第251話Ⅱ‐90 少女たちの思惑

■獣人の村


 日が完全に沈むまで死人しびと達が頑張ったおかげで、塩田は一気にそれらしい形になってきた。通路の方が間に合わなかったので、海水の運び込みと囲いの設置は翌日に回すことにして死人しびと達は浜でそのまま横たわらせた。疲れることも無いとは思うのだが、指示を出すリカルドとハンスに休息が必要だった。


 夜は獣人たちと食事をとりながら今後の計画について説明した。村長たちは俺が次々と死人しびとを出したことで、勇者への尊敬が畏怖に、いやはっきり言って、ドン引きだったようだ。夕食は獣人たちが用意した魚と俺が用意した肉を広場で網焼きにして、みんなで酒を飲み始めた。もちろん、俺はウーロン茶だが。


死人しびとを使うのも勇者の能力と思ってください。あいつらは俺達の言う事しか聞きませんから、皆さんを襲ったりもしません。文句ひとつ言わずに働く優秀な作業員です」

「それは・・・はい。勇者様がおっしゃるなら、そうなのでしょうが・・・、あれはずっとここに居るのでしょうか?」


 勇者のお墨付きがあっても死者がうろつくのは不気味なのだろう。村長は至極当たり前の反応で嫌がっている。


「いえ、塩田が軌道に乗り始めたら居なくなる予定です。そのためにもバーンにいる獣人たちをここに呼び戻す必要があります」

「ですが、こんな田舎に戻ってくるとは思えません。一度、街に出ればその暮らしになじんでしまうものでしょう?」

「そうですけどね。そこはお金と何か魅力的なものをここに作ることで解決したいと思っています」

「お金? 魅力的なもの? ここには両方無いものですが・・・」

「まあ、お金はこれからですよ。魅力は十分あると思いますけどね、きれいな海に豊富な海の資源。人が来るようになれば大きく変わりますよ。明日は大工を連れてきますから、家とかで修理するところがあれば教えてくださいね」

「明日? 今日はここにお泊りにはならないんですか?」

「ええ、ここに転移する場所を作りますから、その場所には何も置かず、できれば誰も入らないようにしてください」

「勇者様のお越しになる場所ですな、それなら古い集会所の前にも守っておる場所がありますが」

「えっ!? それはどういうことですか?」

「われらの間で代々引き継がれております。勇者様の場所として、立ち入りを禁じております。今は集会所も使っておりませんので、近寄るものもおりませんが、今でも立ち入りを禁じる縄張りをしております」

「マリアンヌさん?」


 俺はエルフの里と同じ転移ポイントが既にここにあったことに気が付いて、首を傾げながらママさんを見た。


「そうだったのですね。私も父からは聞いていませんでした。おそらく、父も知らなかったのでしょう。村長たちはその場所の意味を分かっていないので、教えてくれなかったのでしょうね」

「あの場所はどういう場所なのでしょうか?勇者が来ると言っても、皆さんはいつも馬車や馬でお越しになりましたので」

「これからはその場所を使ってくることにします。そうすれば、今まで以上に簡単にここに来ることが出来ますからね」

「はぁ」


 村長はママさんの説明を聞いても、さっぱり理解できないようだ。それはそうだろう、転移魔法なんて、実際に飛んで行った俺でさえいまだに信じられないんだから。それでも、水の国の女王が使うことを許してくれた教会の転移の間にここから戻れるなら、俺達に関しては距離の壁がなくなり、セントレアとこの獣人の村は隣の家ぐらいに感じる。さらに新しい転移ポイントを作らなくて良いなら、どこか別の場所に転移ポイントを作ることが出来る。


