Ver.7.1/第37話

「ちょっとぉお!!」

 派手な攻撃は回避しやすく、赤鬼の隙も大きくなったため、残りHPを25%まで減らすのは早かった。

 そろそろ攻撃パターンも変化しそうだと警戒していたのだが、突如、赤鬼が手鏡のようなものを取り出したかと思ったら、それをモカに向けてきたのだ。

 直後のことである。

 自分の体が相手の鏡に映ったかと思ったらポンと煙に包まれ、ポトリと床に落下した。視界の急激な変化に、ぞわぞわぞわと体が震えた気がした。

「え!? 何これ!? うち、桃になっちゃってる!? は? え?」

 動きたくとも動けない。

 鬼の持つ手鏡には、どう見てもただの桃が映っているだけである。

 パニックである。

 桃の姿のまま、身動きがとれないというのに、赤鬼は容赦なく攻撃を仕掛けてこようとしているのだ。

 さすがに、無防備で攻撃を受けてしまっては、どう考えても耐え切れない。

「ええええ!? これって、避けなきゃダメだったの!? 時間が経てば戻るの? ってか、早く戻ってよお!!」

 手足もないので、じたばたすることもできないまま、赤鬼の金棒が無慈悲にも振り下ろされた。

 プチッと潰される。

 そんなことが頭を過り、ぎゅっと目を瞑ってしまった。


 ……が。


「あれ?」

 恐る恐る目を開くと、奇妙な光景が広がっていた。

 確かにダメージは受けているようであるが、思ったほどHPは減っていない。

 それよりも、自分と赤鬼の間に、見慣れぬ背中が見えたのだ。

 そうかと思うと、横から大きな狼が現れ赤鬼に噛みついたではないか。

「どういうこと?」

 混乱に混乱が上乗せされ、益々わけがわからなくなる中、更に変化が起こった。

 狼に襲われ、距離をとった赤鬼を炎が包んだのだ。しかも、その炎は、モカまで包み込む。

「ちょっ!? うわっ! って、あれ?」

 焼き桃になったかと思ったら、減っていたHPが回復しているではないか。

「ええええ? ホントに、どうなってるの?」

 頭上を無数のクエスチョンマークがぐるぐると踊り狂っているが、突如現れた3匹の味方が赤鬼を追い詰めていく。

「ん? フェンリル、セイテンタイセイ、フェニックス?」

 少しずつ落ち着いてきたところで、加勢に現れた3匹をようやく観察する余裕が出てきた。

 どうやら、激しく噛みつき赤鬼に手傷を負わせている狼はフェンリルで、最初にモカの前で赤鬼の攻撃を防いでくれた見慣れぬ背中のヌシはセイテンタイセイ。そして、スキルが使えないはずの空間で火属性の攻撃と回復を行っている炎の化身のような鳥はフェニックスであるようだ。

「もしかして、君達。犬君、猿君、キジ君?」

 顔があったらあんぐりと大口を開けてしまっていたことだろう。

 赤鬼の攻撃はセイテンタイセイが受け、フェンリルとフェニックスが前衛後衛にわかれて攻撃する。

 3匹のコンビネーションに追いつめられた赤鬼は、再び手鏡を取り出した。

「お?」

 床に転がった低い視線から、見慣れた高さに一瞬で戻る。

「おおお?」

 安堵したのも束の間、目の前で頼もしく戦ってくれていた3匹の姿が、犬猿キジのものに戻っていることに驚かされる。

「つまり、うちが桃になると3匹が戦ってくれて、うちが元に戻ると3匹は戦えなくなっちゃう? ってことかな?」

 一連の流れを振り返り、仕組みを理解する。

「でも、たぶん、イベントっぽいから、もうないかな? ってか、これ以上変なことになると心臓に悪いから、さっさと倒しちゃった方がいいね」

 3匹が赤鬼から距離を取るのと入れ違いになるように赤鬼の懐に突っ込むと、長槍の一閃を叩き込む。

 いつもであればバフスキルと一閃系のスキルを組み合わせて大ダメージとなるところだが、単純な一突きであるので威力は大きく伸びることはない。しかし、そこから始まる連撃によってゴリゴリと赤鬼のHPを削っていく。

 手鏡どころか、反撃の隙も与えない怒涛の攻めだ。

 これも、生身の体では不可能なことである。有酸素運動によって消耗することのないアバターの体であればこそ、流れを止められさえしなければいつまでも続けていられる。

 自分の体を動かすことを意識しながら、無意識の領域で動き続ける。そんな矛盾したことをやってのけていることに、本人も気づいていない。考えていないという方が適切だろうか。

 この時、モカなりの戦い方の完成形を実現できた手応えを感じていたのだが、この戦いが終わった後に振り返ってみると、その手応えはどことなくモヤをつかむようにスカスカとした感覚になってしまっていた。


「ふー。さすがに桃になった時は焦ったけど、何とか勝てたあ……」

 勝利を知らせるSEが鳴り響き、アナウンスも表示される。そして、それを待っていたみたいに、先ほどまで赤鬼がいた場所に宝箱が現れた。

「どれどれ? 何が入ってるんだい?」

 パカリと開けてみると、中には先ほど赤鬼が使っていた鏡と、4つの巻物が収められていた。

 先に鏡を取り出す。


【魔界限定アイテム/呪浄の鏡】

【対象を呪われた姿に変える。呪われている相手に使用すると呪いが解ける】


「はー。そういう感じか。ということは、君達、呪われてたんだね?」

 モカの周囲に集まっている3匹のお供に視線を向ける。先ほどの姿が、本来の姿なのであろう。

 一先ず、呪いを解くのは後回しにして、先に巻物を調べることにした。

「えーと? こっちは、どれも同じ物だね。4つあるってことは、ハルちゃん達用ってことかな? って。え? キビ団子のレシピ?」

 特殊なアイテムであるので、イベント報酬なのであろうが、まさか〈料理〉のレシピだとは思っていなかった。それでも、せっかくなので覚えることにする。


【キビ団子のレシピを覚えました】

【使用者が作ったキビ団子を戦闘中に使用すると、フェンリル、セイテンタイセイ、フェニックスを1戦闘に各1回のみ呼び出すことができます】


「あれっ?」

 最初の1文は、問題ない。

 問題は、補足説明の方だった。

「あーるぇえ?」

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