第212話Ⅱ‐51 人買いの村 3
■ルッツの村
ミーシャが最後に見たのは暗い森の中でさらに濃い闇が突然広がってサトルを包み込むところだった。気配に敏感なミーシャもその暗闇には気づけなかった。慌てて駆け寄ろうとしたが、暗闇は地面の影に吸い込まれるように戻って行き、後には何も・・・、サトルが消えていた。
「今のは何だい!? サトルは一体?」
真後ろにいたはずのリンネにも何が起こったか見えなかったようだ。
「分からない! 居なくなった!」
「落ち着きなさい、ミーシャ」
「でも、マリアンヌ!」
「大丈夫でしょう、あそこに転がっている者に聞いてみましょう。リンネ、エルちゃんとアナちゃんの様子を見てください」
マリアンヌは珍しく落ち着きを失っているミーシャをなだめて、風魔法で切り刻んだ男の元へ向かった。地面には胴体、分断された四肢と半分欠けている頭部が転がっていた。マリアンヌは足の裏で頭部を転がすようにひっくり返して顔が見えるようにした。
「まだ、喋ることができるのでしょう? あの暗闇は何なのですか? サトルをどうしたのか話しなさい」
足の下の頭は片目だけでマリアンヌを見て、口元に笑みを浮かべた。
「あいつはもう死んでるよ、いや、もうすぐに死ぬというべきかもな。今頃は空気の無い暗闇でもだえ苦しんでいるはずだ」
「き、貴様! 今すぐサトルを戻せ!」
「ふん、お前たちもすぐに後を追わせてやるから心配するな!」
リウはもう一度だけ影を操ろうと意識を集中したが、いきなり頭部が炎に包まれてそれはできなかった。マリアンヌは足をどけると同時に炎魔法を放ったのだ。
「マリアンヌ、殺したらサトルが!?」
「大丈夫です、死なない程度に焼きますから。これは死人ですからね、少し焼いた程度では死なないでしょう。殺すまで焼くには時間がかかりますからね。でも、焼いている間は良からぬことは出来ないはずです」
恐ろしいセリフをさらりと言って、炎を浴びせながら後ろへ下がってミーシャを見つめた。
「あなたもサトルが心配なのですね。でも、大丈夫。サトルは生きていますよ。私には感じるのです」
「でも、どこに!?」
「それは分かりませんけど・・・、生きていることは間違いないです。この世界には勇者がいる。それだけは確かです」
「そんな! いい加減なことを!」
「落ち着きなさい、あなたもエルフの戦士ならば冷静になるのです」
マリアンヌに言われてミーシャはサトルが消えたことで自分が激しく動揺していることに改めて気が付いた。
―こんなことは今までなかった・・・、いや、シルバーを失ったと思ったとき以来か、私にとってサトルはかけがえのない・・・。
マリアンヌは炎で頭を焼きながらリンネを振り返った。
「リンネ、どのぐらい焼けば本当に死ぬでしょうかね?」
「そうだねぇ、かなりの高温で骨が粉になるぐらいまで焼かないと完全に葬るのは難しいね。少しでも使える組織が残っているとそこから蘇るからね」
「そうですか・・・」
少し首をかしげてから、マリアンヌは火を浴びせるのをやめて今度は切り離した四肢と胴体へと歩き始めた。
「おかしいですねぇ、ここからは血が出ているようです」
「血? そんなはずは・・・、本当だねぇ!これは驚いた!死人の体を傷つけて血を流させるなんて! これはあんたがやったのかい?」
「いえ、私ではありません。私の風魔法よりも前に傷つけています。私が切り離した手足や首からは血など出ていませんからね」
「だったら、どうやって死人の体を傷つけることが出来たんだい?・・・でも、怖いねぇ。それがあれば、あたしの体もってことだよねぇ」
リンネは両腕で自分の体を抱きしめて身震いしている。死人の体を本当の意味で傷つけられるものの存在を見て、痛みというものを思い出しかけていた。
「何にせよ、この男をどうにかしないとサトルを救うことは出来そうにないですね。でも、あれだけ焼いても何ともないみたいですからね」
さっきまで燃えていた男の頭は焦げていた部分やミーシャの銃で吹き飛ばされたところが徐々に元通りになろうと新しい組織が覆い始めていた。
「さすがに私の魔法でも焼き尽くすまで炎を出すと疲れますからね・・・。いっそ、炭焼きの窯で一晩焼いたほうが良いかもしれないですね」
「だが、こいつを葬ればサトルは戻ってくるのか?」
「たぶんそうだと思いますが、もし違うと・・・、困りましたね。とりあえずこの体は氷漬けにして預かることにしましょうか」
マリアンヌは頭とバラバラになった四肢をすべて氷魔法で氷漬けにした。再生しようとしていた体の組織は活動を止めて、単なる凍った肉片となった。焼かれ、氷漬けになってもまだ完全には死んでいないのは間違いなかったが、果たしてサトルを暗闇から出すには?それにミーシャを安心させるためいったセリフも確証があるものでもなかったが、サトルはそもそも無事なのだろうか?
