Ver.7.1/第36話

 ボス部屋の中で待ち構えていたのは、ゴブリンやオーガと違い、如何にも鬼、その中でも赤鬼といった相手だった。

 赤黒い肌の屈強な肉体。額に伸びる立派な1本のツノ。ギョロリと眼光鋭い目つき。重量感のある金棒。

 唯一の救いは、ボスモンスターにしては小柄な部類であることくらいだろうか。それでも、対峙してみると見上げなければならない上背だ。

 一目で強敵だと感じ取る。

 しかも、今回はスキルも魔法も封じられた中での戦いであるので、苦戦は免れないであろう。

「いっちょ、やってみますか」

 愛用の長槍を構え、走り出す。経験上、負けたとしても部屋の外に出されるだけですぐに再戦できるパターンだ。蘇生薬は必要だが、そこは身近にハルマがいてくれるおかげで抜かりはない。

 スキルは使えないが、そもそもスキルに頼った戦いに特化しているわけではない。〈デュラハン〉や〈チャリオット〉といった強力なスキルは所持しているが、どちらも無尽蔵に使えるものではないので、ここぞという時でなければ使っていないのだ。

 ただ、ここぞという時は、他のプレイヤーの目に触れることが多かったために、印象に残りやすいというだけである。

 しかも、最近はヤチとアグラとの出会いによってスキルを使わない戦いも研究している。そうでなければ、〈不屈の精神を宿す者〉の称号を得る条件を満たすこともなかっただろう。

 赤鬼の戦い方は見た目の通り、STRとVITに頼ったもののようである。相手もスキルは使ってこないらしく、序盤は金棒を振り回してくるだけだ。

 むろん、その単純な攻撃でも、非常に強力であることは槍で受け止めてすぐに悟った。受けてもなお、ノックバックを受けるほどの威力なのだ。受け損なったら、致命傷に近いダメージを受けてしまうだろう。

 回復してくれる仲間がいるわけではないので、何度もは受けられない。

 一瞬の油断が命取りになることを理解し、緊張感が増す。

 再戦できるであろうが、簡単に負けるつもりはない。当然、一発で勝利を収めるつもりだ。

 思い出すのは、ふたりの師匠、ヤチとアグラの言葉だ。


「体がどうやって動いているのかを意識するのは良いことよ? でも、この世界と現実の世界ではそもそも体の造りが違うのだから、そこも意識しないとね」

 現実の世界ではできる動きが、アバターの体ではできないことがある。しかし、その逆の方がはるかに多い。

 現実の世界ではできない動きが、アバターの体だとできる。

「ゲームの中で関節技が使えないのは、非常に簡単な話だ。相手を触れないから? 違う、違う。関節を極めても、痛くないからだよ。骨が折れることもなければ筋が切れることもない。呼吸を止めることもできない。それじゃあ、簡単に反撃されてしまう。リアルな動きを意識しながらも、ゲームならでは動き、操作することを意識せにゃならん」

 この話を聞いた上で、ふたりの戦い方を見てみると、また面白いものだった。

 実に理に適った動きをしているかと思えば、人の限界を超えた動きで大技を繰り出す。動きの繋ぎ目がきれいなために、スキルの使い方に無駄も生じていない。

 また、ふたりとも、高威力のスキルや魔法に頼っていないことも共通している。

 決められたアクションやタメが小さい小技を多用し、大技はここぞという時に使うだけなので、MPの消耗も少ない。

 ふたりの戦いは、モカの理想に近い気がしたが、そこでもやはりヤチにたしなめられた。

「あたしゃとお前さんとじゃ、体型からして全然違うんだよ? マネただけじゃ、理想の動きにはなりゃしませんよ。まあ、でも、何かのヒントにはなるでしょうから、存分に悩みなさい。そして、存分に遊びなさい」

 そういって、老齢であるからこそ作れる穏やかでありイタズラっぽさも含めた笑みを見せるのだった。


「悩んで、遊んで、忙しいわねっ!」

 生身の体の仕組み、アバターの体の仕組み、その差異を意識しながら体を動かす。しかし、理屈で考えるのは得意ではない。

 モカにとって重要なのは、あくまでも感覚だ。

 ヤチに教わった演武の型。その所作をイメージしながら、自分のアバターに落とし込んでいく。

 赤鬼の攻撃をかわし、いなし、受け止め、それらの動きを反撃へと結びつける。

 スキルを使わない攻撃の利点は、決められた動きも発動時間も必要としない点にあり、攻撃判定さえ入れば立て続けに攻撃できることにある。その分、一撃のダメージ量は抑えられるが、モカほどのATKがあり、且つ、手数が多くなると、下手なスキルよりも大きくHPを削ることができるのだ。

 ハルマと違い、システムによるサポートを受けて攻撃を無効化する確率は低いので、己の技量でそこは補わなければならない。

 赤鬼のHPも半分は削れたところで、攻撃パターンの変化が起こる。

「くぅ……。金棒だけじゃなくて、体術も使うようになるのか。動きが素早くないから、まだ何とかなるかあ?」

 ツノが突き刺さると大ダメージとなりそうな頭突き、筋肉質な体躯を活かしたショルダータックル、壁際に追いつめられるとこういった大技を仕掛けてくるようになった。ただ、壁にヒビが入るほどの威力があるようだが、予備動作は大きく、回避はかえって楽になったほどだ。

 ところが、そう思ったのが間違いだった。

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