第32話Ⅰ-32 サリナの兄?

■バーン南東の第一迷宮


サリナが飛びついた相手は、どう見ても『人』ではない。

この世界の遺伝子が俺の常識と違うのか?

それともサリナが嘘をついていたのか?

いずれにせよ後で聞くことにしよう。


「おい、サリナ、早く治療してやれ」


「わかった」


サリナは両手を伸ばして手のひらを男の胸の辺りに向けた。

目をつぶったサリナから温かい空気が流れ出すのを感じる。


倒れた男は少し身じろぎをしたが、目を開かずに低い呻き声を口から発した。


「サトル! 飲み物!」


ペットボトルの蓋を開けてから水を渡してやると、サリナは男の口から少しずつ流し込んだ。

ほとんどこぼれていくが、喉が動いたので多少は飲めているようだ。


「・・ぅう」


呻き声が少し大きくなったが目は相変らず閉じたままだ、まだ意識が朦朧としている。

当然歩けない状態だが、このままここにいるのはマズイ。

早めに安全なところまで移動する必要がある。


ストレージから担架を取り出した。

男はかなり重かったが、3人がかりで担架の上に横たわらせることができた。


担架の持ち方を教えて、サリナとミーシャに持ち上げさせたるとすんなりと持ち上げた。

女子に力仕事をさせるのは気が引けたが、俺は安全確保をしないといけない。

狭い部屋から外を覗いたが、新しい獣は居なかった。

上りのスロープにも、1階の広間にも・・・、迷宮の外にも居なかった。


呼び出したキャンピングカーの中に、少し苦労しながら男を運び込み、担架のままでベッドの上に置いた。


これで一安心だ。

一気に疲れが出る。時計を見るとまだ迷宮に入ってから3時間ぐらいだったが、緊張感が半端無い。

異世界ハントは想像以上にメンタルが厳しい。


洗面器とバケツ、大量のタオル類を用意して、サリナに男の体を拭いてやるように言ってから俺はストレージでシャワーを浴びた。

体中が埃と匂いで気持ち悪かった。


スッキリして車の中に戻ると、男の体は随分マシになっていた。

素っ裸だったが薄い毛で覆われている体の汚れはふき取られている。

服は渡してあるコンバットナイフで切ったのだろうか、男の周りに布きれとなってまとわりついていた。


左腕に巻いてあった布も取ってあった。

やはり肘から先がなくなっている。

しかし、傷自体は既にふさがっているようだった。


右手の形は人と同じだが、指は倍ぐらいの太さで爪も形と太さが違う。

一番の違いは顔に出ているのだろう、顔全体が薄い毛に覆われて眉から上は獣毛がみっしり生えている。

黒い団子みたいな鼻が大きめの口の上に、そして耳は頭の上にある・・・猫か虎に近いフォルムだ。


そろそろ、話を聞く頃合かもしれない。


「サリナ、この人の具合はどうなの?」


「うん、大丈夫。凄く疲れているだけ。しばらくすると目が覚めるはず。サトル!ありがとう、お兄ちゃんを助けてくれて!」


問題はそこだ、お兄ちゃん?


「そう、それは良かったね。それで、この人は獣人だよね?お兄さんって言うのはどう言うことなの?」


「え? お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」


「いや、この人は獣人じゃない・・・、ミーシャさん、人と獣人の間でも子供は生まれるのですか?」


「そんな話は聞いたことが無いな、一緒に暮らす者たちはいるがな」


「サリナの両親は獣人じゃないんでしょ?」


「・・・たぶん、そう」


こいつは両親と会ったことが無いのか!?

ひょっとして、ずっと兄と思って暮らしていたとか?

さすがにそれは・・・

しかし、これ以上は聞かない方が吉と見た。

それよりも問題はこの後どうするかだが、男の意識が戻ったら決めることにしよう。

戻らなければ・・・どうするんだろう? 置いていくか?


「サリナとミーシャもシャワーを浴びれば?食事の用意はしとくから、お腹がすいたら適当に食べといてよ。俺は部屋で片付け物をしてくるから」


「絶対戻ってきてね! 消えないって約束して!」


俺の考えがわかったのか、サリナが泣きそうな顔で俺を見ていた。


「ああ、2時間以内には戻ってくるよ。用があれば呼んでくれれば出てくる。約束だ」


ストレージに入って車内の様子を見ているとミーシャはシャワーを浴びに行ったようだ。

見てみたいという邪念が沸きあがったが抑え込んだ。

サリナは男の横に座ったまま男をじっと見ている。

兄と言うのは判らないが、サリナが心配しているのは間違い無いようだ。


ストレージの中で人を寝かせたまま運べる方法を検索する。

車なら種類がいくつもあるが、運転できるだろうか?

オートマならいけそうな気がするが何となく不安だ。


バギーの後ろに引っ張る荷台もあったが、これはけが人、いや、けが人でなくても人を乗せて走れば怪我するだろう。


結局、車以外の良い案は思いつかなかった。

かなり大きいが、タイヤのデカイ4WDのピックアップトラックで行くことにする。

荷台にマットを何枚か引けば、けが人も何とかなるような気がする。

家にあったミニバンやステーションワゴン、救急車も考えたが、荒地の凸凹には厳しいだろう。

昨日のバキーでも結構弾んでいた。


運転の練習は後ですることにして、先に弾薬類の追加と整理をしておく。

マガジン、手榴弾、スタングレネード、発炎筒、ライトの電池・・・

ベストに入れたセットにして、5セットほど出来たら満足した。

俺は心配性、いや慎重だと思っている、準備を怠れば死ぬのだから当然だ。

そうだ、いまのうちに地雷も仕掛けて・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る