■セントレアからの街道
「お前が寝坊したから、こんなに遅くなったんだぞ!」
「うーん。でも、ショーイだって同じに起きたんでしょ!」
サリナもショーイも日が昇ってハンスに起こされるまで熟睡していた。すぐに顔を洗って、朝ご飯も食べずに車に飛び乗って西へ向かう街道を爆走しているところだ。明るい街道を80kmぐらいで走って、ゆっくり進む馬車の馬たちを脅かしていたが、サリナは一刻も早くサトルの元へとたどり着くために、サトルお勧めの時速50kmをはるかに上回る速度で走り続けた。
「サトルやミーシャは大丈夫かなぁ」
「ああ、マリアンヌ様がついているんだ、大丈夫だろう」
「でも、ショーイが刺した“何か”がいるんでしょ?」
「だが、サトル達のところにいるとは限らないぞ」
「でも、お兄ちゃんが・・・」
「あいつは心配性だからな、あんまり気にする必要ないだろう」
「じゃあ、ショーイはなんでついて来たの?」
「それは、あそこにいても敵が出てくるとは思わなかったからな。俺は剣を振るうためにいる人間だ。斬るものがいるところへ行きたいんだよ」
「ふーん、そっか」
サリナにはショーイの気持ちが全然理解できなかった。サリナは魔法が使えるようになったからと言って、魔法で敵をやっつけたいと思っているわけではない。もちろん、サトルやみんなの役に立ちたいから魔法を使うし、それで褒めてもらえるのはすごく嬉しかった。特にサトルに褒められると・・・。サトルのことを思い出したサリナはさらにアクセルを踏み込んで加速した。
「さ、サリナ? お前、く、車が凄く揺れているが、サトルがあまり速く走るなって、い、言ってなかったか?」
舗装されていない街道を時速100km近い速度で走る車は激しく揺れ、時にはタイヤが少し滑っていた。助手席のショーイはガタガタ揺れる車内で思わず刀とドアのひじ掛けをつかんでいた。
「うん、言ってるけど・・・。今はヒジョージタイっていうやつだから良いの!」
「そ、そうなのか・・・、まあ、ぶつけない程度で頼むよ」
「任せてよ!」
サリナは自分で大丈夫と思える限りの速度で街道を走り続け、昨日の夜は4時間以上かかった道のりを約2時間で通過して、さらにそこから1時間でシモーヌ大橋の手前までたどり着いた。
「サリナ、次の二股を右に行くんだ。そこからは少し道が狭いからゆっくり走れよ」
「判った!」
「それと、そろそろ休憩した方が良いんじゃないか?」
「うん・・・、でも、もうちょっとだからね。このまま行く!」
「そ、そうか。まあ、お前がそういうなら仕方ないな・・・」
運転ができないショーイは魔獣と戦っている方が安全だと思いながら助手席からすごい勢いで流れていく周りの景色を見て、神に祈りをささげた。
―アシーネ様、この車とやらが何かにぶつかることの無いようにお願いします・・・。
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