俺が俺に戻るために
ふぁあ……。
俺はあくびを溢しながら、稽古部屋に向かっていた。今日もダンスの練習をしてそれから……。
って、違う。もうそれ終わったんだった。まだ庭師のロミアじゃなくて、ダンスパートナーのロミアが同居しているせいで、上手く切り替えができなくなっていた。
まぁこれに関しては、そのうちキャラが抜けてくまで待つしかない。それまでは、庭師のロミアがやっていたことを思い出して、無理矢理にでも行動していくしかない。
つーわけで、稽古部屋につく前にUターンをして、俺は正門へと向かった。朝早いって訳じゃねーけど、この時間ならまだ正門の警備員が今日の新聞を所持してるはずだ。庭師の俺は毎日それを、お気に入りの木の上でチェックするのが日課。
「あ、でも木に登ると怪我したときダンスに支障が……じゃねぇぇ!!」
頭を抱える。そりゃそうか。一ヶ月もダンス練習を繰り返したら、習慣にもなる。思わず思考回路にダンスだのステップだのが組み込まれて頭を振りまくった。
けどこうしていても要らなくなった思考回路が、突然消える訳じゃない。毎回こうして、不要になった俺が長く居座るから厄介だ。しかも時間経過でしか直らないときた。
まぁ、なんとかなるだろうけど。今までそうだったし。そうこうしている間に正門へたどり着いて、警備の兄ちゃんに新聞をもらった。
「あ、いたいた。ロミアァ。」
新聞を広げようとした矢先に、背後から声が聞こえてくる。この、全くやる気のない声は……。
「っよ、リーリア。珍しいな、こんなとこで会うなんてよ。」
同期のリーリアは、今日は学園が休みだって言うのに制服姿でこっちにやって来た。屋敷から正門まで距離があるから、この辺でだれかに会うことは少ない。会ったとしても、クレゼスさんくらいだ。
「あんたを追いかけてきたのよぉ。ちょうどよかったし、お嬢様を庭のDエリアまでつれてきてくれない?」
屋敷の庭は広すぎるから、ちょうど四つにエリア分けしている。敷地の真ん中に位置する屋敷から見て右からA、Bエリアとなって、中央でぶったぎってC、Dエリアと続く。ちなみに別館はDエリアの中にある。
「あぁ、わか……いやまて、俺が?自分でいけばいいじゃんか。」
ついダンスパートナー気分でOKしそうになったが、お嬢を連れ出すなら侍女のリーリアの方が都合がいいだろ。もう俺はただの庭師に戻ってるんだし。
「私はぁ、やることあるのぉ。という訳でお願いねぇ。」
「っあ、おい、まてよ!! 」
ひらりと手を振って去っていくリーリアを追いかけたが、途中で見失っちまった。くそ、なんだよ……こういうときだけ早く消えやがって……。
押し付けられたが、お嬢関連だと無視できねぇんだよなぁ。たく、仕方ねぇか。俺は持ってた新聞を後ろポケットに突っ込み、本館まで急いで向かったが、その手前でお嬢を発見した。ちょうどよく庭のBエリアを散歩してたみたいだ。
「あらロミア。庭の整備でもしてたの?」
「リーリアに押し付けられて、お嬢を呼びに来たところっすよ。」
事情を説明すると、お嬢も首をかしげていた。そりゃそうか、俺が使いに出されることの方が珍しい。
「わかったわ。いくから案内してちょうだい。」
「了解しましたっと。」
流れのまま手を差し出し、お嬢もそれをとってくれたが二人して、あ、と顔を見合わせた。庭師の俺がお嬢様をエスコートするのは、身分的な問題でダメだ。ついダンスパートナー気分でやっちまったが、お嬢もまだ俺のことをその気でいたらしい。慌てて手を離して前を歩き出した。
指定場所付近に近づくと、サーニャがこっちです!と生け垣で覆われたエリアを指差していた。いや、指差すなら自分で案内してくれよ……何で皆俺を使おうとするんだ?
皆の動きが不自然で俺もお嬢も首をかしげたが、とりあえず向かうことにした。向かえばその謎が解けるだろうから。
背の高い生け垣を抜けた先は確かちょっと広いスペースになっている。俺もよくこの生け垣を剪定してるから知ってるけど、それだけでとくに何かあるわけでもな……
ーーパンパンッ!!
お嬢に続いて、というかほぼ同時で生け垣を抜けた俺たちを、小さな破裂音と紙吹雪が襲った。俺もお嬢もあっけにとられて何事か一瞬理解できなかったが、どうやらクラッカーの音だったみたいだ。
「お嬢様、ロミア、優勝おめでとう!!」
ただ広いだけだった芝生スペースにはテーブルが設置され、料理やケーキがならび、その回りをレイさん筆頭に皆が囲ってクラッカーを向けていた。
……え?なんだこれ?
