サーニャの決意

 レイさんが倒れて三日がたった頃。

 皆さん各々、平常を装って生活をしています。


 お嬢様は山ほどある宿題に没頭し、クレゼスさんやロミア君は別邸の庭の整備をして……だけど皆の顔はとっても暗いです。


 リーリアちゃんもあれから一睡もできてないみたいで、とても疲れ顔をしていました。


「お嬢様、お茶をお持ちしましたです。」


「……そこに置いてちょうだい」


 宿題中のお嬢様に休んでもらおうと大好きな紅茶を入れましたが、お嬢様は見向きもしません。ただ黙々と、宿題をされていますです。


「お嬢様、少しお休みされては……」


「いい。レイが起きたときに宿題が終わってなかったら、しかられるもの。……もういいから下がって」


「……失礼しますです。」


 お嬢様のお部屋を出て、廊下を歩きながら、やっぱりため息をついてしまいます。せっかくの別荘は重い空気に包まれていて、息が詰まりそうです。


 皆とっても、疲れていますです。

 だからせめて、私だけでも普段と変わらずお仕事をして、笑顔でいようと思いますです。


 ……何てやってたら、薄情ものに見られるでしょうか。


 私は笑顔くらいしか取り柄がありませんから、これくらいしかできませんです。


「さーて、書庫のお掃除でもしますですか!」


 一人声をあげて書庫へやって来ましたです。扉を開けると、窓も開けられていなくて暗い部屋がお出迎えしてくれました。


 窓を開け、はたきをかけ、床を磨いて……


 なんていつも通りのことをしていたら、一冊の本に目が止まりました。


“紅の戦場”


 それは、失われた私の過去を書いた本。読むのが遅い私は、まだ半分も読めていませんです。


 時計を見ると、もうすぐお昼休みの時間です。


 ……ちょっとくらい、おサボりしてもばれないでしょうか?


 お掃除中でしたがどうしても気になって、座って紅の戦場のページを開きました。


 そこには、戦場を駆け抜け、華麗に戦うラハバートの姿が描かれていましたです。


 読んでも自分のことのようには思えなくて、けれど面白くてついつい読んでしまいましたです。気づけば残りの半分……一冊読みきってしまいましたです。


 一巻はラハバートは仲間と共にエリクサーの場所を見つけるところまでで終わっていました。


 エリクサー……どんな傷も治せる薬。それがあればレイさんは助かるんじゃないでしょうか?


 ふと、そんな考えが浮かびました。

 たしかクリスは、場所を特定したっていってましたです。何度か面会している間に、そんな話をしていたのは覚えていますです。


 もしも、もしもエリクサーが手に入れば……?


 私が取りに行けば、手にはいるかもしれない。


 私だって思わないところがない訳じゃないです。レイさんがあんなことになったのは、追っ手に気づけなかった私のせいです。


 それに……あの子……襲撃者の女の子に、私は見覚えがあるんです。


 あの日を境に本の少しだけ記憶を取り戻しました。フラッシュバックのように一瞬見えたそこには、大雨の中、川に落ちる寸前泣いているあの子の姿。そして聞こえた、か細い声。


“ごめんなさい、姉さん……”


 あの悲しそうな顔が頭から離れないんです。レイさんを襲った子に間違いないはずなのに。それなのに、とても胸が苦しくなる。


 たぶんあの子が……シェリアール……私の妹なんだと思いますです。


 けれど、レイさんを襲ったときは、もう別人のようでした。クリスの言っていた、悪魔に乗り移られるって、こういうことなんだと思います。


 皆が辛そうな顔をしているのは、レイさんが目を覚まさないのは、私のせいです……。


 私がラハバートだったら、絶対気づけたはずなんです。


 だからもしもエリクサーが手にはいって……レイさんが目をさましたら?


 皆は、また笑ってくれますか?


 いてもたってもいられなくなった私は駆け出して、自室においていた通信石でクリスに連絡をしました。私はもうラハバートじゃないです。けれど、ラハバートならレイさんを助けられるかもしれない。


 事情を話してエリクサーを探したいと伝えましたが……


『それはできない』


 しかしクリスには却下されてしまいましたです。


『それなら僕とサマリの二人でいく。君をつれてはいけないよ』


「ダメ! それだとパーティーにタンクがいなくてクリスたちに攻撃が集中しちゃいますですよ!!」


 サマリやクリスはアタッカーですので、防御を担当するものがいないと、パーティーとして成り立たなくなりますです。


 けれどクリスは、記憶を失くした私をつれていくことを渋っていました。


 何度か口論した末……


「二人がいかないって言うなら、私一人でいきますですよ!!」


『なっ!? わ、わかったから落ち着けって!』


 そう怒るととりあえず会って話そう、と言うことになり二人とも夕方ごろ街までやって来てくれました。


 けど、対面で話しても話は平行線のままでした。そもそも襲撃者に気づけない時点で、それより手強いかもしれない最上級ダンジョンにつれていけない。これがクリスの結論です。


「サーニャ……気持ちはわかるが、君を二度と失いたくない。危険な場所には連れて行きたくないんだ。君はもう、侍女だろう?」


 私の肩をつかみ懇願するクリス。その瞳は必死さと、そして何かに怯えているようにも見えました。


 その気持ちはわかりますです。私も、レイさんがあんな状態になって、失うかもしれない恐怖に震えています。


 けど、だからこそ……


「クリス、もし私が死にかけたら……どんなことをしてもエリクサーを取りにいくでしょう?」


「それは……そうだが……」


 私の肩を掴む手をそっと掴んで、両手で握ります。暖かなクリスの手は、少し震えていました。


「レイさんがもしも目を覚まさなかったら、私は自分を呪い続けます。きっともう笑えなくなる。ねぇ、それって、死んだと同じじゃない?」


 もしもレイさんが死んでしまったら……考えないようにしていた不安を口に出してしまって、溢れた不安が頬を伝います。


「クリス、私はもうどこにもいかない。私の帰る場所に絶対に帰ってくる。……私が約束破ったことあった?」


「う……」


 根拠なんてない、危ないのもわかってる。それでもつれていってほしい。もう気持ちでしか彼を押しきれなくて、そして気持ちが伝わったのか、彼も黙ってしまいました。


「はい、諦めろクリス。ラハバート……サーニャも一度言ったら聞かないのも変わらないみたいだし、それに論破できなかった君の敗けだ 」


 ずっと様子を見ていたサマリが肩をすくめながら、彼の背中を叩きました。


「……わかったよ。連れていく。此処から数日かかるから、君もそのつもりで。いいかい、絶対に無茶はするなよ? というかさせないからな!」


 なんだか捨て台詞のようにそういうクリスが面白くてつい笑っちゃいながら、彼らが去るその背中を見送りました。


 さて、数日ですか。……お嬢様からどうやって許可をとりましょうか……。

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