第333話Ⅱ-172 宝玉の間
■ボルケーノ火山 火口付近
サトルがドリーミアへ戻るために神官長への尋問を続けている頃、タロウは大きな洞窟にある小山のような存在と向き合っていた。広い横穴の洞窟は大きな体育館ぐらいの広さがあるが、ほぼその空間を埋め尽くすほどの大きさだ。暗い洞窟に炎魔法で明かりを何か所も灯して、その存在を浮かび上がらせる。
「なるほど・・・、大きい・・・、だが、これも亀なのか・・・」
目の前には炎に照らされた亀甲模様がある巨大な甲羅と少しはみ出した手足と頭が見えていた。地面を震わせる振動が伝わっているが、どうやらこの亀のイビキが原因のようだ。頭は甲羅の中に半分ほど入っていて、目はザラザラした瞼に覆われて閉じている。気持ちよく寝ているようだが、起こして良いものだろうかとタロウが悩んでいると頭の中へ直接話しかける声が聞こえた。
(珍しいな。いつもの男以外がここに来るとはな)
「んん? なんだ、起きているのか?」
(うむ、体は寝ておるが意識は別のところでまどろんでおるのだよ。我の眠りは長い故に、意識だけでこの星の人々と話が出来るようにしておる)
「この星の?ふむ。ところで、大きな体の亀だが・・・、お前さんは一体どういう存在なのだ? ネフロス教と関係あるのか?」
(我か? 我のことをネフロス神と呼んでおる者達がいるのは知っておるよ。だが、我はこの星で言うところの神などではない。古くにこの星へやってきて、人族と親交を持ちながら長く暮らしておるだけの存在よ)
「そうなのか。だが、信者達はお前へ生贄を捧げてネフロスの力を利用しておるのだろう?」
(うむ。我に願いを伝えるときに“
「“
(我の力は・・・時の流れを変える力だ。時の流れを止めたり、異なる時の流れへ移動したり・・・、結果として人の死や老いを止めることが出来る。我も最初はそのような力がこの星で発揮できるとは思わなんだ。だが、この星へ来て最初に知り合った少女が海で溺れ死んだときに、我は悲しかったのだ。最後にその少女の優しい笑顔をもう一度見たいと横たわる少女に近づき、涙を流して別れを・・・、だが、我の涙がその少女の唇を濡らすと・・・)
「生き返ったのか?それとも死人として?」
(生きかえった・・・のだ)
「なるほど、お前に不思議な力があることは判ったが、どうして“
(その時死んだのは少女だけでは無い、大勢の・・・、岸に住んでいた人間は全員死んだのだ。大きな波が大地を覆ってな・・・)
「大きな波?それは・・・、そのようなもので人が死ぬのか?」
タロウは海の近くで暮らした経験が無かった。そのため津波というものが想像できず、目の前の巨大な亀の言っていることが半分は理解できなかった。
(ああ・・・、人間の命は星の力からすれば小さいのだ。この星の“
「船? お前は・・・どこから来たのだ?さっきから言っておる“星”というのは夜空に浮かぶ煌めきの事か?」
(ああ、そうだ。夜空に浮かぶ“きらめき”が星だ。そして、この大地も離れた場所から見ればあのように煌めいておるのだよ。我はこの大地とは異なる場所から船に乗ってきたのだ。その船には時を止める技術があり、人が何千年とかかって旅をする距離を一瞬と感じるほどの時間で移動することが出来た)
「ふん・・・、さっぱりわからんな。だが、ひょっとすると今の勇者ならお前の話が理解できるのかもしれんな」
(今の勇者? また、勇者を蘇らせようとしておるのか?)
