Ver.7.1/第35話

「ひゃ~、大変だ」

 安全地帯に潜り込み、ふうと一息つく。

 基本的に方向音痴の人間に、マップを頼りに攻略しなければならないクエストは荷が重い。しかも、いつもと違い、戦闘で敵を薙ぎ払って進むこともできないため、最初のうちは入って早々に何度も失敗を繰り返した。

 ただ、砦の中は思っていたよりは広くなく、道順は何とか覚えることができた。

 とはいえ、徘徊する見張りをすり抜けて進むのに苦労させられている。

 猿は鍵開けという役割だったが、犬とキジはモカの代わりの目となってサポートしてくれる。

 犬は鼻を頼りに見張りがどのルートを往復しているのかをマップに表示させ、キジは上空から見張りの現在地を教えてくれるというわけだ。

 どちらもマップに表示してくれる範囲は広くなく、小まめにキビ団子を使わなければならなかった。

「時間的にも、キビ団子の在庫的にも、失敗できるのは後1回ってところか」

 幸い、見張りの行動パターンは何度やり直しても変化はなく、回数をこなせば犬に頼らずとも奥へと進めるようになっている。

 後1回はやり直せそうな余裕はあるが、できればこのまま突破してしまいたい。

 見張りに見つかっても、捕まるまでは排除されないとはいえ、近くの見張りも呼び寄せてしまうので逃げ場がなくなり最終的に捕まってしまう。

「ボスとは戦うんだから、見張りとも戦わせてくれたらイイのにねえ」

 近くでお座りしている犬を撫でながらキジからの報告を待つ。この先までは何度も失敗を繰り返したエリアなので、犬のサポートも必要なくなっていた。

 残るブロックは2つか3つか。道順とタイミングを脳内に浮かべ、マップに変化があったのと同時に動き出す。

 トライ&エラーによる地道な努力は何もテスタプラスの専売特許ではない。理論派か感覚派かの違いはあれど、彼女もまた、体に染み込ませることで成長し続けているプレイヤーなのだ。

 ダンジョンの広さに対して、難易度が高く感じる原因のひとつに、〈聖獣の門〉の時と違い、見張りに見つかる範囲の広さがあった。

〈聖獣の門〉の時はマシン系モンスターの視界の範囲が可視化されていたのだが、今回はゴブリンやオーガが見張りを務め、見ている直線状のラインに自分の姿が全て重なるとアウト判定となるようだった。

 そのため、壁から覗き見て、背を向けたタイミングで走り抜けるなどの対応が必要になる。ただ、壁から顔が完全に出ているのが見つかっても、全身でなければセーフという判定なので、そこまでシビアなものではない。

 しかし、当然ながら、見張りは一方向にだけいるわけではないので、悠長に待っているわけにもいかないのだ。

 如何に犬とキジのサポートで行動パターンと現在地がわかっても、簡単には突破できないようにできている。

「ハァ。〈デュラハン〉使えたら、楽なんだろうけどな」

 キジに頼まずとも上から見下ろせる視点になれる、モカの代名詞ともなっているスキルのありがたみを噛みしめながら先へ先へと歩を進めていく。

 そうやって、ついに最後の扉の前へとたどり着いた。


「猿君! 早く早く早く!」

 たどり着いたが、マップには左右から見張りが迫ってきているのが見て取れた。およそ5秒後には曲がり角に到達し、こちらに視線を向けてくる。

 それがわかっているから、モカも気が気ではなかったのだが、この猿による開錠、やたら時間がかかるのだ。

 これまでも、何度か開錠作業が必要だったが、その度にモカは焦燥感に苛まされたものである。

 もちろん、急かしたところで相手はNPCである。

 決められた時間が経過しなければ作業は終わらない。

 その場で足踏みしながら、今か今かと鍵が開くのを待っているが、ついに見張りが曲がり角から姿を現した。

「来ちゃったよお!」

 見張りの視線とモカの姿が重なると同時に、警報音が鳴り響き見張りがモカに向かって走り出した。経験上、この距離だと捕まるまでに20秒といったところだ。

 今から逃げて安全地帯に向かうのは無理である。

 しかも、ここで動いてしまっては、猿の開錠作業も失敗となってしまうので、開くのを信じて待つしかできない。

 いつもであればどんなに凶悪なモンスターに襲われても恐怖など感じないモカも、この時ばかりは迫ってくる見張りにたじろいでしまっていた。

 万事休すかと諦めかけた瞬間、待ちに待ったSEが聞こえた。

 開錠を知らせる音が聞こえるのと同時に、扉にかけられた鎖でつながれた錠が消え去る。

「猿君! でかした! 行くよ!」

 入れるようになった扉を蹴破るようにして、モカは最奥の部屋へと飛び込んだのであった。


 最奥の部屋に飛び込むと、一気に静かになった。

 先ほどまでけたたましく聞こえていた警報音も消え、何事もなかったかのように凪いだ空間が広がるばかりであった。

 ここが最奥の部屋かと思ったが、正面に大きな階段があり、その先にもうひとつ扉が見える。

 どうやら、その先がボス部屋のようだ。

「うひゃ~。ここまで来てもスキル使えないってことは、ボス戦もスキルなしで戦わないとダメってこと? あ! でも、魔瘴メーターはなくなってるってことは、時間は気にしなくてイイってことだよね? そういうことなら……」

 これまでの苦労が吹き飛んだみたいに、モカはニタリと笑みを浮かべるのだった。

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