潜入作戦ーロミアの場合ー

「レイさんもちゃっかりしてるぜ……」


 そんなことを呟きながら俺は脚立を担ぎ、良くわからない坊っちゃんのお家の門を潜っていた。


 ここは潜入先のクレアーズ家。俺はこれからこの家の次男坊について調べなきゃいけない。それが今回の任務って訳だ。


 いきなり次の日に行け、何て言われたもんだから驚いたけど、レイさんの方でそれなりに準備をしてくれていたから、スムーズに潜り込めた。


 表向きは庭師だから、クレゼスさんの荷物持ちを手伝ってるわけだけど……。当のクレゼスさんは別の意味で目を輝かせていた。


「おぉ、でかい庭だな。けど手入れが行き届いていない。これじゃ庭が可哀想だ!!こりゃ、手入れのしがいがあるぞ!」


 まるで子供みたいな反応に、半ばあきれぎみにため息をこぼす。クレゼスさんは庭……あぁ、いや、植物の事になると目がない。今回は潜入のためって言ってあるけど、クレゼスさんはそういうのに正直向かない。性質は向いてるけど。


 使用人のお偉いさんに挨拶して指定された場所に荷物を置いたら、俺の仕事は開始だ。もちろん、庭師じゃない方のな。


「俺は調べにいってくるから、クレゼスさんは仕事の方よろしく。あ、もしなんか聞かれてもクレゼスさんは変に嘘つかなくていいよ。」


「お、ほんとか?嘘は苦手だから助かるよ。さてまずは君からやっていくか。」


 すっかり庭師モードのクレゼスさんはタオルを頭に巻いて、木に話しかけていた。まぁ、わざわざこんなおっさんに話しかけるやつはいないだろうから、心配はいらないか。


 さて、俺は俺でやるべき事をやらないとな。庭の整備用に持ってきたハサミやらをサイドポケットに直して、でかい庭を歩いていく。


 没落寸前って聞いてたが、見た目は立派な貴族様だ。屋敷はきれいだし、庭と違い整備が行き届いている。


 ……けど、使用人の数が少ない。屋敷のでかさを考えると、もう少しいてもおかしくないのに、さっきから誰ともすれ違わない。


 侍女や執事からそれとなく情報をもらおうとしたのに、これじゃ先が思いやられる。さすがに次男坊本人から話を聞くわけにはいかないし、困ったもんだ。


 とにかく、誰か見つけないと。最悪道に迷った体で屋敷の中で誰か探すか……。


「おわっ!?」


 屋敷やら人がいそうな所にばかり目を向けてたせいで、目の前……じゃなくて足元が見えなかった。生け垣の間から人の足が見えて飛び上がっちまった。いやだって、こんなとこに足があるなんて思わねぇだろ?


 生け垣は円を描き、その中には芝生と大きな木があり、その下で誰かが寝てたみたいだ。


 俺の声にそいつも起きたのか、むくりと木に預けていた上体を起こして、気だるそうに俺を見た。


 ぼっさぼさの暗めの髪は手入れしていないのか伸びて耳したくらいまである。あちこち跳ねていて、前髪なんて伸びすぎて右目が隠れちまってる。真っ黒な目は隈だらけで如何にも寝不足ですって顔だし、はっきりいって不健康すぎる見た目だった。けど見たところ歳は俺と近い……か、少し下くらいの青年だ。


「……何?」


 あまりにも場違いな有り様に固まっていたら、スゲー低い声で睨まれた。もしかしたらようやく眠れたところだったのかもしれない。悪いことしちまったな。


「あ……えっと。庭師で雇われたもんなんだけど、ちょっと聞きたいことがあって誰か探してたんだ。誰もいなくて驚いてさ……。」


「……そりゃ、いないだろ。最低限の人間しか、雇ってねぇから、ここ。もうダメだろうな、かろうじて縁談で持ちこたえてるだけだから。」


 青年はやっぱりだるそうに屋敷を指差していた。随分他人事みたいに言ってるけど、こいつ屋敷の人間じゃねーのか?やけに落ち着いてると言うか、外部の人間の俺にぺらぺら喋りすぎだ。


 俺としてはありがたいが、普通使用人なら人がいないことは言うだろうけど、その理由までは話さない。使用人同士の噂話とは、訳が違うからな。


 それに、こいつの服…どっかで見たような気がするんだよな。見た感じ、制服みたいな……。


「って、お前その服っ!?」


「あ?……一々大声出さないでくれ。うるさい。」


 ボサボサ頭をさらにボサボサに殴り掻きながら、青年に睨み付けられる。大声だしたのは悪かったけど、驚いちまって仕方なかったんだ。


 だってこいつの来てる服…胸元にはお嬢が通ってる学園の校章があったんだから。つまりこいつは魔力保有者で、学園に通ってて……魔力保有者は貴族が多いから、こいつも貴族の可能性は特大。


 けど、あらかじめ調べておいたクレアーズ家の人間に、こいつはいなかった。いたら絶対覚えてるだろうし、こいつはクレアーズ家の者じゃない。大体それなら雇った俺がこんなとこにいて怒らないはずがない。


 何者なんだ、こいつ?