 ―セントレア、エルフの里、獣人の村、次の転移ポイントをどこにするか・・・。


■セントレア 王家別邸


 ミーシャ達は新しい家となった屋敷の広い食堂で夕食を食べることになった。メアリー達は部屋で食べると言ったようで、その場にはいなかった。


「ねえ、ミーシャ、サトルは今日戻るって言ってたんでしょ?」

「そうだ、今日は一度戻ると言っていた」

「ふーん。でも、もう晩御飯なのにね」


 サリナは目の前に並ぶ豪勢な夕食―温かいスープ、白いパン、肉と野菜のたっぷり入ったシチューに手を付けていなかった。横に座るエルとアナは嬉しそうに白いパンを片手にスープを飲み始めている。


「向こうで食べてから帰ってくるんじゃないのか?」

「何だかずるいなぁ・・・」

「別にずるい訳じゃないだろう。おそらく、獣人の村で話がしたかったのだと思うぞ」

「ふーん、そっか。サトルはあそこの村をどうしたいんだろ?」

「さあな、戻ってくれば聞けば良いじゃないか」

「うーん、でも、何だか叱られそう・・・」

「叱ったりしないさ。お前も何か手伝うって言ってみれば良いんじゃないか?」

「手伝う?」

「ああ、サトルはあの村を変えたいんだよ。うちの里も何とかしたいと言っていたがな・・・、お前がそれを手伝えばサトルは喜ぶと思うぞ」

「喜ぶ!? 手伝えば本当に喜ぶかな?」

「間違いないさ。自分のやりたいことに協力してもらって嬉しくない奴はいないだろ?」

「そっか!わかった! じゃあ、サリナもサトルの村を一緒に手伝うことにする!」

「そうだ、そうしろ」


 ミーシャにもサトルがやりたいことがはっきりとわかっている訳では無いが、あの獣人の村とエルフの里を豊かにしたいと思っているのは間違いなかった。サリナが具体的にどんな手伝いができるかは別にして、手伝うと言えばサリナの気持ちは伝わるだろう。


「ミーシャは手伝わないの?」

「私は・・・、言われれば何でもするつもりだ。だが、お前はお前の方から手伝うと言うんだぞ」

「うん。わかった!」


 §


 メアリーと魔法士アイリスは食堂にいるサリナ達の会話をテーブルの上に置いた水晶球を通じて見聞きしていた。すでにこの建物全体にアイリスの結界が張られており、屋敷内の動きはすべて水晶球を通じて掴むことが出来る。それでも、会話を聞き取るためにはアイリスの念を水晶球に注ぎ続ける必要があり、かなりの魔法力を消費してしまう。アイリスは会話が途切れたところで、水晶球に送る念を一旦止めた。


「ふーん、勇者は獣人の村に行っているのね」


 メアリーは大きな椅子の背もたれに体を預けて、覗き込んでいた水晶球からアイリスの方へと目を向けた。


「そのようですね。何かをしたいようですが、そこははっきりしませんでした」

「あの小さな娘・・・、胸だけ大きいわね。あの子が勇者様の想い人なのかしら?」

「あの娘は前の勇者の一族だそうです。今までの記録では魔法の力が凄いと言うことですが、どちらかと言うとあの娘が勇者の事を気に入っているのでは?」

「かもね・・・、魔法力はアイリスよりも凄いのかしら?」

「力だけで言えばそうかもしれませんが、まだ十分にはその力を使いこなせていないようです」

「あの子が勇者の手伝いをするって言っていたけど、私たちも何かを手伝いましょう。必要なら国の力を使ってでもね」

「承知しました。女王様と大臣にはその方向でご報告しておきます」

「それよりも、なんであんな獣と一緒に食事をしているのかしら?」

「獣人の2匹ですね。あいつらの情報は入っていません」

「獣のくせに人と同じ場所で食事をとるなんて・・・、おぞましい・・・」

「排除しましょうか? 事故か病気で葬ることは簡単ですが」

「・・・いや、簡単に殺しては面白くないでしょ。すこし可愛がってからにしましょうよ。あの2匹も含めてまずは仲良くなって・・・、お楽しみはそれからね」

「わかりました」


 メアリーはどうやって獣人の2匹をもてあそぶかを考えて、邪悪な笑みを愛くるしい口元に浮かべていた。

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