第38話 リュージ編38

「さて、お腹もいっぱいになったことだし、行くでござる」


 愛輝に奢ってもらい、そのまま店を出た。

 背後?

 気にしては駄目だ。


「では、乗合馬車の駅に行くでござるよ」

「了解」


 乗合馬車の駅の時刻表を見てみる。

 予想はしていたが時代が中世風なこの世界では夜までは運航してはいないようだ。


「ふむ、仕方がないでござる。徒歩で行くでござるよ」

「徒歩か。モンスターと遭遇したときのために準備はしなくていいのか?」

「そうでござるな。煙玉くらいは買っておくでござろうか」


 煙玉か。

 いわゆるスモークグレネードってやつだな。

 殺傷力は何もない。

 奇襲や逃走用のアイテムだがいざというときに役立たないこともあるからなあ。

 ま、愛輝が買ってくれるようだから文句など言いはしないが。


「むむ、道具屋も閉まっているでござるな」

「時間が遅いもんなあ」

「無いものねだりをしても仕方ないでござるな」

「俺は武器も何も持ってきてないが、それでも行くつもりか?」

「当たり前でござる。ダリア嬢がいる町に6時間以内には到着するのが吾輩の使命でござる」


 どんな使命だよ。

 現在地からもっとも遠い所でも、例えば日本の裏側に当たる場所まで6時間以内に着く自信があるのか。

 ダリアの能力でもない限り無理なはずだ。

 いや、素早い愛輝のことだ。

 できる自身でもあるのか……いや、無理だよな?


「リュージ殿、出発するでござる」

「お、おう」


 ドリアドの町はホスピリパの町から南に位置したところにある。

 医療の町と名乗るだけあって街道の整備も近隣の町まではしっかりとされており、モンスター避けの街灯も一定区間ごとに備えられていた。

 ま、スマホで見た情報だが。

 

「この調子では安全に到着しそうでござるな」

「そうだな。まさか、モンスター避けの街灯なんてものがあるとは思わなかったよ」

「あまり頼りすぎると酷い目に遭うでござるよ。吾輩もこの世界に来たばかりのころは過信しすぎて大変な目にあったでござる」

「他の街道にも備えられているのか?」

「数は多くないでござるな。効果も光を好む虫系モンスターにはあまり効かないでござる」


 ま、虫って光に群がるもんな。

 田舎で自動販売機に群がる大量の虫を見たときはジュースを買う勇気さえ出なかったなぁ。

 あんな大群でしかもビッグモスくらいの大きさだったら凄いことになりそうだ。

 

「きゃ――、虫が怖い――」

「ふふ、安心しろ」


 こんな街道でイチャイチャしやがって。

 リア充はビッグモスの毒粉で逝っとけ。

 

「ままま、気にしないで先に進むでござる。それにしてもお腹が減ったでござるな」


 まだ出発して40分ほどしか経っていないのに、細マッチョのイケメンになっている。

 こいつは代謝が良いんじゃない、燃費がクソ悪いんだ。

 あと30分も歩くと餓死するんじゃないだろうな?

 

「きゃ――! 貴方、イケメンね!」

「何でござるか?」


 さっき、彼氏とイチャイチャしていた女か?

 男がいるだろ。

 よく、彼氏の前で……。

 ハッ!

 凄い形相でこちらを睨んでいる彼がいる。

 ん?

 男じゃない……あ、あれは!?

 

「愛輝くんっていうの? ドリアドの町に帰るとこ? あっしも一緒なのぉ」


 や、やめろ。

 愛輝、すぐ断れ!

 凄いことになるぞ。


「貴様! またしても!」


 ひぃぃぃ!

 なんでここに居るんだよ、杏樹!

 

「私のルーシィちゃんをぉぉぉ!」


 やっべ!

 構えを取って、愛輝を殺るのか?

 いや、こっち向いているから俺なんだろうな。

 お前の拳法はさんざん見てきたんだ。

 食らったらマズい。

 あの、ならず者でさえ一撃で屠る拳なんか俺が食らったら、確実に逝ってしまう!

