エピローグ 作戦終了

 作戦開始が告げられてしばらくたった頃。


 私は作戦室にて、お嬢様、リーリア、そしてルージュと待機をしていました。


 屋敷以外は私有地ではないため、お嬢様もリーリアも魔法は使えません。使えば魔法使用違反として刑罰がかされてしまいます。


 そのため今回の作戦ではお嬢様、リーリアは不参加といたしました。元よりお嬢様は不参加ですが。


 リーリアに敵を引き付けさせ、セルビリアやロミアが敵陣にて撹乱と人質を奪還、誘き出せた敵の排除にクレゼスとゲルドルトを配置。


 各々作戦を成功させた通達がリーリアのもとへとやって来ます。彼女は今回通信係です。度々来る通信をとっては、成功したと私に伝えてくれます。


「みんなうまくいってるみたいですねぇ。」


「当たり前よ、うちの従者は皆優秀だもの。」


 お嬢様は立ち上がると鼻高々に自慢なさります。その従者の中に私も入っているので、少し恥ずかしいですね。


「ただいま戻りました!」


 和やかな空気の中をノック音が響きました。すぐに扉が開き、息を切らしたサーニャが入ってきたのです。


「お帰りなさい、お疲れさま」


「速いじゃないサーニャ。流石に街中走ったら疲れたでしょ。少し休みなさい」


「はいはーい、お茶入れるわねぇ 」


 通信中のリーリア以外でサーニャを労いました。サーニャも笑顔で部屋に入ってきた……その時。


 誰もいないはずの廊下に人が……たっていたのです。


「なるほど、どこにもいないと思ったら隠れていたか。」


「っ!!」


 突然の訪問者に、私とルージュがすぐに反応し、お嬢様の前にたちます。サーニャは眼を丸くして振り返り、リーリアは通信を遮断し立ち上がります。


 和やかな雰囲気は一転して、場に緊張が走りました。


「お前が指揮官か。」


 真っ黒な髪をボブに切り揃えた華奢な少女は、見たところお嬢様と年が近そうです。その光を全く写さぬ瞳が、まっすぐに私を見つめています。


 どうやら目的は、私のようですね。


「えぇ、そうよ。……あなたが噂の傭兵ね。」


 ただならぬ雰囲気に武器も持たない少女へ、最大の警戒を示します。サーニャに気づかれず、そしてクレゼスやゲルドルトを掻い潜りここまで来たのです。それだけで相当の手練れであることの現れ。


 早くお嬢様を逃がさなければ。そう考えたときでした。


「な……によ……あれ……」


 震えた声が響きます。視線を向けることはできませんが、視界の端でリーリアが眼を丸くし、そして震えていました。次には震えのあまり尻餅をつき、立ち上がれなくなったのです。


「リーリアちゃんっ!? どうしちゃったのよ!」


 すぐさまルージュが前に立ち庇いますが、リーリアは今まで見たことがないほど顔を真っ青にさせ、呼吸は早く、冷や汗を滝のように流しています。


 いったい、何が……毒かなにかを仕込まれた気配はありません。


「ば……けもの……」


 リーリアが辛うじて口にできたのはそれだけです。気が張り詰めすぎた彼女は、震えた指で少女を指差しましたが、少女と眼があった瞬間、気を失ってしまったのです。


 ばたんと倒れた彼女を介抱しようにも、ルージュも私も少女と対峙したまま動けずにいました。動けば、お嬢様やリーリアの身が危険に晒される。それがわかっていたからです。


 数秒の間。恐ろしく長く感じたそれを破ったのは、少女の方でした。


「そう。海賊はもうおしまいだけどまぁ、いい。目標を排除する。」


 そういった途端、私の視界から少女が消えました。


「きゃぁっ!」


 それと同時にお嬢様の悲鳴が聞こえ、条件反射で振り返ると、お嬢様の背後に少女が移動していたのです。


 速いっ!?


 少女は手をお嬢様へかざします。すると少女の影が立ち上がり、まるで幾重にもある茨のような形状をとると、まっすぐにお嬢様めがけて襲いかかってきたのです。


 このままいけば、お嬢様は体を貫かれてしまう。


 直感で悟った私は、感情が赴くまま、体を動かします。


 まるですべてがスローモーションのようにゆっくりと動く中。私の動きすら、遅くてしかたがない。


 動け、動け、間に合わせろ


 私の頭が警笛を鳴らす。それは本能が、命の危険を知らせるもの


 黙れ、煩い、いいから動け


 どうにか動いた腕で、お嬢様の腕を掴み、ありったけの力を使い後方へ引っ張る。


 反動で、私が前へいこうが、構わない。


「レイ!!」


 お嬢様の声が、後ろへと飛んでいく。

 それと同時に、お嬢様を貫かんとしていた茨が、私のもとへと到達する。


 ━━グサリッ!! グサグサグサッ!


 茨が到達する寸前、そこに見えたのは幼き頃のお嬢様でした。


 はじめてお会いしたとき、発表会で優勝されたとき、やんちゃをして怪我をされたとき。


 思えば、お嬢様のいない日々なんてないくらいに、私はいつもお嬢様のお傍にお仕えしていた。


 だから見える走馬灯にも、お嬢様や屋敷の人間、そして……大切なあの人しか、写らない。


 いけない、走馬灯を見ている場合ではないのです。


 敵は強く、危険です。


 だからどうか、早くお逃げに……


「……ごぼっ」


 しかし私の口からは、言葉ではなく赤い血が零れるのみ。血液が邪魔で、言葉が出てこない。


 だめ……お嬢様を逃がさないと……


 あぁ、お嬢様……おけ、が……は……


 お嬢様の安否を確認したかった私は、しかし黒く塗りつぶされた意識に飲まれ、闇の中へ沈む他ありませんでした。

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