第292話Ⅱ-131 神殿の地下

■神殿の地下


 床が沈み込むと現れた通路は人が並んで通るのがやっとの幅だった。明かりが無い通路に入る前にタロウは強い炎を通路の中に放った。敵が居る手ごたえは無かったが、炎に照らされた通路は左にうねりながら下へ向かっていくのが見て取れた。


 足元の1メートルほど先に小さな炎を灯して、通路をゆっくりと進んで行くと床に稲妻のような模様があるのが見えた。立ち止まって水魔法で氷を作って床に投げると風を切る音と激しく壁を叩くが左右から聞こえた。


 -ヒュンッ! ヒュンッ!

 -カシィッ! ガシィッ!


 氷が転がった床の上を左右からいしゆみの矢が飛び交い左右の壁を穿うがってから床に転がった。床に落ちた矢を拾うと鉄製でかなりの重さがあることが判った。


「ふむ、ここにいしゆみがあると言う事は・・・」


 呟きながら炎を壁沿いに天井まで持ち上げて周囲を確認していくと左の壁に小さくくぼんでいる場所を見つけた。炎を近づけて覗き込むと、上に向かって手の形が彫られている。先ほどと同じように手の形を合わせて魔力を注いでいくと、足元から振動が伝わり、目の前の壁が上へと持ち上がり始めた。目の前に新しく出来た通路の奥からは蝋燭ろうそくの明かりが漏れている。タロウが入った薄暗い部屋には蝋燭ろうそくのほかには床に引かれた布と壁を削って作った棚があるだけだったが、二人の少女が片隅で震えているのが見えた。


「お前たちは連れて来られたのか?」

「・・・」


 震える娘たちの様子を確認するために魔法の炎を大きくして部屋全体を明るくしたが、二人の娘たちは身を寄せ合って震えたままだった。


「私はこの教団の人間では無い。お前達が望むなら外へ出してやる。帰りたい場所があるなら言うがよい」

「・・・」

「そうか・・・。まあ良い。私は他にもやることがあるので、少し洞窟を探検する必要があるのだ。私が戻るまでここに居ても良いし、外に出たいのであればこの部屋を出て右に進んだところにある部屋で待っておれ」

「い、嫌です。生贄の間には行きません!」


 右側の少女が大きな声で叫びながら隣の少女を抱きかかえた。


「生贄の間か・・・、あそこに連れて行かれると生きては帰れぬのだな?他にも娘が居たのか?」

「あと・・・3人一緒に連れて来られました・・・でも」

「そうか、わかった。ならば、ここで待っておれ。入り口は開けたままにしておくのでな」

「こ、怖いです! ここも嫌です!」

「それは困ったな。あれも嫌、これも嫌では・・・、悪いがお前達だけに構っておるわけにはいかんのだ。後は好きにするがよい」


 タロウは首を横に振りながら通路に戻って振り向くと、少女たちはタロウについて行くと決めたようだ。寄り添ったまま立ち上がって、手に燭台をもって後ろに立っていた


「ついて来るのか、別に構わぬが、お前達を守ってやれんかもしれんが、その覚悟はしておけよ」

「・・・」


 少女たちは小さくうなずいて、タロウの目を真っすぐに見つめた。見知らぬ男を信じて良いか自信が無さげだが、あの部屋で生贄になるのを待つよりはましだと思ったのだろう。覚悟を決めた目つきをしていた。立ったところを改めて見るとサリナと同じぐらいの年頃なのかもしれない。もっとも身長はサリナよりも15㎝以上高くすらりとした美少女だった。


「で、お前たちは何処から連れて来られたのだ?」

「風の国です。王都の酒場で働いている帰り道で攫われて・・・」

「王都の酒場? そのような所で働くには少し若すぎやせんか?」

「領地から逃げ出してきたので、身寄りが無くて・・・」

「ふむ。そうか・・・」


 娘たちで気になることがいくつかあったが、会話を打ち切って通路の奥へと炎を放ちながら進み始めた。だが、すぐに通路の行く手が大きく曲がっている場所の床にも仕掛けがあるように見えた。地面がその部分だけ不自然な光を放っているようなのだ。


「仕掛けが多いな。一つずつ潰すのも面倒だしな・・・、固めてしまうか」


 この洞窟には土魔法が既に仕掛けられており、あらかじめ決められた動きしか発動しないとあらかじめ情報を入手していた。扉の代わりになる部分は魔法力を注ぎ込むことで動かすことが出来るが、地面や壁を意のままに動かすことはタロウの土魔法でさえ出来ない。タロウは氷の魔法を使って洞窟全体を分厚い氷で固めることにした。


「これなら大丈夫だろう・・・」


 右手を伸ばして水の神に祈りを捧げてから、氷魔法を使って通路の全てを納得いく厚さの氷で覆って満足すると、音を立てずに滑る通路を奥へと進み始めた。通路は一度下った後は、ジグザグに曲がりながら上り坂になっていた。途中には魔法士が隠れる小部屋のような場所が何か所かあったが、氷漬けになった魔法士が口を開けたまま氷の中で標本のように固まっていた。


「すごい・・・」


 後ろの娘たちから思わずつぶやきが漏れていた。タロウの魔法は見えていた通路だけでなく、魔法を発動させた場所から数百メートル先まで氷漬けにしていた。氷の魔法を発動させたときも巨大な炎は前後の頭上に浮かべたままだから、炎と氷の両方の魔法を操っている。タロウの魔法制御はイメージさえ固まればどのようなことでも少ない魔法力で実現できるだけの修練を積んでいる。複数の魔法を同時に発動させることも、魔法の効果を持続させることも特に疲れると言うほどのことも無く、呼吸をするのと同じぐらいの負荷しかかからない。サリナにも早く教えてやらないと・・・、そう思ったころに通路は行き止まりの壁に突き当たった。