「俺は庭師のロミア。えっと、あんたは……」


「……レンジュだ。訳あってこの家に住まわせてもらってるが、もうすぐ追い出される。」


「え、追い出されるのかよ!?」


 レンジュはどうにも訳ありっぽい。っていうのもさ……貴族らしくねーんだよこいつ。なんつーか、俺の偏見だけど、貴族って自分より下のやつを見下すやつが多い気がする。けどレンジュにはそれがない。もしかしたら、親戚の家を転々としてるとか、そういうのかもしれない。


「別に、いつもの事だ。次はどこにいくか……なぁ、お前のところに置かせてくれよ。庭師さん。」


 じっと、レンジュが俺を見上げていた。底無し見てぇにどこまでも真っ暗な目は、見ていてなんだか不思議な感覚になる。


「いやぁ、やめといた方がいいぜ?俺の主さまはわがまま勝手のじゃじゃ馬お姫だから。レンジュの隈がさらにひどくなりそうだ。……けど本気で困ってるなら、連絡しろよ。俺の一存でどうにかできねぇけど、俺のところも絶えず人手不足だからさ! 」


 笑い飛ばしといたが、学園に通ってるなら学園の情報とか集められる人材は正直ほしい。俺は入れないから。そういう意味で雇いたいって言えば、レイさんだって許可して……くれるとは思う、うん。


 冗談のつもりだったのか、俺が連絡先を書いた紙を差し出したら、偉く驚かれた。


「お前……っ。いや、なんでもない。連絡しないと思うけど、もらっとく。」


 レンジュは紙を乱暴に引ったくり、ポケットに突っ込んでまた木にもたれ掛かった。なにか言おうとしてたけど、なんだったんだろう。まぁ、いいか。


「そういえばさ、さっき縁談がどうとかって。この屋敷誰か結婚でもしたのか?」


「この屋敷の長男が侯爵の娘とな。だからこんな没落寸前の状態でもなんとか生きてるわけだ。ま、つまりは傀儡貴族ってとこだろ。娘の方の家の言うことは聞かねぇと潰されるから。」


 しれっと情報を貰おうと振った話に、レンジュのやつとんでもない情報を俺にしゃべった。ほんとにこんなこと話していいのかよ……。


「話したところでばれやしないし、誰も俺の事なんてみてねぇから問題ねぇよ。」


 おっとしまった、顔に出ちまってたか。レンジュは面倒くさそうに屋敷に目を向けて、あくびをこぼしていた。誰も見てないから大丈夫って、そういう問題なのか……。


「そろそろ寝る。もう邪魔すんな。」


「え、あ……悪い。ありがとな、教えてくれて。」


 人様の事情に首を突っ込むのはよくない。俺は俺のやるべき事ができたらそれでいいんだ。これ以上いても邪魔になるだろうし、そろそろ戻らねぇと怪しまれる。


「……あ、そうだ。寝るなら木の上の方が見つからねーぞ。ちょっとあぶねぇけど。ンじゃな!」


 人は意外と上を見ない。昔それを利用して良くサボってたり、人様の家を覗いたもんだ。ちょっとしたお節介もかねたアドバイスをして走りだす。


 走ればすぐに戻れる距離だ。早く戻らねぇと……そろそろクレゼスさんの【あれ】が発動してるはず。


 作業場に戻ったところ、案の定クレゼスさんは誰かと会話をしていた。見つかったらヤバイので、木の上に登り、様子をうかがう。


 クレゼスさんは、若い令嬢に捕まっていた。……つっても、楽しく話してるだけだけど。見た感じお嬢と同じくらいの年齢か?遠くて良くわかんねーが未成年なのは確かだ。てことは、もしや長男の結婚相手か?それくらいしか、考えられねーな……。


 流石クレゼスさんだ。

 あの人、性格も見た目も潜入には不向きなんだよな。それなのに……絶対何かしら重要な手がかりや人物と接触したりしちまう。


 クレゼスさんは、所謂引き寄せ体質……潜入調査にはもってこいの性質を抱えた、無自覚情報収集おじさん……なんだよなぁ。

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