第94話Ⅰ-94 勇者の思惑
■未開地の迷宮(?)
俺に続いて、サリナとミーシャが部屋のような空間に入ってきて立ち上がった。
「ここで、行き止まりなの?」
「他に通路は見当たらないけど、念のために調べよう」
いつも使っている投光器を2台と発電機をストレージから出して壁に光を当てる。壁は茶色っぽい岩で出来ているが不規則に波打っていて、天然の洞窟であることを伺わせる。近寄って一周したが、隠して有るような仕掛けも見当たらない。天井も壁から自然と繋がっていて、ライトを向けても通路などもないし蝙蝠さえ出てこない。俺が考えすぎなのだろうか?目の前には、木箱がある訳だから深く考える必要は無いのか?
「これは何だろう?」
-オッ 先生が何かを!?
ミーシャは屈みこんで足元を指差している。近寄ってみるが小さな石が地面に埋まっているだけに見えた。だが、フラッシュライトの光を当てると普通の石とは違う輝きがある。ミーシャにライトを当ててもらいながら、コンバットナイフで石の周りを掘ると5cmぐらいの細長い石が出て来た、地上には1cmぐらいしか出ていなかったから判らなかったが、聖教石だ。黄色い光の聖教石という事になるのだろう。
「他にもないか探そう」
地面に投光器の明かりを向けて3人で探すと、合計5本の聖教石が見つかった。中心の木箱を囲むように5角形になっていた。
-魔法陣的なもの? ひょっとして封印を解いたとか!? ヤバッ!
掘り出してからあせったが、埋め戻しても手遅れだろう。それに大きな岩が転がってきたり、呪いの黒い何かが出てきたりもしなかった。他にも何か残ってないか確認したが見つからない。見つかった5本はストレージで預かることにした。
「今までの迷宮と違うけど、何も無いなら、この木箱を開けてみるしかないな」
二人も頷いて同意してくれた。今までの迷宮でも隠した勇者(?)の思惑が色々あったようだが、俺達は正確には汲み取ってないのは間違いない。ここもそうかもしれないが、開ければ何かの答えがあるはずだ。
木箱はロッドが入っていたものよりも少し大きいサイズだ。幅は50cm、長さ1メートル厚みは・・・、30cmぐらいだろう。木の蓋は上に乗っかっているだけのようだったので、ナイフの刃を入れて少し持ち上げて横から覗く。当たり前だがブービートラップのような線は見当たらない。俺が映画の見すぎなのだろう。
両手で蓋を持って肩に担ぐように勢い良く開けた。良い意味で期待を裏切らずにいつもの薄汚れた布が見えたが、片方が盛り上がって大きな物があるのがわかる。蓋を地面において、布をめくると・・・、ロッドだ! それ以外にも変なものがある。明らかに俺が居た世界のもの、ナックルダスターと言う親指以外の4本の指にはめる金属で、人を殴るための凶器だ。痛んだ手袋の上に載せて有った。まだある。一升瓶だ。しかしミーシャの言う神の拳はナックルダスターだったのだろうか?
「ミーシャ、まさかこれが神の拳なのか?」
「お前はどれのことを言っているのだ?」
俺はナックルダスターを取って右手にはめて見せた。
「これは手にはめて、人を殴るための武器みたいな物なんだ」
「そうか!それはお前達の魔法で岩が砕けるほどの威力なのだな!」
「いや、殴られれば大けがをするかもしれないけど、岩は砕けないね」
はっきり言って、こんな物が神の拳なら、いつでもストレージから出すことが出来た。
「そうなのか・・・、だが拳にはめるのは間違いないのだな?」
「それは間違いない」
「うむ、わかった・・・そうなのだな」
ひょっとすると、この世界の魔法が掛かっていて何か強化されているのだろうか?疑問は残ったが、ミーシャにナックルダスターを渡して、俺はお宝で間違いないロッドを手にとって確認する。乾いたウェスで埃をふき取って行くと、二つ付いている先端の石は黄色と青色だ。光と水?雷という事だろう・・・魔法のイメージは全然わからないが、ハンスの情報と繋ぎ合わせるとその線だと思う。
「サリナは雷の魔法ってどうやれば使えるか知っているのか?」
「雷は知らないよ、お兄ちゃんもわからないって言ってた。でも、サトルはわかる筈だって」
もちろん、俺にわかるはずも無いが、ハンスは熱心なサトル信者だから、何か思い込みがあるのだろう。次は・・・一升瓶を見ると中身が入っている。持ち上げると重いが茶色いビンにラベルも張って無い上に、蓋はコルクが突っ込んであるから、新品の酒等でも無いようだ。開けるのが怖いので、ストレージにそのまま収納した。
木箱の中には汚れた布とボロボロの手袋が・・・、なるほどこっちなのか!手袋は革で出来ているが、ひび割れて手の甲に作られている部分から石が覗いていた。箱の中に置いたまま、手袋を触ると長い年月で固くなってしまった薄い皮が崩れていく。手作業で取り付けられた縫い後から見えていた石を取り出すと、5cmぐらいの真っ白な聖教石だった。
風の聖教石? 風で岩を・・・、できるのだろう。サリナで実証済みだ。
「ミーシャ、これが神の拳だよ。革の手袋は古くて使えないけど、この石が風の力を与えてくれるんだよ」
「そうなのか! これなら岩が砕けるのだな!」
「あぁ、多分ね。俺には出来ないから、風の魔法を強く使えて殴るのが得意な人だったら大丈夫だと思うよ」
「風の魔法で・・・、殴るのが得意。大丈夫だ! 心当たりがある! サトルよ!感謝するぞ、お前のおかげで・・・、無理だと思って・・・」
いつもクールなミーシャが俺を真っ直ぐに見つめて大粒の涙を流している。俺も釣られて、目頭が熱くなったが無理やり笑顔を作った。
「よかったね、新しい手袋に石をはめ込めばいいから。使う人の手の大きさにあったものを俺が用意してあげるよ」
「そうなのか、本当に感謝する」
ミーシャは涙を袖でぬぐって、風の聖教石をもう一度見つめていた。これで、ミーシャとサリナ、そしてハンスの目的は達成できたことになる。ミーシャは森の国に神の拳を持って帰るのだろう。サリナは兄のところへ魔法具と一緒に届けて、俺はミーシャについていけば良い気がする。やっと次のステージだな、ひょっとするとミーシャとの間に恋が・・・
「サトル、蓋の裏に書いてあるのは、サトルの国の文字なんでしょ?」
俺が楽しい妄想に入りかけたところで、ちびっ娘の声が邪魔をした。地面に置いた蓋を指差している。蓋の裏側には確かに文字が彫られているのが見えた。そうか、やはり先の勇者は日本人だったのだ。日本語で書いてある・・・
-『ガンバレ! 勇者!!』-
勇者? 俺ではない!!
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