「道が無いのですか?」


 後ろの娘たちが不安そうにしているが、タロウは返事をせずに突き当りの壁を触りながら独り言を呟いた。


「鍵は何処だろうな・・・、行き過ぎたのか・・・」


 氷漬けにした通路には小部屋や仕掛けを発動させるくぼみが何か所かあったが、そこにある全てを氷漬けにした部屋は調べることも無くここまで進んで来ていた。タロウは50メートル手前にあった小部屋の氷を取り除いて、中にいた氷漬けの魔法士の周りの壁を調べ始めた。


「無いな・・・、こいつに聞くか」


 氷漬けにした魔法士と思われる男の氷を溶かして回復魔法をかけると、男はゆっくりと瞬きをしながら、タロウを見つめ返した。


「ここは? 何があったんだ? お前は誰だ?」

「質問をするのはこちらだ。奥にまだ部屋があるのだろう?どうやれば進めるのだ?」

「! お前は侵入者か!? ならば死ね!」


 魔法士の男は右手を持ち上げて、何かの魔法を放とうとしたがタロウの指の動きの方が早かった。指先を跳ね上げるようなしぐさだけで、風魔法を発動させると男の右手首から血が噴き出したて床には右手の拳が転がっている。


「ギャァー! 俺の、俺の手が・・・!」

「動くな、そのままだとすぐに死んでしまうぞ。治療をしてやろう」


 タロウはもだえ苦しむ男の両足をローキックの要領で両足とも払って地面に転がすとうつ伏せの男の背中と右腕を足で押さえつけて、血がドクドクと流れる右手を炎魔法で焼き始めた。男は悲鳴を上げていたが、あまりの痛みですぐに失神した。血管を焼き切って出血が止まったと思ったところで炎を止めて、寝ている男の頭に魔法で水を掛けながら、わき腹をつま先で蹴りあげた。


「おい、ゆっくりしている時間は無いぞ。起きろ・・・、起きたか?それで、奥に進む方法はどうなっているんだ?」

「痛い・・・、痛い・・・」

「そうか、左腕も落としてから焼いてほしいのか? まあ、足もあるしな。死なない範囲で何度も出来るだろう」

「わ、わかった! 言う、言うから、勘弁してくれ!俺の胸にぶら下がっている石を持って行け、それを持って行けば突き当りの壁が光り出すんだ。光っている場所に石をはめ込めば壁が動き出す」

「そうか、じゃあ。石を渡してもらおう」


 タロウは男の背中から降りて男が横になったまま仰向けになって胸元から紐に結び付けられた石を取り出すのを待った。男がタロウに渡した石は聖教石と同じ石のようだが、炎の明かりの元で見ると茶色い色に染まっているように見えた。


「よし、お前の仕事はこれで終わりだな」

「こ、殺すなら一思いに・・・」

「そうだな、しばらくはゆっくり休んでおれ」


 そういうと床の魔法士を氷漬けにしてから部屋を出た。入り口では二人の少女がタロウを見つめていたが、一人が恐る恐る口を開いた。


「さっきの手を切ったのも魔法ですか?」

「ああ、風の魔法だよ」

「いきなり魔法を使う事が出来るのですか?」


 少女が疑問に思ったのも無理は無かった、この世界で魔法を使う者たちは呪文を唱えることは無いが、魔法を発動させるために手を使った動作を行う者が殆どだった。先ほどタロウは少女たちが気付かないほどの速さで指先だけを伸ばしたのだが、それだけで薄い空気の刃を男の手首に正確に放っていた。


「何事も修練だよ。魔法に興味があるのか?」

「いえ、驚いただけです・・・」

「・・・そうか」


 部屋を出て行き止まりの壁に向かって手に入れたペンダントの石を近づけると、男が言った通りに腰の高さぐらいのところが白く輝きだした。輝く中心の窪みに石をはめ込むと足元の地面がゆっくりと下がり始めて、足元から新たな通路が見えてきた。下っている通路を進む前に氷魔法ですべてを凍りつかせて歩き始めたが、通路は30メートルも行かないうちに大きな部屋に繋がり、その部屋にはタロウの魔法による氷が床にも壁にも届いていなかった。部屋に入ったとたんに魔法で灯していた炎が消えた。


「ほう、ここまでたどり着くとは、大したものだな」


 炎が消えた暗い部屋の奥から低い声が聞えてきた。


「なるほど、ここは魔法が使えないのか?」

「良く判ったな。お前のような魔法士を葬るために用意された場所だ。だが、聞いていた男よりも随分と年寄りだな・・・、お前は何者だ?」

「わしは勇者様のお供だよ」

「お供か・・・、勇者は殺すなと言われているが、お供は殺しても構わんらしい。だが、腕の立つ魔法士ならば勇者のお供など辞めて、我らのの仲間にならんか?」

「仲間? 人殺しを生きがいとする奴らのか? 興味深い話ではあるがな。わしは鬼畜にはなりたくないのでな」

「言ってくれるじゃねえか。大口叩くが、魔法士のお前にはここで死ぬか俺達の仲間になるか二つに一つだってことが判ってねえんじゃないか?」

「他にも選択肢はあるだろう?」

「へえ、どういう選択肢があるんだ?聞かせてみろよ」

「一番わかりやすいのは、儂がお前を殺すっていう選択肢だな」

「・・・、あまり頭は良く無いようだな。仲間にはなってもらえなくて残念…でもなくなったよ。死ね!」


 タロウの耳に暗闇から一瞬で距離を詰める気配と振り下ろされる剣の空気を切る音が聞えた。

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