第24話 番外編 エイズラ・バトラー

エイズラ・バトラーは、小さい頃から執事を輩出する家系に生まれた。

彼にはなりたいものなんてなかったし、それを望む必要もなかった。その家に生まれたということは、執事になるということだからだ。

医者の子供は、病院を継ぐため医者になる。だから自分も執事になるのだと思っていた。

エイズラは、それを自身の運命として受け入れ、しっかり執事になるように勉強し、鍛え、精進を続けた。

バトラー家は、あまりにも優秀なエイズラを14歳の若さでレズリ―の元へと送り出した。


何かしたい、夢がある。

そんなことを抱く必要もなく、勉強が休みの日は勉強をして過ごし彼にはやりたいことというものがなかった。


だが、彼が就職した大富豪。

エヴァ―ルイス家の令嬢、レズリ―・エヴァ―ルイスに出会い、彼の運命というものは色づき始める。

レズリ―が5歳の頃に屋敷にやってきたエイズラは、レズリ―に出会う。


「ワタクシ、お外に出たいですわ!お買い物に行きたいですわ!昨日帰りにあいすを食べていた子供がいたんですの、ワタクシも食べたいですわ!」


そして、その我儘は周りの使用人たちをうんざりさせていた。


「昨日も行かれましたよね?今日はお勉強をするとおっしゃったじゃないですか」

「お嬢様、今日は大人しく屋敷にいらしてください」


「いやですわ!いくんですわ!」


癇癪もちでじたばた暴れるお嬢様は、エイズラにとって新鮮だった。

毎日毎日あれがほしいこれがほしい、あれがやりたいこれはしたくない、あれは嫌いこれは好きだから手に入れろこの人は好きあのひとは嫌い出ていけ顔も見たくない。


何故こんなに子供だというのに欲深いのだろうとエイズラは14歳ながら、レズリ―を最初は自分とは別の野生動物のように見ていた。

この時のエイズラはお嬢様に対して特別な感情は抱いていなかったからだ。


だが、周りのものをあざむいて外に連れ出してやると、レズリ―はエイズラの手をぎゅっと握って花のようににっこり笑うのだった。


「ありがとう!エイズラ。お礼にあいすを半分あげるわ。食べている人を見ると美味しそうに見えるけれど、実際はそうでもなかったみたい」


「そうですか、ありがとうございます」


エイズラは、あいすを2口で食べ終わりぽいとゴミを捨てた。


「すごいわ、早く食べるのね。まるでゴリラみたい。もう一度見せて!」


そういってエイズラはまたレズリ―とあいすを買いにいったが、その途中、


「ちょっと疲れたわ、おんぶして」


眠そうにレズリーは目をこすった。エイズラはこれは寝るなと思ったのでそのまま適当に街をぶらついて、すやすや寝息をたてているレズリーを背中にそのまま屋敷に帰った。

だが、屋敷に帰ると、


「あいすを食べるところがみたかったわ!」


レズリ―は自分は寝ていたくせに帰ってくるとぷんぷん怒っていた。

寝起きで機嫌が悪いのも相まって余計に厄介だった。


「またお買い物にいったときにいくらでもお見せしますよ。今度は2つ同時に食べるところをお見せします」


「・・・絶対よ!明日よ!」


レズリ―は次回サービスするとつげると満足した。そんな簡単な性格もエイズラはすぐ順応して扱えるようになった。

レズリ―の我儘に振り回されるエイズラだったが、そんな生活にも慣れてきてレズリ―が7歳になったある日。


「エイズラ、ワタクシの今まででいっちばんのお気に入りの使用人の名前をこっそり教えてあげるわ」


「はい」


エイズラは、高いところから夕日を見たいというレズリ―に付き合いその日は丘の上までレズリ―を1時間おぶって丘の上まで連れて行ったのだった。

鍛えているとはいえ、流石のエイズラもレズリ―とお話し寄り道しながらやっと丘まで上がってきて、いきなりそんなことを言われてもどう返せというのか。


エイズラの肩によじ登ったレズリ―は、エイズラに小さな口を近づけた。


「ワタクシの一番のお気に入りはエイズラよ!ふふっ、エイズラは皆がダメといったこともワタクシのいう事を聞いてくれるんですもの!それに他の使用人のようにワタクシに冷たい視線を向けないわ」


レズリ―は無邪気に笑った。そしてエイズラの頬にキスをした。


「これからもずっと一緒にいてね、エイズラ」


エイズラは、バトラー家に生まれたから執事になった。それが自分の運命だから。

自分は、何もしたいことがなく、夢もなく、ただただ運命に従い生きてきただけだった。そんな自分を仕えていたお嬢様が一番だと褒めてくれた。

エイズラにとってそれは、今ままでやってきたことのすべてが意味をなし、自分の歩んできたことが間違いでなかったという確信に変わった。


***


「お人形はお返事を返してくれないですわね、エイズラ。もっとドレスの話とか、恋の話とか同じくらいの女の子としてみたいですわ」


「承知いたしました」


ずっとレズリ―は女の子のお友達を欲しがっていた。

だが、それはエイズラには叶えられない願いだった。いいや、唯一叶えられなかった願いだった。


あの日から――。お嬢様の友人にジゼルお嬢様を自分が紹介しなければ。

申し訳ございませんお嬢様・・・申し訳ございませんお嬢様・・・何度この言葉を心の中で繰り返したかわからない。地球を一周するくらい繰り返したのではないだろうか。


「もういいわ!トモダチなんて」


あの時の引きつった彼女の笑顔。

エイズラの心が罪悪感で真っ黒に染まった。


***


【ワタクシ、ずっとジゼルとお友達になりたかったの】


エイズラは、扉の隙間から2人の様子を眺めていた。

クローゼットに縄でぐるぐる巻きにされて押し込められたときはどうなるかと思ったが、エイズラはこんな時の為に執事副のいたるところに暗器を仕込んでいる。

小型ナイフで縄を切り、早々にレズリ―の部屋へと向かったわけだが、どういう状況か、エイズラが到着したときには何故かメイド姿のジゼルと、レズリ―が抱き合っているではないか!


出ていこうと思ったが、とてもじゃないがそんな雰囲気ではない。エイズラは血の気は多いがこういう時空気を読める男だった。


そして、本当の想いをやっとジゼルに届けたレズリ―を見て、エイズラはあの日、レズリ―を傷つけたあの日以来初めて――泣いたのだ。


すうすうジゼルと寝息をたてている最愛の主人を見つめ、エイズラは微笑んだ。


お嬢様の幸せは僕の幸せだ。

だから僕は、彼女にすべて捧げよう。ずっと彼女の一番でいられるように。

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