エピソード 因果応報

 お嬢様とロミアへのサプライズが成功した矢先、新聞の見出しに皆が動揺しておりました。お嬢様でさえ、私と新聞を交互に見つめておりました。


「ルリーシュの家が……没落? 一体どうなってるの!? リーリア説明して!」


「えっ、えーと……」


 リーリアは新聞を瞬時に読み取り状況把握に努めております。しばらくしてから顔をあげ


「詳しくは乗ってないですけどぉ……土地の売却で不正をしていたみたいですぅ……。」


「まぁ、ダンス大会で不正したやつだから、親も親で不正に手を染めてたって感じか……?」


 ロミアは大好物を口にしながら、しかし確信は得ていないため首をかしげておりました。親を見て子は育ちますから、この行いは親に似て当然。平然と不正に手を染めていたのですから、そういわれても仕方がありません。


「悪いことをすれば必ず明るみになる、そういうことです」


 私の一言に、納得はしていないもののだからといってどうにかできるわけもなく、ロミアたちは話題を変えることにしたようです。またふざけあったりと賑やかな空気が流れ出しました。


「……で、何したのよレイ。」


「何のことでしょう。」


 唯一お嬢様だけが、諦められていないご様子。食い入るように私を見つめますが、答えるつもりもなくはぐらかします。


「“私は”なにもしておりませんから」


「……ふーん、あっそ。まぁいいわ。ルリーシュの顔をもう見なくて済むならなんだっていいわ。あ、シルファ! そのお菓子何かしら?」


 探りをいれたようですが、嘘はいっておりません。お嬢様もそれはわかっていらっしゃるため、それ以上深く追求はされませんでした。新しく焼き菓子を持ってきたシルファの元へといってしまわれました。


 ーー数日後には君の望んだ通りの結果が出るよ。


 ふと、ストゥーの言葉がよみがえります。確かに、望んだ結果が出たようです。


 お嬢様が大会開き直しのため練習をなさっていた二週間。私だってなにもしていなかったわけではありません。私は私の報復のために、準備をしておりました。


 ルリーシュ嬢の行動に不自然な事がとても多い。お嬢様に煽られて大会に出場されると明言されたのは、大会開催日の二週間前。大会審査員へコンタクトをとったのはその後でしょうが、いくらなんでも早すぎるのです。


 彼女は二週間で数多の審査員から不正をしていたものを見つけ、自分もそれを利用した。些か時間的猶予を考えると無理のある話です。……彼女が何も知らない状態で審査員を探したら、の話ですが。


 類は友を呼ぶというように、不正を平然と行うもののところには、そういった情報は集まりやすい。そこで私は、ルリーシュ嬢とその回りを洗いざらい調べあげました。すると、彼女の家……リンベル侯爵家の資産があるときを境に急増していることがわかりました。


 急増している金額のうち、寄付が1割、残りが全て土地に関するものでした。寄付が増えることは良くありますが、増えた資産に対して土地に関するものが大半を占めるというのは、異常なことです。


 こうした異常な変動というのは、不正が絡んでいることが多い。この件について突き詰めて調べてみると、とても面白いことがわかりました。


 リンベル家が購入した土地の内3割が突然土地の資産価値が上がり、その売却で資産を増やしていたようなのです。そしてこの3割の土地の売買が、増えた資産のほとんどに当たります。


 まるであらかじめ、土地の値が上がることを予測していたような買い方。これは法律違反の可能性が出てきたのです。


 レディアン王国では、土地の売り買いは資産取引としていくつか法律が定まっております。そのうちのひとつに、資産運用に関して皆平等な取引を行わなければならない、というものがあります。


 あらかじめ何らかの有利な情報を特定の人物に流し、その者が得をすることはあってはならないのです。この法律に触れそうですが、私が調べられるのはここまでで、資産運用など事細かな情報を調べる手段はありません。


 そのため、これらの資料を全て、ストゥーに渡したのです。


 ーー今回は僕も、ずいぶんコキ使われたし


 ダンスホールで言っていたあれは、この事を指していたのです。彼ならばこの明らかにおかしな資産変動を権力の下調べることができます。自警保安局の出番というわけです。


 そうして彼が調べた結果が、新聞の見出しに出たというわけです。私も私ですが、彼も彼でよくこの短期間で調べあげてくれました。


 これでリンベル侯爵家はお縄につきますし、その縁談で没落を免れていたクレアーズ家も共倒れです。


 私の報復も、これにて完了です。お嬢様を侮辱した者に容赦はありません。然るべき以上の罰を下さねば、許せませんもの。


「レイ、何してるのよ。貴女も少し位食べなさいよっ!」


 そんなどす黒い感情を抱いていると知らずに、お嬢様が手まねいておられました。いけません、今は祝いの席ですのに、私としたことが。


 今この時は、全力でお嬢様とロミアを祝いませんと。


「はい、ただいま参ります」


 私の愛しいお嬢様。

 貴女様にとってよりよい世界となりますように。

 微力ながら、私は今日も策を講じるのです。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 某刻、某所


「それは本当かい?」


「はい、間違いありません!!」


 青い服を着た侍女は痩せ細った状態で、とある屋敷の主に懇願をしていた。元々侍女頭をしていた女は、レイに策を見破られ、激怒した彼女に怪我をさせられ仕事もやめさせられた。


 彼女の策なのか、その後どこにいっても仕事先は見つからず、この数ヶ月女はまともな食事を口にできていない。美しかった顔は痩せこけて醜く、面影はどこにもない。


「あの女の目!! 今にも人を殺してしまいそうでした! 青い瞳に黒い髪の女……年頃も旦那様の探されている人物と同じくらいです!」


 女は必死で、屋敷の主へと懇願する。主はふむ、と少し悩んだ後に頷いた。


「なるほど、有力な情報をありがとう。」


「は、はい! あの、お約束通り報酬はくださるのですよね?」


 女は屋敷の主が、黒い髪に青い瞳を持つ30歳を超えた女性を探していることを知っていた。その女の情報で飛び抜けた金額を払うと言うことで、その噂を聞き付けた元侍女は藁をも掴む気持ちでやって来たのだ。


「あぁ、ちゃんと報酬はくれてやろう。……自由をね。」


「え………?」


 何をいっているのだろう。女が思考を巡らそうとしたときには、女の頭は地に落ちていた。あまりにも簡単に、ごとりと、音がして血飛沫が飛び散る。


「いかがなさいますか、旦那様。」


 首を切り落としたのは、主ではない。暗がりに立つ少女は、血飛沫の中顔色一つ変えずに主を見やった。


「うーん。そうだねぇ。まぁダメもとで試してみてもいいかな。最近これといって情報がなかったしね。」


 主の男は、テーブルに並べられた二枚の写真を眺める。そこにはそれぞれ、エリザベルとレイの姿が写し出されていた。


「ルクシュアラ家の侍女……果たして本当に君かい? レイチェル……」


 男の声が静かに闇に響く。その答えを返すものは何もなく、ただ静寂だけがその場を支配した。

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