「あっははぁっ! ロミア、なにその顔ぉ。」
あんまりにも間抜け顔してたみたいで、リーリアに指摘されて我に返った。お嬢も同じみたいで、二人で顔を見合わせて、その光景へ目を戻した。
「ちょっとしたサプライズでございます。お嬢様もロミアも、この一ヶ月ずっと練習をされておりました。その成果で掴めた優勝ですから、ささやかながらお祝いの席をご用意いたしました。」
レイさんが事情を説明してくれたと同時に、俺は誰かに肩をがばっと抱えられた。見ると、クレゼスさんだった。
「すげーぞロミア! 貴族ばっかの大会で勝てたんだろっ!? 俺も鼻が高いぜ!」
「あ、いや……それはお嬢がダンスうまかっただけで……」
「そ、そうよ……ロミアはともかく、私は優勝して当たり前よ……」
おれは過大評価を、お嬢は当たり前の事を誉められて気まずくなってたが、それを一刀両断したのはレイさんだった。
「お嬢様、ロミア。そんなことはありません。物事に当たり前、などないのです。お嬢様は優勝してしかるべき実力を身に付けられ、ロミアはそのお嬢様のパートナーを立派に務めあげた。その努力をご自身の手で無下にしないでください。」
面と向かって誉められて俺もお嬢も顔が赤くなった。その様子を微笑ましげに見てるルージュはまだしもにたにたしてるリーリアは腹立つ。けど、こんなサプライズを受けるとは思ってなかったから、正直嬉しい。
テーブルに並んだ料理をセッティングしていたシルファが、こっちを見て笑っていた。その手に持たれた皿には、湯気のたったジャガイモが乗せられていた。
「聞いたよ?ロミア君はじゃがバターが好きだって。お嬢にはイチゴケーキを用意したから、二人とも食べてね。」
「じゃがバター!? まじか!!」
俺はシルファに食いついた。差し出された皿を受けとると、ジャガイモのいい臭いがする。熱さなんて関係ねぇ!俺はそれに食いついた。
はぁああーー! うっめぇ!!
ほどよい固さでほくほくと崩れるジャガイモの素朴でほんのり甘い上に、じゅわぁと溶け出したバターの塩気と深いコクが絶妙に口の中で合わさって最高にうまい!!
バターは高価だから、こうやって料理にふんだんに使われるのは稀なんだ。そんな希少価値もあるから余計にうまい。思わず顔がほころぶ。
「俺これ好きなんだよな! サンキューシルファ!」
「お礼ならリーリアちゃんにね。教えてくれたの彼女だから。」
……え?
俺いつそんなこと言ってたっけ?じゃがバターを食いつつリーリアを見ると、呆れたように肩をすくめられた。
「あって間もないころにぃ、そういってたじゃん。忘れたのぉ?」
ここに来てすぐの時……。俺は正直、あんまり覚えてない。いや経緯は覚えてるんだが、その時の俺は度重なる変装で我を忘れかけていた。屋敷でも人に会うたびにキャラが変わって、正直性格破綻者みたいだったから。
何人ものキャラが同居してた時期に、たまたま本当の俺の言葉を聞いて覚えててくれてたんだ。スゲー確率だな。
「よく覚えてたな。運がいいというか、なんというか。あん時の俺、結構支離滅裂だっただろ?」
「別に、どのロミアもロミアにかわりないじゃん。」
なに言ってるの?とバカにしたように首をかしげられた。
どの俺も、俺?
ムカつく態度だったけど、俺は心の底から何かを引っ張り上げられたような、そんな気持ちになった。ずっとずっと心の底の方で、死んでいったたくさんの俺が、その言葉に救われていくようだった。
「ダンスしてた時はかっこよかったしぃ、庭いじってるときは間抜けだしぃ。そのギャップすごいよねぇ。」
「おいだれが間抜けだ!!」
俺は俺で居続けるために、作り出したキャラクターを全部押し込んで、殺していた。それなのにこいつは、どれも俺で、俺を見てくれている。
たくさんいたはずの俺のキャラクター全部を、生かしてくれたんだ。
その事に感謝しようとしたが、間抜けだと言われていつも通りの対応をしちまって言いそびれた。まぁ、いいか、リーリアだし。変にお礼をいったら言ったで、頭うったぁ?とかバカにされかねねぇ!
「ていうかロミア、あんたポケットに何入れてるの?」
リーリアにじゃがバターを奪われまいと攻防戦をしていた俺たちに、お嬢は美味しそうにイチゴケーキを食べながら問いかけてきた。ずっとお嬢の後ろにいたから、気づかなかったんだろう。俺も忘れてたし。
「あ、そういや新聞もらったままだった。」
「あぁ! 通りで今日の新聞、別館に来てなかったわけねぇ。届けなさいよぉ」
「お前が俺に色々押し付けてきたからだろっ!」
使用人にとっての新聞は、娯楽のひとつだ。屋敷に籠りきりのやつも多いから、外の情報を知れる数少ない手段。ダンスやる前は俺が新聞を別館に届けてたが、今日はポケットにいれたままにしていた。
口を尖らせているリーリアに乱暴に新聞を渡して置けば、しばらくそっちに気がいくだろう。そのうちにじゃがバターをゆっくり味わってやる!
「って、何これぇ!?」
だが、俺の思惑はリーリアの叫び声にも似た大きな声で潰されることとなった。その場にいた、レイさん以外の視線がリーリアに集まり、あいつはあいつで、自分が見た新聞記事を皆に見えるように広げていた。
【リンベル侯爵家の闇! 数々の不正や横領で爵位剥奪】
新聞の大見出しには、リンベル侯爵家……ルリーシュ嬢の家が潰れた報道が、一面に乗りその場にいたものを驚愕の渦に叩き落とした。
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