第196話Ⅱ-35 野戦 7

■森の国 西の砦 近郊の森


 あれは!? 空に黒雲と稲光が突然現れた・・・、それが何かは判ら無くても味方で無いことは確実だ。悠長に見ているほど俺はおバカでは無い。


「サリナ! あの雲に向けて火の風をぶつけろ! ミーシャ! 念のために対戦車ライフルで出てきたやつを撃ってくれ!」

「わかった!」

「承知した!」


 俺の仲間は二人とも素直に返事をしてくれる。サリナは既にロッドを持ち替えて、空の雲に向けている。ミーシャは走って来て、俺から50口径の対戦車ライフルを受け取った。高さは双眼鏡の距離計で測ると300メートルの直線距離だった。サリナの魔法で届くか?少し微妙だとは思ったが、まずは魔法、そして対戦車ライフル、それでもだめなら対空機関砲を持ち出すつもりだった。


「ふぁいあ!」


 サリナはすぐに大きな声で紅蓮の炎をロッドから強烈な突風と同時にはじき出した。ロッドから一直線に炎が伸びて行き、黒雲を吹き飛ばしながらその中から現れようとしているものに襲い掛かった!


 -キュエーーーーイ!!


「な、なんだこの音は!頭が割れる!」


 俺達の耳へ金属でガラスを擦ったような甲高い音が大音響で飛び込んできた。頭が割れるような痛みで思わずうずくまる。周りのみんなも耳を抑えて、うずくまっている。


「風の神よ、われに力を!」


 俺がうずくまりながら横を見るとサリナママが右手を黒雲に伸ばして風の魔法を叩きつけていた。サリナの炎に包まれつつあった黒雲は強烈な風を追加で受けて、中から現れようとしたものと一緒に遥か彼方へ吹き飛んで行った。


「今の音は何だったんだ?」


 ショーイが刀を抜いた状態で俺の方に歩み寄って来た。ショーイ以外のみんなも頭を振りながら立ち上がって集まって来た。


「さあ、判らないが、敵の悲鳴だろう。・・・こいつが関係していると思うから、一旦収納しておくよ」


 俺はゲルドの首が入った檻をストレージの中に戻した。檻の中のゲルドと目があったが、無表情で口を開くことは無かった。俺の勘ではゲルドが何らかの形で仲間?に連絡を取って、さっきの奴を呼んだような気がしていた。


「レントン、お前は今のが何か知っているのか?」

「いや、初めて見る・・・、だが、ネフロスの使徒は空から現れると聞いたことがある」

「そうか、いろいろとありがとうな。とりあえず食い物と飲み物をやるから部屋で待っていてくれ」

「ちょ、ちょっとま・・・」


 レントンに最後まで言わせずに檻をストレージに放り込んで、菓子パンとカフェオレをその中に入れてやった。


「マリアンヌさんはさっきの音は大丈夫だったのですか?」

「風の魔法で音を弾き返しましたから、すぐに収まりました。それよりも、さっきのは・・・」

「向こうにもいるぞ! 二、いや、三つ出て来る!」


 ミーシャが北の方向を指さして声を上げた。指し示す方向を見ると、黒い雲が三つ大きくなろうとしている。だが、ここからはずいぶんと離れた場所だがどうしてだろう?


「なんで、あんなに離れたところに出てきたんだ?」

「あっちには砦をでた森の国の兵が居るはずだ!」


 そうか、俺達だけでは無く森の国の兵を狙っているのか。


 §


 森の国の兵とエルフの混成部隊を率いている砦の指揮官は南に居るはずのエルフの戦士達と合流すべく進軍している最中に空が急に暗くなったことに気が付いた。


「おい、あの雲は・・・、あれは!?」


 指揮官は誰ともなしに周りにいる兵とエルフに向かって声を上げた。その雲は青空の中に突然現れると稲光を発しながらどんどん大きくなっていった。指揮官は嫌な予感を感じながらも、何もすることが出来ずに呆然と他の雲よりもはるかに低いところにあるその雲を見つめていると、雲の中から赤く光る眼が現れた。


