窓から侵入してくる王子様

「よっと。」


 急いで窓を開けると、ロミアが飛び出してきた。危ないなぁ……。木と窓の間も結構距離あったのに……お構い無し。


 ほんとお猿さんみたいな運動神経してるんだから。


「なにしに来たわけ? レイさんに様子見てこいとでも言われたの。」


「レイさん? いーや、単にサーニャがお前が部屋から出てこないし、部屋にも入れてもらえないからってスゲー心配してたから。 どっか具合でもわりぃのかなって。」


 ロミアはどうやら、騒ぎのことは知らないらしい。そういえば、出迎えにも来てなかったっけ。庭の手入れもあるから、忙しいんだろうな。


 いつもの話し方が違うことにも触れずに、勝手に椅子に座ってるし。ほんっとに自分のペース。まぁ、いっか……突っ込むのもめんどくさい。


「自主謹慎してるんだから、部屋から出てくるわけないじゃん」


「っえ、謹慎!? まじかよ……大丈夫か?」


 さらりとロミアは、私が欲しい言葉をいってくれる。何したんだ、じゃなくて、大丈夫、 だもん。


 大丈夫か大丈夫じゃないかの二卓なら、そりゃ、大丈夫じゃない。最初は愚痴のつもりでぽつりぽつりと今日の出来事を話してみた。


 学校で嫌がらせを受けたこと、そのせいでお嬢様に怪我をさせたこと……だんだん話していて沸き上がる感情が押さえきれなくなって、気がついたら全部話していた。私の母親が、娼婦だってことも。


「なんか、大変だったなぁ」


 けれどロミアの反応は意外にも軽かった。変に気にかけることも、同情することもせず、そして軽蔑もしないでくれる。それがどれだけありがたいか、言葉ではちょっと言い表せない。お陰でずっと渦を巻いていた黒い感情が、その軽い返事ですとんと落ちていって、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「あんたは、軽蔑しないんだね。」


「ん? あぁ……別にしねーし、興味ねぇもん。誰から産まれたとか。」


 ぎこぎこと椅子の足を浮かせて左右に揺れているロミアは不思議そうな顔をした。むしろなんで軽蔑するんだ? って言いたげ。こいつにとって、本当に興味なくて、重要でもないからだろう。


「普通はするよ。娼館で育ったっていったら」


「そーゆーもんか? 生まれと育ちで言えば、俺なんてもっと最悪でドン引きだぜ? こちとら盗賊やってたんだから」


 ……はい?

 飛んでもない爆弾発言をさらっとされて、目を見開いて彼をみてしまった。その反応が面白かったのか、ロミアは腹を抱えて笑い出す。


「そういや、話してなかったっけ。」


「初耳なんだけど……なにそれ、え、泥棒してたの?」


 そりゃ確かに身体能力高いし、どこからでも現れるし、それでもって変装も得意って、泥棒には向いてるけど……。まさかそんなことやってるなんて、想像もしてない。


 ロミアは別に特別がることもなく、世間話のように話してるけど、私の話なんかよりもスケールが多きくて反応に困る。


「そーそー、聞いたこのねぇか“月光”って?」


 月光……確か数年前に世間を騒がせた怪盗の名前。確かその時は、その月光と言う怪盗の他に別の盗賊団もかなりの悪さをしていて、いつも月光の影に隠れてることから、通称月下って言われていたっけ。二つの泥棒騒ぎがいつも新聞を賑わせていたから、覚えてる。


「まさか、その月光って……」


「うん、俺のこと。」


 自分を指差してニッて笑うけど、笑い事じゃない。だって月光って言えば……街で義賊として憧れられた存在だもの。


 悪事をしたり、不正で富を得た富豪から金品を盗み、貧しいもののところに届ける。時には病院に、時には孤児院に、ある時は野宿をしているホームレスたちに。全ての人間に平等に光をあてることから、夜の太陽である“月”の光のようだってことで月光って言われるようになったんだっけ。


 まぁ、対して月下の方は貴族やら金持ちからお金を奪って逃げる本当の悪党だったから、余計にその功績が目立っちゃったって訳だけど。


 そういえば私がこの屋敷に来た辺りから姿を見せなくなって、新聞にも死んだだとか別の街にいっただとか、たくさん憶測が飛び交っていた。それって、ロミアが屋敷に来た時期とぴったり一致するんだよね。


「ほんとにほんとなの?」


「信じるも信じねーもお前の自由だろ。あ、因みに同時期に話題になった盗賊団“月下”は俺の父親が団長で、そもそも警備や保安の奴等の気をそらすために俺が月光をやってたぞ。」