「いや、今度の勇者も他の世界から来た勇者だ。だから、このドリーミア以外の事も知っておる。お前の言う、“星”や“船”の事も知っておるかもしれん」
(なるほど、そうか、ドリーミアには新しい勇者が外の世界からまた来たのか。だが、お前は勘違いをしておるようだ。ここはドリーミアでは無いぞ)
「何!?だったら、ここは?」
■ネフロスの神殿
目の前の神官長にドリーミアへ帰る手伝いをさせないといけなかったが、相手に術を発動させるかどうかをサトルは悩んでいた。どういう術なのかが判らない以上、本当に戻る術を使っているのか自分達を攻撃しようとしているのか区別がつかない。だが、他に戻る方法が無い以上はこいつを使うしかない。
「ところで、あの壁の向こうはどうなっているんだ?お前の体が半分沈み込んでいたが?」
「・・・」
「なんだ、話したくないのか? じゃあ、仕方ない。手足を切り刻む続きを・・・」
「ま、待て! あそこは
「
「32だ。・・・なあ、ところでお前は俺の指を切り取ってどこに送ったのだ?」
-ほお・・・、痛みは無くても指は惜しいようだ。弱みを利用するか・・・。
「ああ、俺の魔法でドリーミアの倉庫に送ってあるよ」
「ドリーミアの倉庫か・・・」
「そうだ。大事なものだからな。大きな金庫に送っておいた。どうした?返して欲しいのか?不老不死だから、指はそのうち元通りになるんじゃないのか?」
「不老不死とはその様なものではない。ケガをしても死に至ることは無いが、手足を失えばそのままだ。無くなった指が生えてくるものではない」
「ふん。じゃあ、指は還してやっても良いが、いくつか条件がある」
「条件? なんだ?」
-さあ、ここからが大事な交渉だが、高校生の俺にできるだろうか・・・。
「まず、ネフロス教は解散だ。ドリーミアに関わらず、どの世界でも禁止だ。そのためにお前はドリーミアに俺が作る牢へ幽閉する。それと、黒い死人達の首領を引き渡せ。そして、ネフロスのご神体を見せてくれ」
「私の件はどうでも良いが、それ以外はいずれも私の力では無理だ。教団は私が居なくなっても、信徒が結束して新たな組織を立ち上げるだろう。
「じゃあ、ご神体とやらはどうだ?」
「ご神体は私も自由にお会いできるものではない。年に2回ほど呼んでいただけるのだ」
「・・・」
どうも交渉は上手く行っていない気がする。神官長について以外はゼロ回答のようだが、真実なのだろうか?
「ご神体と会う時はどうしているんだ?」
「
「なるほど、
「ああ・・・、ボルケーノ火山のこの場所にある」
「だったら、とりあえずドリーミアに移動しよう。無事にドリーミアにたどり着けば“指”を返してやるよ」
「そうか・・・。ならば、ドリーミアへとつながる
俺は手錠をしたままの神官長を立たせて
神官長は壁の前で立ち止まると横にいる俺を見て小さく頷いてから、指の無い右手を伸ばして壁を触っ・・・たのではなかった。そのまま壁の中に肘まで吸い込まれている。少し怖かったが、俺も同じように右手を上げて壁を・・・壁は壁だ。手の平からはっきりとした反発が帰ってきて、俺の手は壁を通り抜け無い。
「この壁は私しか通れないのだ。入るのなら、私の体のどこかを常に触れているようにしろ」
「判った。服でも良いのか?」
頷く神官長の法衣の袖を握るとシルバーも裾を咥えて後ろについていた。
「私も行く!」
サリナがシルバーの横で同じように法衣の裾を掴んだ。
「良し、一緒に行こう。ミーシャはここに残ってくれるか?大丈夫だと思うけど、メイとドリーミアの人たちを守ってやってくれ」
「わかった。お前たちも気を付けて行け」
ミーシャは少し心配そうな表情を浮かべたが、頷いて俺達を見送った。神官長は俺を見ながら伸ばした右手を先に壁の中へと吸い込まれていった。俺、サリナ、シルバーも掴んでいる個所から壁の中へ入り込み、暗い部屋へと滑り込んだ。そこには薄暗い空間に多くの水晶球が浮いている。
-これが
浮かんでいる水晶球にはボルケーノ火山が映っている。よく見ると少しずつ景色が違うようだが、細かい部分は良く見えなかった。俺が珍しそうに見ていると、掴んでいた法衣を通じて神官長の緊張が伝わってきた。
「どうした? 何か企んでいるのか?」
「ち、違う・・・、ご神体が・・・、ご神体の回廊が開いた」
「?」
神官長が見ている方向には暗がりの中に上方へと伸びる階段の入り口があるのが見えた。
-ご神体が俺達を待っているのか?
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