《閑話2》僕ん家の黒ネコ

 僕は長田おさだ翔太しょうた、小学校の卒業が間近に迫ってきた六年生だ。


 最近はオープンスクールに行ったり制服の採寸をしたりと、中学生になるための準備がどんどん忙しくなってきた。


 中には私立を受験する子もいて、勉強や面接の練習でかなり大変そうだ。

 そろそろ卒業式の練習も始まるしね。



 そんな僕の家には一匹の黒ネコがいる。

 子ネコに見えるくらいの小ささなんだけど、他のネコとはかなり違う。


 僕が生まれる前から生きているのに全然大きくならないし、人間の言葉はほとんど分かるみたいだし、僕よりずっと……もしかしたらお父さんやお母さんよりも知識があるかもしれない。


「うーん、難しいなぁ。こんなに覚えられないよ」


 明日のミニテストに向けて、リビングで漢字の練習帳を書いていると、ナオがすっと近寄ってきて覗き込む。

 それからある場所にポンと前足をおいて一声「にゃ」と短く鳴く。


「ああっ、間違えてる!」


 漢字だけじゃない。理科だって社会だって、ナオは中学の数学だって解けてしまう。

 だから、ナオは僕ら姉弟のいわば「家庭教師」だった。

 聞けば、昔はお父さんもお祖父じいちゃんも同じように教わってきたらしい。


 ◇◇◇


「しょうたくんのおうち、ネコかってるの?」

「うん」


 それはまだ保育園に通っていた時のこと。

 友だちにナオの話をしたら、他の子たちが「いいなぁ」とうらやましがった。

 そして、そのうちの一人があることを聞いてきた。


「なんさい?」

「え? うーんと……ひゃくさいくらいかな?」


 長生きだとは知っていたけど、具体的な年までは知らなかった。

 だから、僕は園児なりに「長生き」と思える年齢を言ったのだ。


 そうしたらみんなにクスクス笑われてしまった。ネコはそんなに長いことは生きないんだよと。

 あれは僕が初めて、ナオが「普通」ではないことを知った瞬間だった。


 ◇◇◇


「あの時はビックリしたなぁ」


 僕は手を伸ばしてナオに触れた。

 小さなあごをくすぐると、ナオは気持ちよさそうに目を細める。今は触っても良いってことだよね。


 今度は背中をゆっくりと撫でる。黒い毛はそんなに長くないけど、モフモフしていて温かい。僕も、そして家族も大好きな感触だ。


『いい? ナオのことは、ナオが「良い」って言った人にだけ教えてあげてね』


 あれ以来、僕はナオの秘密を両親から教わり、同時に「約束事」も知った。


『大事なことなんだ。ナオとずっと一緒にいるためにはな』


 この小さくて賢くて気まぐれで、誰よりも優しい家族とはなばなれになるなんて、想像するだけで泣きたくなる。


 そんな大事な大事な「約束事」、これからも絶対に守るから、また散歩に連れていってよね。

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