波乱の社交界デビュー!!

嵐は突然に

 それは激しい雨が降り続いていた水曜日。

 雷が鳴り響き、風は吹き荒れて、酷い嵐でした。


 急ぎ廊下の明かりを侍女達がつけ始める中を、お嬢様は歩いておられます。その足取りは、まるで怒りを隠すことなく早く、地を踏みつけておりました。


 険しいお顔つきだったため廊下ですれ違う侍女たちも怯えております。そんなお嬢様が向かった先は……お嬢様の部屋のある三階。しかし、お嬢様はお部屋には向かわれておりません。学園から戻られてお着替えをなさったら、すぐに部屋を飛び出されたのです。


 つかつかと足音をたてながらお嬢様が向かわれたのは……真反対のお部屋。ピンク色の可愛らしい扉の前に立つとノックもなしに勢い良く扉を開かれました。


 突然扉が開かれたものですから、部屋中の視線がこちらに向けられます。数人の侍女が気まずそうにしており、ベッドに座っていた一人の少女は目を丸くしておりました。そのお顔は、とても暗く元気がないご様子。


「ちょっとマリー!」


 ずかずかと部屋にはいるお嬢様を止めようとする侍女たちですが、その剣幕に恐れをなして引き下がるしかありません。……引き下がらなければなにか物が飛んでくるでしょうから、懸命な判断です。


 マリーと呼ばれた少女……お嬢様の異母妹にあたるマリー様はビクリと飛び上がっておりました。お嬢様と同じ黄色い瞳を潤ませて、慌ててベッドからおりてスカートの袖をお持ちになり頭を下げます。


 ブロンドの美しい金髪をツインテールにした可愛らしいマリー様のお顔は凍りついておりました。お嬢様のすさまじい剣幕ににらまれておりますから、当然でしょう……。


「お、お姉さま……。」


「あんたダンスに失敗したんですって?派手に転んだなんて、情けない。」


 まだ12歳のマリー様はお嬢様の激昂に怯えきっております。カタカタ震えておりますから、少しかわいそうです。


 マリー様は本日、社交界デビューを果たされたばかり。はじめて公のパーティーへ参加されたのです。旦那様も気にかけておりましたし、屋敷の皆がマリー様のデビューを華やかにしようと、影ながらサポートもしておりました。


 しかし結果は……この通り。マリー様はダンスに失敗なさり、転んでしまったのです。社交界でのダンスは男性がエスコートし、女性がそれに合わせるもの。どちらかが転べば、それは互いの技術が劣っていたことになり、ダンスの失敗は両者の恥ともなります。


 そのため社交界のダンスで失敗するというのは、令嬢にとって大きな印象ダメージとなるのです。ましてや社交界で初めて踊ったダンスで失敗する、というのは今後悪い噂がたってしまう恐れもあります。


 デビューしたての令嬢やご子息のダンスパートナーはベテランが勤めるはずです。ですので、そう失敗するはずもないのですが……。


「も、申し訳ありません……私が、不甲斐ないばかりに……」


「本当にね。私でもデビュー時は失敗しなかったのに。私よりも回りからサポートしてもらっておいてこの様は何?お父様も失望されるわね。」


 これでもかと嫌みのオンパレードを繰り広げているお嬢様。その様子を眺めておりましたが、隣から深いため息が聞こえたため、そちらに目を向けました。


「はぁ……予想はしてたけどエリザお嬢様は手厳しいわねぇ。もうちょっと手加減してくれてもいいのに……。」


 紫がかった赤いドレスをまとった金髪の彼女は、社交マナー講師のルージュです。少し離れた所で、青髭のある頬にごつごつした手を添えて様子を見ておりました。


 ルージュは性別こそ男性ですが、れっきとした女性です。彼女の処遇についてとやかく言うものもおりますが、少なくとも屋敷の中ではルージュは女性で、そして講師です。


 筋肉粒々な彼女は本日も赤いピンヒールをはき、真っ赤な口紅でお化粧をしています。金髪を耳下までストレートに伸ばし、その耳には赤いイヤリングが飾られています。赤が好きなことからルージュ、と皆に呼ばれているのですが本名は誰も知りません。本人いわく


