第15話 リュージ編15

 ア―オォン!!


 子どものころによく聞いた咆哮が街全体に響き渡っている。

 もう、鳴き声からしてあいつじゃないか!

 ヤバい! 

 ヤバい!

 杏樹は興奮しすぎて、涎を垂らしまくっているが……。


「おい、リュージ! ゴジ……」

「言うなって言ってんだろうが! そんなことより逃げるぞ!」


 とにかく、あの怪獣の進路上にいるのが一番まずい。

 街の外に出るのが最優先だ。

 

「みんな! この街にいるのは危険です! とりあえず、街から離れましょう!」

「「はいっ!」」

「そ、そうね! リュージにしては良い判断かもね」


 杏樹に抱き付かれたままで頭が涎だらけになっているぞ、ユーナ。

 あまりの締め付きに抵抗は諦めたようだが。


 あの怪獣は南側からやって来ている。

 そのまま街を踏みつぶして北門を通過すると考えたほうがいいか?

 この街の出入り口は東西南北の四か所だ、南門と北門はやめておいたほうがいいだろう。

 途中で進路転換をすることも可能性にあるが、こういうのは大抵、街を踏み潰しながら直進するのがセオリーだ。

 そこんところわかってくれるよね、怪獣さん。


「ねぇ、リュージ。欽治は来ていないの?」


 欽治?

 あれ、そういえばあいつは何でここに居ないんだ?

 思い返してみる。

 確か近くの森で飛竜を降ろし、先行した杏樹の後を追う形で俺が潜入したんだ。

 ……ということは、今でも森で待っている?

 これだ!


「そうだった! 欽治がいる! あいつなら、あの怪獣くらい余裕だろ! なんせヨルムンガルドをワンパンした奴なんだからな」

「そうね、欽治ね! 欽治なら余裕だわ!」

「私の欽ちゃんが危険に晒されるのは駄目だ! 危険は私だけに! ハァハァ」


 もう変態のことなどどうでもいい。

 ヨルムンガルドも一撃で倒した(自称)という欽治だ。

 倒せなくても退けることくらいはできるだろう。

 

「近くに森があります! そこまで一度、避難をしましょう!」

「「はい!」」


 俺たちは急いで大通りを通り東門へ向かった。

 途中でならず者共が何かしてくると思っていたが状況が状況だ。

 俺たちに構っている暇はないのだろう。

 そのほうが助かるが。

 表通りを使うことにしたのは、この混乱のお陰でもある。

 裏通りは広くないし、この人数で急いで移動するにはいろいろと制限がかかってしまう。

 この混乱に紛れたほうが安全性も向上するというものだ。

 ならず者対策としてはだけど。


「よし、門が見えた。みなさん、あの門を出ると森が見えます。そこまで、もう少し頑張って下さい」

「ねぇ、リュージ。ちょっといいかしら?」

「何だよ! あとじゃ駄目なのか?」

「あの門だけど通れるかしら?」

 

 へ?

 門を通るのはごく普通のことだろう。

 あまり気にも留めず前進したのだが……。


「リュージさん、前をよく見てください!」

「え? こ、これは?」


 東門は大勢の人でごった返していた。

 そういえば、そうだよな。

 街から避難するのに門を通るのは当然だよな。

 ユーナがまともなことを言うはず無いと思って、反抗的に考えてしまった。

 何だかんだいって知力派だし。

 しかし、そうするとどうやって外に出るかだ。

 他の三つの門も同じ状況だろうな。

 

 ドォン! 

 ドォン!


 地響きがますます大きくなってきている。

 どうしたものか。

 門の横にある階段を上り壁から飛び降りる方法を探すか?

 いや、壁が高すぎる。

 

「なぁ、どうすればいい?」

「なぁに? 急に頼りなくなったわね! リュージ、あんたが先陣切ったんでしょ! 責任は最後まで持ちなさいよ!」

「そうだぞ、リュージ! ユーナや町の美女たちの期待を裏切る行為は私が許さんぞ! なんとかしろ!」


 こいつら、揃いも揃って。

 俺だって自分で似合わないことをしている自覚はあるんだよ。

 俺が先陣?

