第47話Ⅰ-47 チェイスバトル

■バーン南東の荒野


サリナはバギーを70kmぐらいで疾走させていた。

車全体が弾むように大きく揺れている、明らかにオーバースピードだ。

だが、俺達は追われていたのだ。


そいつらにはミーシャが気づいてくれた。

30kmぐらいで走っているバギーの後部座席から、俺の肩を叩いて右前方のブッシュを指差した。


「何かが来るぞ!」


300メートルほど向こうのブッシュのあたりから、茶色いやつらが迫ってくる。


-速い!


姿があっという間に大きくなって来た。

茶色い虎系の奴らが7匹ほど、俺達目指してまっしぐらに走ってくる。


「サリナ!ハンドルを左に回して加速しろ!」


サリナは言われた通りにハンドルを回して、後輪をスライドさせながらバギーを加速させ始めた。


30km・・・、40km・・・、50km・・・、60kmを超えても、同じぐらいのスピードで追いかけてくる。


最初は300メートル程あった距離が、今は100メートルを切っていた。

俺はシートベルトを外して、後部座席のミーシャ越しにアサルトライフルでそいつらを狙おうとした・・・が、揺れていて全然狙いが定まらない。


映画のようには行かないのだ、俺の銃口は常に10cmは上下している。

下手すればバギーの後部に打ち込みそうだった。


しかし、後ろから少しずつ迫って来ているのは間違いない。

ほぼ勘で、アサルトライフルから5.56mm弾をフルオートで連射した。

1発も当たらなかったようだ。


音でやる気を出したのか、更に奴らとの距離が縮まって50メートル程度になっている。

バギーを止めるわけには行かないが、このままでは当たりそうにない。

大きな車にしなかったことを後悔していたが反省会は後回しだ。


何で行くべきか?

サブマシンガン? もっと当たらないだろう。


悩んでいた俺の前に女神が立ち上がった。


ミーシャがシートベルトを外して、左ひざを後部シートに乗せて後方に向かって弓を構えた。

足元の矢筒から流れるように矢をつがえて、矢を放つ!


当たった!


先頭を走るやつがつまづくように顔面から地面に突っ込んだ。

胸か足に矢が刺さったようだ。


続けて、二の矢、三の矢と・・・次々と矢を放っていく。

10本以上放ったが全部当たる、凄い!


しかし、当たった矢がしっかり刺さったのは2本だけだった。

頭部に当たった矢は刺さらずに弾かれていく。

流石のミーシャも揺れる車内で、走る虎の目を射抜くのは不可能だろう。


まだ、5匹が俺達を追い続けている。

それでも、ミーシャのおかげで少し距離が開いたようだ。

俺の知識では足の速いチーター等は持久力が無いはずだが、こいつらは流石に魔獣だった。

全くスピードが落ちていない。


このままなら銃で当てるのは無理だ。

銃をストレージにしまった俺は手榴弾のピンを抜いてバギーの横からサイドスローで後方へ投げた。


1.2.「3」で爆音と砂埃が立ち上がったが、手榴弾は走ってくる奴らの少し後方で爆発していた。

後方の爆音で奴らが更に加速したように見える。


今度はピンを抜いて、半秒待ってからもう一度後ろに投げた。


1.「2」で爆発した手榴弾は見事に先頭の2匹を吹っ飛ばした!

後ろの奴らも爆風をもろに受けて、一気にスピードが落ちて歩き出している。


「サリナ、スピードを落として10kmぐらいで走らせて!」


100メートルの距離が開いたことを確認して、車内からアサルトライフルで短い連射を繰り返す。

砂埃の中で、うろうろしている奴らが次々と倒れていく。

1匹が走って逃げていった。

そのまま様子を見ていたが、もう大丈夫のようだ。


サリナに方向転換させてバギーに乗ったまま近づいて行き、動きのある奴らにトドメをさした。

手榴弾で吹っ飛んだ2匹をいれて、目の前には4匹が横たわっている。

フォルムが虎系のそいつは血を流している口に鋭い牙と、引き締まった足には危険な爪を持っていた。

特徴的なのは頭から生えている角だ、虎の癖に鋭い角が耳の後ろに2本生えていた。


「これは、ホーンティーガーだな。珍しいというか、見た者の多くは死んでいる。群れに襲われれば、まず助からない」


確かに、歩いていたら俺達も危なかったかもしれない。

もっとも、先制攻撃のチャンスがあったとも言えるだろうが。


「こいつの角も・・・」


「ミーシャ、これも売れるの?」


「ああ、値段はわからないが、クレイジーライナーと同じかそれ以上の価値があるだろう」


「じゃあ、こいつも預かっておくよ」


俺はストレージの中に『エモノの部屋』を作ってサイと並べて4匹入れておいた。

エモノは入れたときの状態のままになっているから腐ることは無い。

部屋は俺が入っていないときは、入っている物の状態が変化しない-時間が止まっているような感じだ。


周囲をもう一度双眼鏡で見回したが、危険な獣は見つからなかった。

しかし、本当に危なかった。

バギーは荒地を走るのに適しているが、四方がむき出しになっているから追いつかれれば大変なことになっていた。


ミーシャさまさまだ。

気がつくのも早かったし、あの揺れるバギーで・・・、どうやったら当たるんだ?


「ミーシャ、ありがとう。助かったよ、あんなに揺れていたのに、よく矢が当たるよね?」


「あのぐらいはなんでもない、私はまたがって撃つ訓練を子供の頃からしているからな」


なるほど、馬にまたがっていればあのぐらい揺れるのか。


「じゃあ、これからも危ない時はヨロシク」


「いや、もう矢がないのだ」


弾ならぬ矢切れか、だが現世の矢でも行けるか?

全く知識がないので、タブレットで検索して弓道の矢を取り出してみた。


「これは使えるかな?」


ミーシャは渡した矢を手に持ったとたんに眉を寄せた。


「軽すぎるだろう、これではかすり傷も与えられんな」


そうなのか、だが今はゆっくり探している時間がないから後にしよう。


「ミーシャ、夜に良い矢を探しとくよ」


「あ、ああ、良くわからんが。お前を信じよう」


確かに、俺が何をどうやって探しているかは永遠にわからないだろうな。


ミーシャと違って俺は動く車からの射撃が全く当たらなかった。

人間相手なら、銃声だけで伏せてくれるかもしれないが、魔獣の奴らは興奮するだけだ。

これからの安全を考えれば、四方を鉄板でカバーしている車の方が良いだろう。

装甲車? ちらっと頭に浮かんだが運転できるかがわからない。


俺はストレージから青色のピックアップトラックを呼び出した。

前に練習したピックアップトラックと同じシリーズだが4ドアで荷台が狭くなっている。

ハンスを寝かせるための荷台はもう要らないのだが、操作になれたものの方が良いだろう。


「新しい馬車!?」


「そう、これは大きいから俺が運転するよ。サリナには今度運転を教えるからね」


「わかった・・・、約束だよ!」


サリナは運転させて欲しかったようだ。

しかしこいつの身長ではこのサイズの車は難しいかもしれない。

足が届かない? ハンドルから顔が上に出ない?

サリナ用には二回りぐらい小さいものを矢と一緒に探しておくことにしよう。

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