報復パーティー1~やっぱり仕掛けてきたわね!~

 赤と黄色のAラインドレス。髪を白いバラを象った髪ゴムで結いだポニーテール。きらびやかなメイクに、すこし高めのヒール。


 完全よそ行きファッションの私を心配げに見ていたのはレイ……ずっと私に仕えてくれてる侍女。馬車には私とレイしかいない。マリーは別の馬車で先に行くようにいってあるし、一緒の馬車にのるなんて嫌よ。


 レイをつれてきたのは帰りの支度とかさせるためで、パーティーに参加させる訳じゃないわ。そもそも、侍女は会場にはいれないもの。


「お嬢様。」


「何よ。」


「……くれぐれも、やり過ぎないでくださいね。」


 念押しするようにじっと見てくるレイ。ほんと、心配性なんだから!


「大丈夫よ、私が失敗するわけないでしょ!」


「ですから、心配なんです。」


 半呆れみたいにため息吐かれたから、口をとがらせとくわ。なによもぅ、やり過ぎるわけないじゃない!


 今日は大きな社交パーティーに参加するわ。そこには前にマリーを転ばせ、私に恥をかかせた忌々しいルリーシュの駒も参加してるはず。


 まずはそいつに、我がルクシュアラ家にたてついたらどうなるか、思い知らせてやるんだから!そのために準備もしてきたし、抜かりはないわ!


「つきましたよお嬢様。」


 ようやく馬車が停まり、扉が開いた。外は眩しいくらい照明がキラキラ輝いていて、一瞬夜だということを忘れてしまいそうになる。相変わらず、過度な飾り付けね。


「お嬢様。いってらっしゃいませ。」


「いってくるわ、レイ!」


 馬車をおりて一人残るレイは頭を下げていた。軽く手を振って、会場に向かう。


 いってらっしゃい、か……。


 幼い頃は、そういってお母様が見送りに来てくれていた。けれどお母様がなくなって、いつしかお父様は、私に声をかけなくなった。


 もう、私に「いってらっしゃい」と送り出し、「おかえり」と迎えてくれるのは、レイたちだけになってしまった。あんなに人に囲まれて生きているっていうのに、むなしいものね。


 ……違うわ、むなしくなんてない。私には、レイたちがいるもの。それでいいじゃない。


 無駄に照明が明るくて、ちょっと気持ちが沈んじゃったじゃない!照明の癖に生意気ね、あとで割ってやろうかしら。


「ご機嫌ようエリザベル様。お久しゅうございます!」


「とてもお会いしたかったのに、中々パーティーにいらっしゃらなくて心配しておりました。」


「学園へご入学されたと伺っております、お変わりありませんか?」


 いきなり何人かの令嬢に囲まれたけど、驚くことはないわ。この子達は私の派閥の中位令嬢たちだもの。魔力を持たないから学園で会うこともないし、本当に会うのは久しぶりね。皆変わり無さそうでよかったわ。


「ご機嫌よう。皆元気そうで何よりだわ。どこかの不届きものが変な噂を流したようだから、ちょっと顔を出したのよ。」


 噂の話を出した途端、あからさまに皆の顔が曇った。真っ先に私のところに来たのも、噂のせいで傾いた支持率を心配してのことで、別に私に会いに来た訳じゃない。社交界なんてそんなもの、利益のために笑顔を振り撒く、偽りの花園なんだから。


 こんなにちやほやされても、例えば私が怪我をしても、見舞いに来てくれる人はこの中には居ないわ。そんなものよ。


「私どもも心配しておりました。」


「実は例のパーティーも私どもは参加しておりまして……」


「マリー様は転ばれておりましたが、お怪我はありませんか?」


 皆してマリーの心配をしているけど真意が透けて見えすぎて滑稽に見える。ここにいる誰も、マリーの心配なんてしてない。心配しているのはルクシュアラ家の威光が落ちていないか、そんなところでしょうね。


 これだから社交界は嫌いなのよ。嘘しかないじゃない。学園の方がよっぽど気楽よ。それに、こんなに露骨に嘘がわかる世界なんて、息苦しいだけよ。


 皆ちょっとはレイやリーリアを見習ってくれないかしら?あの二人は本当に、言葉の真意を隠すのがうまい。リーリアは私と考え方が似てるから隠し事はしやすいのかもしれないけど、レイは時々なに考えてるのかわからなくなる。


 けど、私のことを一番大切にしてくれているから、考えがわからなくてもいいのよ。レイがいてくれれば、毎日退屈せずにすむもの。


 嘘と建前だけの薄っぺらな会話を続けていたら、いつの間にかダンスタイムに入っていた。大きな会場では、オーケストラの演奏が始まり、何人かペアを組んでダンスを始めるため中央に集まり始める。全員参加、という訳じゃなくてまだ会話をしている人だとかは端によって話し続ける。


 ダンスタイムの最初に踊るのは、主に社交界デビューして間もない令嬢や子息。ダンスもあまり上手じゃないのは当たり前だから、皆そんなに見たりしないのよね。背景と化しているってわけ。10人くらいのペアを全部見るやつなんて、いないでしょう?


