第1話(2)

 気持ちいつもより急ぎ気味で閉室作業を終わらせ――今、僕は瀧浪先輩と並んで学園都市の駅へと向かっていた。


「人に昔話を語られるというのも、あまり楽しいものじゃないな」

「そう? なかなか興味深かったわよ」


 瀧浪先輩は小さく笑う。……他人事だと思って。


「それにしても、壬生さんのこと怖くなかったの?」

「まるっきり怖くなかったと言えば嘘になるかな。中学二年にしてもう今と大差なかったからね」


 むしろ昔はもっと尖っていて、喧嘩上等の人だった。やりたいことができた今のほうが丸いくらいだ。


 それでもこの人は無闇やたらと周りに噛みついて回る人ではないと感じたのだ。まぁ、ただ単に客観的に最適解を探す癖がついているせいで、そのあたりの感覚が麻痺しているだけかもしれないけど。


「それで言われるがまま女の尻にホイホイついていくことにしたの?」

「言い方に棘があるよ」


 実に心外だ。


 あと、土曜日に蓮見先輩と激突したことを思い出すのでやめてほしい。……彼女には知る由もないことだが。


 実際、「お前、しばらく私のそばにいなさい」と言われ、わけがわからないままその通りにしたのは確かだ。そうこうしているうちに僕の『欠落』についても鋭く見抜かれてしまい、奏多先輩に打ち明けた。


 すると彼女はそれを鼻で笑い、言ったのだ。


『そのうち治る』


 と――。


 これまた意味がわからなかった。だが、これを機に壬生奏多という女性に興味をもち、本格的に彼女についていくことにしたのだ。


 と、そこであることに気がついた。




 かつて奏多先輩が言ったのは――『そのうち治る』。

 そして、先ほど言ったのが――『近いうちに治る』。




「……」


 何だろう、この差は。


 単なる時間経過による表現のちがいだろうか。それとも奏多先輩には何か見えているのか……?


「中学のころから壬生さんの服を選んであげてたの?」

「うん?」


 瀧浪先輩の声で思考から呼び戻される。


「ああ、そうなんだ。あの人は独特の感性の持ち主でね。服を選ばせて、それを着ることは相手を信頼し、心を許している証なんだそうだ」

「心を……」


 瀧浪先輩は不思議そうにつぶやく。


 その反応も当然だろう。僕もピンときていない。奏多先輩は表現者だから、普通の人間とはちがう感性、価値観をもっていると思うしかないだろう。或いは、他人のセンスに触れることで自分の感性を磨こうとしているのか。


「静流――」


 と、瀧浪先輩が僕を呼ぶ。


「あなた、もしかして下着まで選んであげてる?」

「……」


 僕は思わず黙ってしまった。


「あのね、静流、聞いてるわよ? 答えましょうね?」


 とても優しげな声だった。それだけに背筋が寒くなる。


「あー、うん。まぁ、そうかな……」


 僕は何とか核心を避けつつ、それだけを答えた。曖昧にすることに意味があるとは思えないが。


「やっぱり!」

「待て。服もそうだが、僕から申し出たことじゃない」


 声を荒らげる瀧浪先輩に、僕は慌てて言い返す。


 最初はトップスだけだった。そこから全身コーディネイトへ広がって、ついにはインナーにまで至った。当然拒否権はなく、しかも、必死で選んだ服のセンスが彼女の琴線に触れたようで、いたく気に入ったのだ。


「どうりでわたしのもさらっと選んだわけね」

「さらっとじゃないよ」


 こんなこと何回やったところで慣れるものじゃない。


「で、いったいどんなのを選んだの?」

「言えるか、そんなこと」

「い、言えないようなのを選んだの!?」


 いきなり瀧浪先輩は足を止め、詰め寄ってくる。


「はっ。まさか女王様みたいなの……」

「どんなのだよっ」


 奏多先輩は陰で女帝などと呼ばれているが、その言い方は初めてだ。


 つき合ってられるかとばかりに僕は歩き出す。すぐに瀧浪先輩も並んだ。


「ねぇ、静流」


 しばらく歩いたところで、彼女が僕の名前を呼んだ。


 いつもの軽い調子ではない。

 どこか思い詰めたような感じがある。


「あなた――」


 だが、彼女の言葉は途中で途切れ、それっきり何も話さなかった。

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