『んもぉ、昔のことだから言いたくないし、名前もかわいくないから聞かないで!』


 ……とのこと。


「ルージュ、お疲れさま。」


「あらレイちゃん、お疲れさま。エリザお嬢様のあれ、もうちょっとなんとかならなかったの……?」


「あれでもずいぶん落ち着かれているのですよ。」


 知らせを聞いたときのお嬢様といったら……それは怒りがすさまじかったのです。自分よりも家族の寵愛を受けているマリー様でしたから、余計に思うところもあったのでしょう。


 こうしてルージュと話している間も、お嬢様とマリー様の会話は続いております。……会話というには、お嬢様が一方的に話しているだけですけれど。


「……で、どういう風に転んだわけ?」


「え、えっと……」


「まさか自分が転んだ原因もわからないの?自己分析もしないだなんてとんだ怠惰ね。」


 今にも泣いてしまいそうなマリー様は必死に涙をこらえ、うつむいておられる。しばらく沈黙が続きますが、お嬢様から口を開くことはありません。


「パ、パートナーの左側に、よろけて……手を離してしまって、転び、ました……。」


「……ふーん、あっそ。」


 自分からお聞きになったというのに、お嬢様はぶっきらぼうに答えると踵を返されました。お帰りになられる意思表示です。お嬢様の通り道を邪魔せぬよう扉の横へと移動いたします。


「全く、自分の妹と思うと恥ずかしくなるわ。」


 まるで捨て台詞のように振り返ることなく放たれたお嬢様の一言が、どうやら決定打になったご様子。部屋を後にいたしますゆえ扉を閉めましたが、扉越しに泣き声が聞こえました。


「……お嬢様。」


「……何よ。」


「もう少し、お言葉はお選びくださりませんと。あれでは誤解を招きますよ。」


「別に、誤解されてもいいもの。」


 少しは怒りが収まった……わけもないお嬢様。その怒りは、もうマリー様には向けられていないというのに。相変わらず言葉足らずで誤解を招いていることでしょう。


 先程の会話には明らかに不自然な点がありました。お嬢様もそれに気づいているのです。だからこそ、お怒りなのです。ごろごろと雷が激しく光る中、急にお嬢様は足を止められました。


「レイ」


「はい、お嬢様。」


「マリーは来月にも同じ主催のパーティーに出席よね?」


「そうでございます。」


 旦那様を含めルクシュアラ家全員のスケジュールは把握しております。マリー様の来月のパーティー参加は一回のみ。同じ主催ですが、次は規模がさらに大きくなり、ダンスホールが貸しきられて行われるはずです。


 今回の社交界パーティーの参加者はそのまま、来月も参加されているはずです。規模が大きくなりますから、参加されるご令嬢、ご子息も高貴な方々がふえるでしょう。


「……そのパーティー、私も出席するわ。手配して。」


 本来パーティーは招待状がなければ参加はできません。


 しかしパーティーの招待状をお嬢様がお求めならば、それを叶えるのが私の務め。


「かしこまりました。すぐに手配をして参ります。」


 お嬢様のご命令には肯定の言葉のみ。

 それに今回のパーティーは、何やら陰謀が隠されているようです。


 お嬢様が参加されるのでしたら、そのような陰謀から、お守りしなければ。


 それにお嬢様は、パーティーの招待状だけをお求めになっている訳ではないご様子。


「マリー様のダンスパートナーのこともお調べしておきます。」


「流石、言わなくてもわかってるわね。マリーはどうでもいいけど、我がルクシュアラ家の者に恥をかかせた罪は重いわ。即刻調べてしかるべき罰を与えてやらないと!」


 ルクシュアラ家の恥はお嬢様の恥。雷がいっそう激しく落ちた瞬間、お嬢様は高笑いを浮かべておりました。


 今日は水曜日。


 ちょうど良く、定例会議の日です。


 さてさて、今回はどのように、お嬢様の願いを叶えましょうか。

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