 けど、取り巻き三人令嬢は心配げに会場を見ているわ。そりゃ、見るわよね。マリーが踊っているんだから。それも、前と同じペアで。


 マリーには前と同じ人と踊るように指示しておいたから当たり前なんだけどね。最初は驚いていたけど、転んで迷惑かけたんだから謝罪の意味も込めて踊りなさい、と言ったら黙ったわ。


 ……全く、自分が転ばされたことにすら気づいていないなんて。妹ながらに恥ずかしいわ。普通気づくでしょ!もっと人を疑いなさいよ!そんなんじゃ社交界で喰われるわよ。


 ダンスは皆の心配をよそに終盤まで進んでいた。やっぱり誰も、ダンスを注意深く見ている人はいない。私たちを除いてね。


 けど、そろそろ皆の視線はマリーに釘付けになるわ。


「っきゃぁ!」


 オーケストラの美しい演奏に、小さな悲鳴が割ってはいる。ほかに踊っているペアは躍り続けているけれど、一瞬目は、その悲鳴が上がった方へと向けられる。踊っていない参加者たちなんて、もう凝視よ?


 ほらね。案の定、マリーが転んで床に手をついていた。顔を真っ青にして、呆然としているわね。


 あんなに頑張って練習したのに、また転んでしまった。それも、お姉さまの目の前で。


 そんなこと考えてるんじゃない?震えてるみたいだし。ちょうどダンスが終わってペアが解散している中、マリーはダンスパートナーに手を差し出されてようやく立ち上がっていた。


 誰もダンスなんて注意深く見ない、とはいったけど、そこにアクシデントがあれば見るでしょ。しかも、そこにはもうマリーが転んだ、という事実しか残ってない。故意に転ばせたとしても、その過程は誰の目にも映っていないし、回りには同じようにダンスをしている人間ばかりなんだから。


 レイがいってたわ。木を隠すなら森の中、って。よく考えたものね。


 マリーが会場の隅に移動していく姿を取り巻き三人令嬢が、私と交互に見ていた。どうするのか、見るつもりね。ルージュいわく、社交界ではすこしのミスでも支持率を下げて順位に影響を及ぼすと。ここで私が変な行動をとれば、この取り巻きもきっと別の令嬢につくわ。


 別に私はそれでもいいけど、ルクシュアラ家を背負う私は、どこでもトップに立たないといけない。どこの誰とも知らない格下令嬢に、序列1位をくれてやるつもりはないわ!!


「ごめんなさい、すこし妹のところに行くわ。」


 すこし視線が集まるなか、マリーのところまで行くと、すぐさま震えた目が私を見上げたわ。その隣にはダンスパートナーの、サイア・クレアーズが何食わぬ顔で立っていた。


 ゴールドにしてはすこし薄い色素のふんわり髪をきっちりまとめた、どこにでもいるありふれた子息ね。誰かがクレアーズ家は皆美形揃いだとかいってたけど、私から見たら普通よ、普通。意地の悪そうなつり目もまた色素が薄い黄色だし、なんだか病人みたいね。


「お、お姉さま……。」


「ご機嫌ようサイア様。マリーのお相手をありがとうございます。」


 マリーはガン無視でサイアの方へにこりと笑って見せると、ものすごく驚かれたわ。まぁ、妹無視してるから当然か。


 サイアは格下貴族だけど、社交界で男性は全員様付けなのよね。癪にさわるわ。


 ちなみに、基本的に侍女はどんな相手にも様付けなんだけど、レイやレイが指導した侍女は私をたてるために敢えて私以外の令嬢には嬢付けしてるわ。さすがに本人がいる前では様付けだけど。


「いえ、僕なんて……僕が未熟なせいでダンスは失敗してしまって」


「そんな!サイア様のせいではございません!わ、私が不甲斐ないばかりに……っ」


 自分のせいだと主張するマリー。いやあの、気づきなさいよ?そいつ、今あんたの後ろですごい悪そうな顔したわよ。一瞬だったけど。あんたに庇ってもらう前提で話してる、言わば茶番よ、これ。


 そんなことにも気づかないで必死なマリーが、正直あきれを通り越して笑えてくる。今回のことで勉強になればいいけど。


「サイア様。妹が大変ご迷惑をお掛け致しました。二度も続けてダンスの失敗など、サイア様のお顔に泥を塗る行為。姉として、その責任はとらねばなりません。」


 我ながら嘘しか言ってない発言に、内心ドン引きだわ。すごいわね、微塵も思っていないことをここまですらすら言えちゃうんだから。


「転んでしまったのは、マリーの経験不足が原因です。決して、サイア様のせいではございません。それを証明するために、一曲、私と踊ってくださりませんか?」


 仮にも、格上の令嬢からのダンスのお誘い。断れないわよね?ただでさえ女性からのアプローチを断るだなんて、無礼きわまりないもの。


 優しく手を差し出して、微笑んで見せるわ。純粋な妹を見た手前、私もそうだと思っているのでしょうね。


「喜んで。慎んでお受けいたします。」


 サイアはその手をとったわ。妹の失態にも気づかないバカな姉だと思われてるでしょうけど、ばかはあんたよ。


 これからあんたを絶望と恥の海に突き落としてやるんだから!

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