 んなもん、進んでやるわけないだろ!

 ニーニャさんが見てるからやっているにすぎんのだ。

 

 ドォン! 

 ドォン!


 アーオォン!


 ひぃぃぃ!

 ヤバい!

 街の住人もかなり混乱し、我先にと周りの人を押しのけ門を出ようとする。

 まぁ、混乱時ってこういうものだよな。

 自己防衛が本能的に働いてしまうといえばいいのか。 

 特に中世みたいなこの世界じゃ、緊急時のマニュアルなんて存在しないだろうし、混乱が起こって当然なんだろうな。

 それより、どうすればいい。

 壁のせいで、あの怪獣がどこまで近付いてきているのか見えないし、状況は悪化するばかりだ。

 

「きゃあ!」

「邪魔だ! どけ!」

「おい! 何をするんだ! 私の美女に! この汚物が!」


 街の住人が一人の女性を蹴り飛ばし、その様子を見ていた杏樹が食ってかかったようだ。

 こんなときに余計な騒ぎを起こすなよ。

 ん?

 まてよ。

 下衆な方法ではあるが、これは使える。


「おい、杏樹! この街の鬼畜蛆虫野郎共は、お前の美女たちを囮に逃げるつもりだぞ! 先に門を塞いでいる、あの糞共を追い払って、逃がしてやらないか?」

「なん……だとっ! 許さん! 許さんぞ! 私の美女たちのためにゴミムシ以下の劣悪生命体をぶちのめしてやる!」


 怒りを露にし、先に進もうとするならず者共を跳ね飛ばし進む杏樹。

 うん、チョロい。

 だが、これで道は開けた。

 

「杏樹の後を追って進みましょう!」

「「ええ!」」

「ありがとうございます。リュージさん」

 

 いえいえ、ニーニャさん。

 貴女のためなら何でもしますよ。

 とにかく、急いで門の外へ出よう。

 あの怪獣もかなり近付いているはずだ。


 門の外に出た直後だった。

 あの怪獣が口を開けている。

 ん? 

 背鰭が光っているが、まさかな。

 元はスライムだ。

 マッドサイエンティストでもそこまで再現出来ないだろう。


 ゴォォォォォ!


 あ……やっべぇぇぇ!

 こりゃ、アカン!

 あんなん、当たれば即死やん!


「はわわわわわ! あれを浴びれば、私もどうにもできないぞ! 確実に昇天する! きゅ――!」


 神様、本当にどうかしてください!

 この変態を!

 興奮しすぎてオーバーヒートしたのか、涎を垂らして気を失いやがった。

 森はもう目と鼻の先だ。

 うん、杏樹はここに放っておこう。


「あ、あの。大丈夫ですか? リュージさん」

「大丈夫です! あいつは強いので!」

「うわっ! リュージ、私みたいにあの人も見捨てるの? ひっど――い!」


 うるせえ。

 あの変態はちょっとやそっとじゃ死なないから大丈夫だ。

 本人は死にたがっているがな。

 話は逸れたが、森の中に入った所で声をかける。


「欽治、どこだ? 急いでいることがある! 出てきてくれ!」


 欽治に呼びかけながら森の奥へ進んで行く。

 飛竜で降下したところに着くと、飛竜と一緒に雪がすやすやと寝ている。

 寝顔は極上に可愛い。

 でも性格がな。

 もう片方のほうは普通に可愛いんだが。

 しかし、欽治の姿が見えないな。

 脳筋な欽治だ。

 まさか、あの怪獣のほうへ向かったんだろうか?

 あいつに任せるつもりだったが。

 

 ん?

 飛竜に羊皮紙のメモが貼られている。

 この羊皮紙は欽治のものだな。


「えっと……暇なので一狩りドラゴン倒してきます。欽治」


 なんやてぇぇぇ!!

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