 つまり……別々の盗賊と思いきや、もとは同じグループってこと? ずいぶん大がかりなことやってたのね。


「どうだ、軽蔑したか? こっちは犯罪者だぜ。」


 首をかしげてきたロミアに、速攻で頭を左右に振ってやる。昔悪さしてたとか、そういうのは過去の話だもん。今のロミアがそういうことをしないっていうのは、ずっとみてきたからわかるし。


 ……だからロミアも、私を軽蔑しなかったんだろうな。同じ気持ちなんだと思う。


「しないしぃ。ていうかぁ、スケール大きすぎて信じられないわよぉ」


 いつの間にかいつも通りの話し方に戻っちゃったけど、この話し方の方が板に付いてるし……気が楽。私が元通りに戻ったのに安心したのか、ロミアも笑ってくれてますしぃ。こいつほんと、月と言うか太陽でしょ?こんなに騒がしいんだからぁ。


 ーーコンコン


 部屋のノックオンが聞こえる。二人揃って扉を目を向けると、すぐに声が聞こえた。


「リーリア、私よ。開けてくれるかしら。」


 レイさんの声だった。私が開けにいくと、そこにはレイさんとサーニャがいた。サーニャは私が出てきたことに安心したのか、ホッと胸を撫で下ろした様子だったしぃ、レイさんは両手にトレーを抱えてるのをみると、さっきのノックはサーニャがしたようねぇ。


「少し顔色が戻ってよかったわ。あら、ロミアもいたのね。」


「窓から侵入しました!」


 なぜか自信満々にいってるけど、普通の入り方じゃないからねぇ? ロミアは急いで立ち上がるとレイさんに会釈をしていた。そのレイさんはというと……私にトレーを差し出してくれましたぁ。あ、いい匂い……ハーブティーが乗っけられてる……。


「心が落ち着くそうだから持ってきたの。」


「ありがとうございますぅ。」


 テーブルにトレーを置いて置きますぅ。狭い部屋に四人もくるも流石に窮屈ですけど、今はなんだかちょっと落ち着く感じぃ。なんて考えてたら背後から柔らかいものがむにっと押しあてられながら抱き締められましたぁ。あ、これサーニャだ。振り向かなくてもわかる。


 だってサーニャ、結構巨乳だから。……私と違って。


「あわわっ、リーリアちゃんっ。ちょっと元気になってよかったですです!」


「ありがとねぇ、サーニャ。」


 羨ましい巨乳の柔らかさを楽しんでいたら、レイさんに咳払いされちゃったので離れましたぁ。レイさんの方へ顔を向けると、にっこり笑顔を向けられた。


「リーリア。自主謹慎は好きなタイミングでといていいから、落ち着いたら戻ってきなさい。学園にいきたくなければ、無理にいく必要はないから。」


「あはは……お気遣いありがとうございますぅ。」


 ロミアとサーニャがいるからぼかしてくれましたけどぉ、お嬢様から報告は受けてるみたいですねぇ。レイさんからお嬢様の様子は聞かなくてもわかりますけどぉ、やっぱり軽蔑されてないかは不安に思っちゃいますねぇ。


 そんな私の気持ちを察してか、レイさんは少し考えてからまーた静かに笑いましたぁ。


「この屋敷には訳ありなものも多いから、いちいち出生や育ちについて、軽蔑したりするものはいないわ。だから安心しなさいリーリア。」


「はーい。わかってはいるんですけどねぇ」


 ここの皆はすごい優しいし、そんな考えをもつ人はいないっていうのは知ってますしぃ、不安になる方が失礼なんですけどねぇ。反射的にそう考えちゃう癖何とかしないと……。


「ここにくる前のことをいったら、私は元々労働奴隷よ。侍女をやる資格も無いようなもの。けれどお嬢様は私達をお側においてくださったのだから、胸をはりなさい。それが私たちを選んでくださった主に対しての、最低限の礼儀よ」


 静かに戒めのように言われて、この場にいた全員の背筋が伸びた。確かに、お嬢様に拾っていただいたご恩はありますしぃ、いつまでも下向いてたダメですねぇ。


 ……けど今、さらっと爆弾発言してませんでした?


「あのぉ、レイさん……」


 聞きづらくて口を閉じちゃいましたが、ロミアもサーニャも目を見開いていることから、たぶん同じ気持ちなんだと思いますぅ。そんな様子に、レイさんはクスクス笑ってましたぁ。


「そういえば三人供知らなかったわ。私が元奴隷だったこと」


「「「えぇ!?」」」


 聞き間違えかと思った単語をまた言われて、今度は三人一緒に大きな声を上げることになりましたぁ。

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