Ver.7.1/第40話

 ――少し話は前後し、最終日、チップが学校から帰ってきてからの時間帯に一旦進もう。


「……。何でだよっ!?」

 正直、油断はしていた。

 学校から帰ってすぐにログインしたチップは、城主として玉座の間に降り立ち、ランキングを確認して驚きの声を上げてしまう。

 アヤネとシュンは学校から帰りついていないのか、夕食を済ませてからになるのか、まだインしていないようで、共感してもらえる相手も近くにいない。

 それでも、声を上げずにいられなかった。

 前日に一度は拠点を落とされたものの、作戦通りに一気に領土を広げたドサクサに紛れて再びテスタプラス陣営に戻った頃には、趨勢は決していたはずだった。

 元より、ハルマ陣営は積極的に攻め込むことはなかったため、一度追いついてしまえば後は引き離すだけだと目論んでいた。今日だって、学校でハルマと話していても、何かを企んでいる気配すらなかったのだ。むしろ、テスタプラスの手腕を褒め称えていたほどである。

 例え敵同士だとしても、そういうことを隠し通すタイプでないことは長い付き合いなので知っている。

 だというのに……。

「ねーちゃん。これ、どうなってんだよ!? 何でハルマ達に抜き返されてるんだ?」

 自軍がいるサーバーのランキングを表示させながら、我慢ならずにチャットを飛ばす。

「どうしたもこうしたもないわよ。見たまんまよ」

 昨夜、落ちる直前に確認した時は、テスタプラス陣営がトップに君臨し、ハルマ陣営は2位に落ち、その差は20近くあったはずである。

 それが、順位は逆転され、その差も20近く離されてしまっているのだ。つまりは、ハルマ陣営が40以上も数字を伸ばしている計算になる。〈裏切り〉〈スカウト〉〈同盟〉〈合併〉諸々の締め切りはとうに過ぎているので、ハルマ陣営が急激に数を伸ばせる要因はないはずだ。

 考えられるとすれば、沈黙を破って領土拡大のために動き出した以外にない。

「ハルマ達が守りに強いのは知ってるけど、攻めるのも強いなんて聞いてないぞ? ってか、俺達も攻め込めそうな所は残ってないから、これ以上は動きそうにないって昨日話してたじゃん」

 時は最終ラウンドの最終盤である。ここまで勝ち抜いてきた勢力が、そもそも弱いはずがない。安易に攻め込めば、手薄になった陣営を逆にかっさらわれてしまうリスクを負う。如何に覇者陣営の一員に加われる可能性が生まれるとはいえ、自分達が逆転できる目も残されているのだ。

「あんた。さては、まだランキングの方しか見てないわね。勢力図の方見なさい。それ見たら、すぐ来て。今、テスピーが作戦考えてるから」

 姉はそれだけ告げるとチャットを閉じてしまった。

 チップも渋々言われた通り、全体マップを開き勢力図を確認する。

「は?」


 ――チップが唖然となる前日に、再び戻ろう。


 呪浄の鏡によって封印を解かれた三神獣から受ける報酬を何にするか迷っている中、マカリナはひとつのことが気になっていた。

「モカさんには、3択のコマンドが表示されているんですか?」


『魔界を征する優秀な指揮官か?』

『大軍を退ける兵器か?』

『頑強な居城か?』


 三神獣によって提案されたのは、この3択である。しかし、桃になって転がっているマカリナの眼前にはいつもよりも地面が近い世界がひろがっているだけである。

「ん? いや、何もないよ? この子達に話しかけたら出るのかな?」

「ハルも、ネマキさんも同じです?」

「俺も、何も」

「わたしもないですねえ」

 桃の姿でなければ、ふたりとも首を傾げていたことだろう。

 他の3人が疑問に思っていることを感じ取ったのだろう、マカリナもすぐに意図を明かす。

「いやー。こういう場合って、普通は3択を選択するコマンドが出るんじゃないのかなぁ? って思って。それがないんだったら、実は3択じゃないんじゃないですかね?」

「「「……あ」」」

 マカリナの言葉に、3人とも声をそろえる。

「確かに! 何が望みか訊かれてるだけで、別に選べとは言われない」

 ハルマも三神獣の言葉を思い返し、巧みに誘導されていたことに気づく。

「あらあら。それでは、もっと自由度が高いことを要求できそうですねえ」

「いや、でも。それって、益々難しくない? 欲張りすぎて、それはダメ、じゃあサラバ。ってことにならないよね?」

 選択を迫られているわけではなさそうだとわかり、モカもホッと一安心と肩の力が抜けたが、すぐに新たな懸念を思いついてしまう。

「あー。それは……。この運営なので、ない、とは言い切れないですね」

 7つのボール集めて出てくる龍であれば多少の融通はきかしてくれるが、期待しすぎるのも危険である。

「そうですねえ。一足飛びに〈魔界の覇者〉にして欲しいとかは、さすがに無理でしょうからねえ」

「でも、それに関連した願いじゃないと、それはそれでダメっぽくないですか?」

 ネマキの言葉に、マカリナがかぶせると、4人そろって「うーむ」と、唸り声を上げることになる。

 3択からひとつを選ぶのも悩ましいが、好きなことを願えと言われるのも悩ましいものだ。

 如何に〈魔界の覇者〉になることが絶対の目標でないとはいえ、欲は出てきている。何より、これまで彼らを支えてくれている仲間にも結果を残してあげたいという気持ちもある。


 ……と。


「そういえば、桃は見つかったんですか?」

 突然、ネマキが何かを思い出したみたいに尋ねてきた。

「いや。まだ手がかりすら見つかってないですよ」

 ハルマも、反射的に返答してから「ん?」と、ネマキの意図することに思い至った。それは、マカリナも同じだったようだ。

「え? そんなこと頼んじゃうんです?」

「これといって決め手もないですからね。そういうのもありなんじゃないですか?」

「どういうこと?」

 3人のやり取りを聞いても、ひとりついていけないモカは、首を傾げるだけだ。

「桃がどうやったら手に入るか、教えてくれますかね?」

 そう。戦略的に必要なものが思い浮ばないのであれば、いっそのこと困っていることを手伝ってもらえないか? という提案だ。モカも、得心がいったという顔で数回頷く。

「三神獣にセイテンタイセイがいますからねえ。この方が斉天大聖なのかはハッキリしませんが、斉天大聖でしたら、確か西遊記で桃にかんするお話しがあったはずなので、何か縁があるんじゃないかと。それに、別に3択ではない可能性があるだけで、やっぱり3択だったってこともあるでしょうから、あまり期待しすぎるのもどうかと思いまして」

「それもそうですね」

 桃の姿のままなので、普段のパジャマ姿が見えているわけでもないのだが、彼女がまとうユルイ空気感でふわっと場が包まれた気がした。

 結局、他に案も浮かばなかったことから、桃の入手方法を教えてもらうことにしたのだった。

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