「な、何だ!? おい、あれは何なのだ!?」


 誰も答えを持ち合わせていない質問をしている間に、ソレは黒雲の中からぬらりと現れた。赤い目を持つ頭部は粘液に覆われて何かがしたたり落ちている。目の下の口は大きく裂けていて、開いた口からは鋭利な歯が並んでいるのが見えた。丸い頭部と顔はサトルが居た現世で言うところのサンショウウオのようだったが、この世界には存在しない生物だった。


 頭の次に胴体と鋭い鉤づめを持った前足が、その後から後ろ足と長い尾が黒雲の中から続いて出てきた。羽を持って居る訳でもないソレは、そのまま空中に浮かび、指揮官たちの方を上空から見下ろしているように見えた。


 指揮官たちは呆然と上空を眺めて、突然現れたソレを見つめていた。だが、その時間が命取りだった。上空に現れたソレは体を小刻みにゆすって、体表から滴る粘液を周囲にばらまき始めた。粘液は広い範囲に飛び散り、下にいた森の国の兵やエルフに降りかかって来た。


「ギャァー!!」

「グァー! あ、熱い!」

「や、焼けて行く!」


 その粘液は強い酸性を帯び、服や兜等と一緒に人間の皮膚を溶かしていった。


「散れ! 散らばるのだ!」


 指揮官は遅ればせながら、大声で指示を出すと自らも東の方角に向かって走り始めた。だが、その方向にも別のソレが上空に待っていた。指揮官が気付いた時には粘液が大量に前方から飛んで来て、その顔を粘液が直撃した。


「グォー!」


 指揮官は言葉にならない声を上げて、その場に前のめりに倒れて地面を転がり回った。周りにいた兵やエルフの多くもどこかに粘液を浴びて倒れている。


 ソレは体中の粘液を広範囲にまき終えるとゆっくりと地上に降りてきた。静かに着地するとそのフォルムからは想像できない速度で走り始めて、近くにいる兵をむさぼり始めた。ソレはその大きな口でまだ息のある兵やエルフを巨大な口の中に入れて、人体を噛み砕いて行く。辺りには、兵達の絶叫と悲鳴そして血の匂いが広がって行った。


「誰か! た、助けてくれ!」

「チ、チクショウ! グワぁー!」


 -ボギッ バギッ メキャッ ガリッ


 悲鳴と人骨の砕ける音が重なって行く。地上に降りた3体のソレは動けなくなっている兵達を思い思いに捕食していた。


 §


 俺は2台の二人乗り小型バギーを取り出して、1台をサリナに運転させて黒い雲が見える方向に向かった。俺の後ろにはミーシャが、サリナの後ろにはママが乗っている。ミーシャがぴったりと体を寄せてくれたので、嬉しくてにやけそうになっていたが、遠くから聞えてきた悲鳴ですぐに笑顔が引っ込んだ。


 辺りは木が多くて4輪バギーでは走れそうになかったので、ショーイとリンネにはリカルドと捕虜の見張りを頼んで4人だけで黒い雲に向かうことにしたのだ。ショーイは不満そうだったが、捕虜達を運んでいる余裕が無かったので強引に押し切った。近づくにつれて、悲鳴が大きくはっきりと聞えてくるようになった。かなりの犠牲が出ているようだった。


「サリナ! 気をつけろよ! 化け物を見付けたらためらわずに焼き払え!」

「うん!わかった! 任せてよ!」


 バギーを走らせながら無線で警戒を促しておいたが、さっき黒雲の中から現れようとしていたのは・・・、俺にははっきりとは見えなかったが、まがまがしい赤い双眸が俺の方を見ていた気がする。離れた場所だったから、正確には判らないが目の間隔から推測するとかなり大きい奴だ、ステゴもどきほどでは無いかもしれないが全長20メートルぐらいあるかもしれない。となると・・・、口もデカいし、ロクなことにはならないのは確実だ。それに、さっき中に浮かんでいるのがちらりと見えたが、何かをばら撒いたように見えた。


 -毒の類だろうか? 何にせよ、近寄らずに叩きのめすしかない。


「居たぞ! 左側だ!」


 ミーシャが叫んだ方向を見ると、黒いぬめりのある体表のソレが森の木々の間に見えた。


 -パシュ! パシュ! パシュ! パシュ! パシュ!


