第325話Ⅱ-164 ネフロス国8

■ネフロス国 鉱山


 鉱山で働かされていた鉱夫たちは、判った範囲で5つの世界から連れて来られていた。一番多いのはミッドランドがあるこの世界で80人ぐらい。ドリーミアからも5人が連れて来られていたが、家族や恋人と一緒にいるところを炎の国で黒い死人達に攫われていた。


 ドリーミア出身以外の鉱夫は家族が居る農場に移動してもらって、鉱山にはドリーミア出身者とメイ、そして猿人が残っている。本当はドリーミア出身者も農場へ移した方が安全なのだが、俺達が戻れるとしたら連れて帰ってやる必要があるため鉱山に残ることになった。メイについては戻る場所が無いと言うので、そのまま残ったが今ではサリナと仲良くなって、寝るときは一緒の布団に入っている。


 明日はいよいよ神殿へ攻撃を仕掛けるつもりだった。これまで三日間、迫撃砲と時限装置付きの爆弾で神殿付近を攻撃してきた。爆弾も嫌がらせのためでドローンに取り付けたC4爆薬にタイマーをセットして神殿近くの密林で1時間おきに爆発させている。場所も時間も適当なのだが、相手を警戒させるには充分なはずだった。


 神殿の内部については兵士達から情報を得ることが出来たが、神官長がいるのは“上神殿”と言われている場所で、転移魔法を使って移動する場所にあるらしい。どうやってその転移魔法を使うかが最大のネックになりそうだった。プランとしては、使えるやつを捕まえて連れて行ってもらうしかないと思うが・・・、魔法で何処に連れて行かれるか判らないのはリスクがある。

 それでも・・・、悩んでいる俺に警戒中の猿人リーダーが駆け寄って来た。


 -キィゥッ!


「何だって?」


 相変わらず何を言っているのかは判らないが、喜んではいないようだ。通訳のメイに頼るしかない。


「兵士が来たって言ってる」

「兵士? 大勢なのか?」


 -キッ!キッ!キッ!


「3人だって」

「3人?少ないな・・・、偵察かな。それとも・・・、サリナ! 念のために装甲車のエンジンをかけておいてくれ。ミーシャはメイと鉱夫たちを装甲車に乗せて、周辺の警戒をよろしく」

「はーい♪」

「了解した」


 サリナ達が素早く装甲車へ移動するのとあわせて、目の前の猿人にも指示を出しておく。


「兵士を離れたところから見張っておいてくれ。こちらへ近づこうとするまで襲わなくていいからな」


 -キィッ!


 猿人リーダーはチタンの棒を振り上げて密林へ戻って行った。


 -どうも嫌な感じがする・・・。


 俺の不安は猿人たちの絶叫が聞えてきたところで確信に変わった。


 神殿の兵士達は鉱山が見えるところまでたどり着くと、指示通りに兵士長からもらった液体を飲んだ。何かの血であることは飲む前から判っていたが、特段変な味がするものでは無かった。だが、1分も経たないうちに体の奥底が熱くなってきた。全身から汗が吹き出し、体中が熱を帯びているのが判った。続いて体中の関節から激痛が走った。手、足、股関節、腰、背中、首、そして頭から耐え難い痛みが伝わって来る。痛みに悶えながら自分の体を見下ろすと・・・、不思議なことに手足が・・・、いや、体全体が大きくなろうとしているのが判った。着ていた麻の服はビリビリと裂け、履いていた靴も弾けるように裂けて素足が見えた。だが、自分を客観的に見ていたのはそこまでだった、そんな事よりも猛烈な衝動以外何も考えることが出来なくなった。


 -喰いたい・・・、喰いたい・・・、肉が・・・

 -喰いたい・・・、人の肉を喰いたい

 -喰いたい・・・、柔らかい子供の肉が・・・


 体が大きくなった兵士の額からは2本の角が伸び、口からは涎と共に牙も上下に突きだしている。飲んだ血は既に絶滅している鬼の血にネフロスの呪法を施したもので、飲んだ人間-死者であれ生者であれ-を鬼人化するものだった。鬼人化すると人としての理性や思考は完全に無くなり、ひたすら人肉を欲する鬼として動き回る。その欲望を満たすために体組織は骨格から変化し、人であったときの倍ぐらいの大きさになっている。


 鬼人たちは鉱山の方から、食欲を満たす臭いがしていることに気が付き、低い唸り声を上げながら走り出した。


 -グゥルゥゥ・・・。


 木の上から見ていた猿人は人が自分達よりも大きくなるのを目の当たりにして、戸惑っていた。それでも、狼様からの命令は“近づいて来たら襲え”だったことを思い出して、鬼人が木の下へ来るタイミングでチタンの棒を振り下ろしながら飛び降りた。チタンの棒は使ったことのある剣やこん棒よりも遥かに役立つ武器だったので自信がある。力いっぱい殴ればどんな生き物でも殺せる気がしていた。


 木の上から飛び降りたタイミングも振り下ろしたタイミングも完璧だった。チタンの棒は走って来た鬼人の額へ最も効果的な角度で叩きつけられ頭蓋を破壊する・・・筈だった。


 -カィッーン!


 だが、甲高い音と共にチタン製の棒は猿人の手から離れて宙を舞った。同時に鬼人の手が伸びてきたところを猿人は見た・・・、それは猿人が見た最期の光景となった。突きだされた鬼人の手刀は喉からうなじまで突き抜けて猿人を即死させた。


 猿人リーダ―は少し離れた場所でそれを見ていたが、すぐに猿人たちへ警告した。


 -逃げろ! 逃げろ! あれもダメだ!


 狼様も怖いが目の前の鬼人も自分達が戦って良い相手で無いことを即座に理解したので、わめきながら鉱山の方へと走り始めた。恐ろしい相手と戦うことは出来ないが戦ってくれる狼様の仲間に伝えることが必要だった。


 走りながら背後で逃げられなかった仲間の悲鳴が二つ聞えてきた。すぐに死ななかったのだろうが、聞いているだけで痛みが伝わる甲高い悲鳴が長く響き渡っている。振り返りたかったが、本能が振り返るなと告げていた。恐怖と戦いながら手足を懸命に動かし続ける。


 あと5メートル程で破壊された砦の柵を飛び越えられる。その向こうには大きな音で進む緑の箱から煙が出ているのが見えている。


 -キッィッィィー! (やばい奴がいる!)


 名前の無い猿人リーダ―は危険を大声で伝えたと同時に息が出来なくなった。目の前が真っ赤になって、必死で息をしようとあがいたが。吸い込んだのは紅蓮の炎で酸素が肺に全く入って来なかった。


 鬼人たちは逃げようとした猿人たちへ大きな炎を放ってその体を捕らえていたのだ。

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