第335話Ⅱ-174 ネフロスの教義

■ネフロス神殿


 神官長の引き攣った顔を見ながらドリーミア以外の全ての宝玉オーブをストレージに収納し終えた。


「心配するな。無くなった訳じゃない。ドリーミアに戻れば取り出すことができる。と言う訳で、祭壇に行こうか」

「・・・」


 神官長は眉間に皺を寄せて考え込んでいた。


「どうした? やっぱり、ご神体とやらに先に会いたいのか? ドリーミアに行ってもこの部屋へはまた入れるんだろ? だったら問題ないんじゃないのか?」

「ご神体様とお会いすることはすべての事に優先されるのだ。結界をドリーミアに繋いだとして・・・、その時にも回廊が繋がっている保証はない」


 -結界を繋ぐ? それで、空間が移動する・・・のか?


「そうか、保証が無い・・・ということは繋がっているかもしれないって事だな。じゃあ、問題ない。まず、ドリーミア、そしてご神体だ。判ったか?」

「いや、ダメだ。やはり、ご神体様と・・・」

「ふーん、じゃあ、宝玉オーブとお前の指を倉庫で壊すことにするよ。それでも良いのか?」

「ダメだ! 私の指はどうでも良い! 宝玉オーブに傷をつけることは許さない!」

「許さない・・・と言われてもな。もはや、お前の手の届くところには無いぞ?お前に何ができるんだ?」

「・・・」


 やはり宝玉オーブをストレージに入れて良かった。俺にとっては占い師の玉程度の価値しかないが、こいつには自分の指をすべて失ったとしても守りたいほどの価値があるのだ。


「さあ、そろそろ頼むよ。別にご神体のところへ行かないって言ってるんじゃない。むしろ、俺もご神体には会いたいんだよ。そのためにも、さっさと祭壇に行ってサクッと終わらせてくれ」

「わかった・・・」

「そうだ。その前に外にいるみんなも祭壇に連れて行こう。一度、さっきの場所に戻ってくれ」


 神官長は不満そうだったが、宝玉オーブ効果なのか言われたとおりに宝玉オーブの間から俺達を連れだして、ミーシャ達と合流させた後に祭壇まで転移した。暗闇の地面に吸い込まれるのは気持ち悪かったが、一瞬のうちに陽光が照らす祭壇の最上部へと移動していた。


「じゃあ、ドリーミア迄ヨロシク!」


 俺が持つ宝玉オーブを神官長の指の無い両手の間に挟ませると、頭上に掲げて目を瞑った。


「「うわっ!」」


 ドリーミアから来た鉱夫たちはそろって声を上げた。俺達はいつもの転移の大型版だとして受け入れたが、祭壇から見える景色が一瞬で変わっていた。ボルケーノ火山にある神殿の入り口や巨大な柱、それに周りの木々がすっかり変わっている。ここが先ほど迄居たミッドランドのある世界と違うことは間違いなかった。そして、周囲を見渡すと・・・あった。離れた場所に俺が置いてきた巨大な作業船が森の中に鎮座している。


 -間違いない。ここはドリーミアだ・・・。


 とりあえず、俺の力では何ともできない異次元転移?で戻って来られたことに安堵した。


「よし! じゃあ、ママさん達を探しに行こうか。サリナ、俺達が戻ってきた印に空に向かって炎を打ち上げてくれ」

「空に? 炎?」

「いつもの魔法で良いよ。お前の魔法を見れば、ママさん達が気が付くだろ?」

「いつものね! うん、任せて!・・・ファイア!」


 サリナはロッドを空に向けて火炎風を放った。炎は数百メートル・・・、いや、下手すると1kmほど頭上まで立ち上って行った。


 -相変わらず、滅茶苦茶な力だな・・・。


 神官長は口を開けて頭上の炎を見上げ、サリナの顔へ視線を移したときも口は開いたままだった。


「この娘は一体・・・」

「気にするな。普通じゃないんだから」

「・・・」


 俺が小声でフォローしてやっていると、作業船がある森のあたりから炎が舞い上がったのが見えた。ママさんが気が付いてくれたようだ。


「さてと、じゃあ、まずは移動だ・・・、この船に乗って行こう」

「これは・・・」


 更に口が開いた神官長と怯える元鉱夫たちを大型の漁船に乗せて飛び立った。


「と、と、飛んだ!」

「な、何が起こっているんだ!」


 鉱夫たちは口々に喚き始め、神官長の開いた口はさらに大きくなっていた。神官長は離れた場所から飛んでいたのを見ていたが、実際に自分が船に乗って飛ぶのと水晶球で見ているのでは全く違うものだった。