 ミーシャは走っているバギーの上から、アサルトライフルの銃弾を叩き込んだ。


 --キュエーーーーイ!! --キュエーーーーイ!!


「ダー! また、あの声か! サリナ! バギーを止めろ!」

「頭が痛いよー、でも、どうするの?」

「ああ、イヤーマフを全員つけろ。会話は無線のイヤホンから聞こえるから問題ないはずだ」


 俺はバギーを止めたサリナに駆け寄って、イヤーマフを二つ渡した。サリナはママさんの頭にもセットしてすぐにバギーを走らせ始めた。その間にもミーシャは立て続けにアサルトライフルの弾丸を叩き込んでいる。ソレの絶叫で顔をしかめているが、銃弾は正確に相手の赤い目に吸い込まれているようだ。相手は嫌がって顔を向こうに向けて走り始めていて、こちらに尾が向いた。


 尾も良く見ると先にひし形の硬い物がついている。ステゴもどきと同じで尾の先端で相手を攻撃することも出来るようだ。俺がバギーを走らせ始めても、ミーシャの銃撃は止まることが無かったが、背中側ではダメージが与えられないようだ。ソレの悲鳴も聞こえなくなってきた。


 先行するサリナのバギーがソレに近づいたところでママさんの左手がスッと前方に伸ばされた。声は聞こえなかったが、風の魔法を放ったようだ。


「ウワッ!」


 俺は思わず大きな声を上げた。サリナママが放った風の魔法はサリナのようにすべてを吹き飛ばすものでは無かった。見えない風の刃が飛んだのだろう。ソレの胴体が水平に真っ二つになって、ソレがぴくりとも動かなくなった。


 -なんだこりゃ! カマイタチみたいなのかな? サリナ・・・、お前は全然だった!


 サリナがロッドの力を借りて凄くなったと思っていたが、魔法の技術という面では全然凄くないのだろう。ママさんの魔法はサリナとは全く違うものだった。落ち着いたら、俺も教えてもらうことにしよう。


「あと2匹居るはずだ! こいつは放っておいて、左の悲鳴のする方に行ってくれ!」

「了解! サリナ! 左の方だ!」

「うん、わかった!」


 ミーシャの指示で俺はバギーを左方向に向けた、立ち木が多く速くは走れないが、人間の足よりは速く走っている。地面の凹凸で大きく弾むとミーシャの胸が・・・、そんなことを考えている余裕は無いはずなのだが、どうしても意識してしまう。だが、その邪念を断ち切るように前方から逃げて来る兵達とすれ違い始めた。多くの兵がただれた皮膚を抑えて必死に走って来て、俺達のバギーをみて驚いた表情を浮かべている。


 -パシュ! パシュ! パシュ! パシュ! パシュ!


 ミーシャは見つけた途端に撃ち始めたようだ、おれも銃口の先にある黒い塊がようやく見えてきた。


 --キュエーーーーイ!!


 イヤーマフ越しにも金切声が聞えてきたが、頭が痛いほどでは無かった。俺はバギーを止めて、AT4対戦車ロケットをストレージから取り出して、すぐに肩に担いで発射ボタンを押した。的がでかいので吸い込まれるように砲弾が命中して、ソレの肉片が四散した。


「よし! あと一匹だな、どっちだ?」

「このまま、真っすぐだ!」

「先に行くね♪」


 サリナが楽しそうにバギーを走らせて俺達を追い抜いて行った。見た事の無い化け物と戦っているのに、まったく恐怖心を感じていないようだ。


 -まあ、このメンバーなら油断しなければ負ける気がしないのは事実だな。


 俺も母親を後ろに乗せて森を駆け抜けるちびっ娘の後を直ぐにバギーで追いかけ始めた。


 俺達3人は最強だと思った。だが、ママさんはまだ本気では無かったようだ。

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