、マチルダは笑顔で答えた。


「いってらっしゃいであります!」


シスカもジゼルも基本的に出かけることはない。

だからこうして2人でバザールに来るのは少し緊張していた。


「どうしてマチルダは一緒に来ないのかしら」

「屋敷のことをやってくれるそうです」

「海の時だって大丈夫だったじゃない」


ジゼルはシスカと2人きりというのが不服そうだった。マチルダと一緒に来たかったのだろう。


シスカは申し訳ない気持ちになったが、仕方ない。

ジゼルは黒いベールだと目立つので今日は頭に白いと桃色の布を巻いていた。そして衣服もそんなに派手なものではなく、シンプルな紺色のワンピースを着ていて、美しい容姿以外はちょっと家柄のいい普通の町娘のようで少し雰囲気が違った。


「何かしら」


不機嫌に腕を組んでいるジゼルに、


「今日は何を買われるんですか」


ジゼルはストレスが溜まっていてかなり不機嫌らしいが、この時は、


「ちょっといいドレスを買いにいくのよ」


そういって少し顔を赤らめた。

ちょっといいドレス、高いドレスということだろうか。それにこの反応。そのドレスを着てどこか行く予定があるのか?またレズリ―お嬢様か?シスカは色んな考えを巡らせていた。

もしかしてあまりにも返事が来ないから別の男を探しに・・・いやいやジゼルお嬢様に限ってそんなことがあるとは思えないが。


まだ少女小説を読んでハトを飼っているジゼルお嬢様。でも、前にレズリ―お嬢様がいっていたっけ。


「恋は熱しやすく冷めやすいものですわ。燃えているときは相手しか見えていませんが、冷めてきたら夢から醒めるように相手に興味をなくすものなんですの」


まさか・・・な。シスカはジゼルをちらりと見た。


バザールに到着した2人は、ほぼジゼルの行きたいところにシスカが付き添う感じで店を回った。バザールは、道沿いに沢山のテントの下に品物が並んでいて、店ごとに個性があり全く見ていて飽きなかった。


「久々に来たわ、ずっとお父様に家から出ないよう言われていたから。昔1回マチルダと一緒に来たことがあったんだけれどね」


ジゼルは、飾ってあった眼鏡を見て懐かしそうに眼を細めた。


「えぇ、本当に色んな店がありますね。目立たないようにいきましょう」


そういって辺りを見回していると、ジゼルがぴたりと足を止めた。


「ジゼルお嬢様?」


小声で問いかけ、ジゼルを見るとジゼルは苦痛に表情を歪めて固まっていた。

ジゼルの見ている方向を見ると、


「奴隷はいりませんかー!ダークエルフの美少女だよ」


すさらりと長い白銀の髪に褐色のダークエルフの少女がボロ布を着て鎖で繋がれていた。

食事を与えられていないのかぐったりしている。


「ダークエルフだからストレス発散にも使ってもよしこの通り顔も可愛いから男性は愛玩用にいかがですかー!エルフだから安くしておきますよー!」


ジゼルはくっと歯をかみしめた。


「ほら、もっとお客様によく顔を見せろ」


怒られたエルフは、髪の毛を無理やり引っ張られて立たされていた。痛いとも泣いたりもせず、エルフは街中の人に流れるように視線を泳がした。そして、ジゼルとシスカとばちっと目が合った。

エルフの少女は、2人を見て力なく笑った。その姿を見たジゼルは全身から鳥肌がたつのを感じた。


「彼女をちょうだい」


ジゼルは、男に怒声を浴びせる勢いで叫んだ。


「あぁ、12万・・・」


そういった男に、ジゼルは今日ドレスで買うはずだったお金を全部叩きつけた。


「おつりはいらないわ!」


10倍くらいのお金を見て男は凄く喜び、いそいそと少女の鎖を外した。


「まいどあり!」


ジゼルは、少女の手を掴んでシスカを睨みつけた。


「帰るわよ!」


「は、はい!」


全然バザールに来ていなかったジゼルは全然ここは変わっていないと思っていた。だが、マチルダのいう通り、ここは悪い意味で変わってしまっていたらしい。シスカは、あまりジゼルお嬢様をここに連れてきたくないと感じた。

彼女があんな表情をするのをもうみたくないと感じだからだ。


少女を引っ張りながら、ジゼルは鬼気迫るような表情を浮かべていた。少女はシスカを目だけで振り返った。一体今何が起きているんだろうというようなきょとんとした表情だった。シスカは、彼女を引っ張るジゼルを見て買ってあったレターセットの袋をぎゅっと握った。

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