 

「まあまあ、双方落ち着くでござる」

「この女子は其方にお返しするでござる」


 えっ?

 失神している?

 何をしたんだ?


「あまりにもしつこいから背後に周り失神させたでござる」


 何をしとんじゃ!

 ボケェェェ!


「き、き、き、貴様! 私のルーシィちゃんをこんな目に遭わせるとは! ぶっ殺してやる!」


 ほら――!

 こいつを前に女性に手出しは死亡フラグだ。

 いや、うるさいだけで女性を失神させる愛輝も大概イカれているけどさ。


「何を怒っているでござるか?」

「しらを切るつもりか! ますます、許せん!」


 自覚が無いって恐ろしい。

 まぁ、杏樹の注意が愛輝に向いただけ俺は助かったわけだが。

 今、愛輝がやられてしまったりするとその後が困る。

 なんて考えているうちに杏樹が愛輝に殴りかかる。


 ヒュン


「むむ!」


 杏樹が唖然としている。

 当然だ。

 愛輝の姿が目の前からいなくなっているからだ。

 こういうとき、解説役になっている俺は見えていて当然だと思うだろうが甘い。

 あんな速さ見えるわけないでしょ!?

 どこ?

 どこに行ったの?

 

「リュージ殿、行くでござるよ」

「どわっ!」


 俺の背後に?

 素早いどころではないだろ!


「え? 放っておいていいのか?」

「争いごとは好まないでござる。謂れの無いことに関わると後が大変でござるよ」


 いや、謂れの無いことって、あんたがルーシィとやらの気を失わせたのが原因なんですが……。

 

「おいっ、待て! リュージ、お前もだ!」


 俺もターゲットにされてるじゃないか。

 一度は助けてもらった恩があるわけでも無いわけでも無いわけでも無いか。

 ……結局、あいつに振り回されていただけだからなぁ。

 あいつの怒りを抑えるのは無理だが他の方法ならある。


「杏樹、ここで俺を殴るのか?」

「殴るだけは済まさんぞ! 原型がわからぬくらいミンチにしてやる!」


 こわっ!

 男相手だと本当に容赦無いからな。

 

「いいだろう、俺を殴れ」

「ふふん、そこのゴミムシよりかは常識があるようだな。よし、小指一本くらいはそのままにしておいてやろう」


 結局、殺されるんじゃないか!


「だがな、俺を殴ると欽治が悲しむぞ? いや、それどころかお前を一生憎むだろうな? おっと、ユーナも悲しんで俺の後を追うかもしれないなぁ」

「な、な、な! なんで、お前を殺ると私の欽ちゃんとユーナが悲しむんだ!」

「俺を愛しているからに決まっているだろ」

「!!!」


 もちろん、嘘だ。

 いや、嘘かどうかはわからないがチョロいこいつにはハッタリが最適解なはずだ。


「お前を殺ると欽ちゃんは私を襲いに来るのか?」

「当然だろうな、あいつは強いぞぉ。一撃だぞ!」

「さ……」

「さ?」

「最高じゃないかっ! 欽ちゃんの強さはアイスタイガーのときに知っている! あんな可愛い美少女に一撃で昇天させられるなんて! くぅぅぅ、最高のシチュエーションで逝けるじゃないかっ!」


 あっか――ん!

 やってもうたぁぁぁ!

 こいつは破滅願望持ちだった。

 このハッタリはこの変態にとってはご褒美にしか他ならない。

 ヤバい、ヤバいぞ……こんな所で俺は終わるのか!?


「リュージ殿!」

「な、なんだ?」


 今、愛輝に構っている暇は無い。

 俺の生涯が終わるかどうかの瀬戸際だぞ!

 対抗策を考えなければ!


「リュージ殿、聞いているでござるか!?」

「なんだ! 今、対抗策を考えているんだ」

「欽治殿やユーナ殿とデキてるって本当でござるか? それなら、ぜひダリル嬢に吾輩の紹介をお願いす……」


 こんなときに何を考えてるんだ!

 この脳内ダリアだらけがぁぁぁ!

 

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