 漁船は1分も立たないうちに地上にいるママさんとショーイの元へとたどり着いた。


「無事でしたか、良かったです」

「それはこちらのセリフです。ケガは無いですか?」

「ええ、連れていかれた場所は魔法が使えなくて心配しましたけど、結果的にケガはなかったです」

「魔法が使えない・・・」


 ママさんとショーイにミッドランドの世界とこれからの計画を説明したが、ママさんから意外な返事が返ってきた。


「なるほど、ネフロスのご神体と言うのに会いに行くのですね。では、私たちもご一緒します。ですが、時間があまりありません。明日にはムーアの町へ結界の影が届くはずです」

「明日?そんなはずは・・・、俺達がムーアへ行った時からまだ1週間経っていないのに」

「え!? あなた達と別れてから既に30日以上経っていますよ?」

「そんなバカな!?・・・おい、お前は理由を知っているのか?」


 なんとなく想像はついたが、原因について神官長を問いただした。


「こことあちらでは・・・、いや、全ての世界で時の流れる速さは異なる。結界で異なる世界を繋ぐために起こるのだろうが、その理由は私にもわからない」


 神官長は表情を変えずに俺をまっすぐに見ている。返事は俺が想像していた範囲だったので、嘘でもないのだろう。


「やっぱり、そういう理屈なのか。それで、ムーアの町を取り囲む結界だが、あれも宝玉オーブによるものなのか?」

「違う。宝玉オーブはボルケーノ火山と神殿を操るものだ。それはまた別のものだろう」

「だが、あの結界から外に抜けると迷いの森へ・・・、この森へ入ってくるじゃないか?」

「うむ。この森には迷いの結界が張ってあるからな。異なる結界とつなぐには適しているのだろう」

「だろうって・・・。お前はこの件には関与していないのか?どうすれば結界を取り除くことが出来るんだ?」

「おそらく、結界を作る魔石があるはずだ。その魔石を破壊すれば結界は解けるだろう。だが、その魔石がどこにあるかは私は知らない。そちらの件には関与しておらんのでな」

「黒い死人達の首領の仕業と言う事か? あいつらは今どこにいるんだ?」

「わからぬ。神殿の奥の部屋におるかもしれんが、あいつらもお前たちを見ておったからな、今頃は何処かへ消えておるだろう」


 嘘か本当か判らないが、首領たちが隠れているのなら探し出すのは難しそうだ。だったら・・・。


「お前たちのご神体なら、その結界をどうにかできるんじゃないのか?」

「ご神体様か・・・、できるであろうな。だが、その願いを叶えるとも思わんがな。お前たちのような不信心者の願いは届かんのだよ」

「じゃあ、ダメ元で頼みに行くことにしようか。いずれにせよ、ご神体のところに行きたかったんだろ?」

「それはそうだが・・・」


 複雑な表情を浮かべた神官長とママさん達を船に乗せて作業船へと向かった。先にメイと元鉱夫たちを安全な場所に匿うためだ。


「メイ、必ず迎えに来るから、ここで待っていてくれ。みなさんもここでしばらく隠れていてください。念のために食料は大目に置いて行きます。戻ってきたら、ムーアまで送って行きますから」

「嫌! メイは一緒に行きたい!」

「あぁ・・・、だけど危ないからなぁ・・・」


 メイは大きな目に涙をためて俺のズボンを掴んで見上げている。何も悪いことをしていないのに、罪悪感を覚えてしまうので勘弁してほしい。


「良いじゃない、連れて行ってあげましょうよ。私とショーイが面倒を見ますよ」

「えっ!? 俺!?」


 いきなり名前を出されたショーイは驚いていたが、ママさんはすました顔でほほ笑んでいる。


「そうですか・・・、じゃあ、一緒に行こうか? だけど、危なくなったらあのお兄さんの陰に隠れるんだぞ」

「ううん、メイはサトルに守ってもらうの!」


 メイはショーイから遠ざかるように俺の背中へ回り込んだ。


「あら!? ショーイは気に入られなかったみたいね」

「チェッ! 引き受けたつもりもないのに、嫌われ損じゃないか」

「ふふッ、じゃあ、メイちゃん、サトルお兄ちゃんが守ってくれるから行きましょうね」

「うん!」


 メイは嬉しそうな笑顔で俺を見上げたまま足に抱きついて来た。


 -いつの間に懐かれたんだ?


 少し疑問に思ったが、ムーアの結界が閉じるリミットが近い以上は細かいことを気にしている余裕は無かった。祭壇の頂上へと戻って、6人と1匹で神官長にしがみついて宝玉オーブの間へと移動する。


「良かったな。階段はそのまま残っているじゃないか」

「うむ・・・、もしかすると・・・」

「どうした?」

「考えたくはないが、ご神体はお前たちに会いたがっておられるのかもしれん」

「はぁ!?」


 ご神体が俺に会いたがる理由は想像つかなかったが、俺の方には会いたい理由がいくつかあった。


 -ご神体とやらが殺人宗教の根源なら、跡形もなく吹き飛ばしてやる。

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