Ver.7.1/第32話

「おおお。かわいいですね。アヤネが見たら、発狂しそうだ」

 人工の洞くつ巡りも途中で切り上げ、犬を連れて城下町に戻ると、ハルマとネマキやって来た。

 転移に犬もついてくるのか不安ではあったが、何の問題もなかったらしい。扱いとしては、マリーに近いのだろう。

「モカ姉様が、探していた桃太郎だったということなんですかね?」

 ネマキも、ゲーム内で初めて目にする犬の姿にメロメロになりながら疑問を口にした。もふもふとした感触は残念ながら感じることはできなかったが、こちらが撫でる仕草をすれば、それに呼応するように体を動かしたり尻尾を振ったり表情を変化させたりするので、ついつい色んな所を撫で回したくなってしまう。

「モカさん、桃太郎の称号獲ったんですか?」

「いや? そんなもん獲った記憶ないよお?」

 ハルマの問いかけをキッカケに、モカ自身も気になっていた獲得称号の確認を行うことになった。

 ポチポチとメニューを操作し、自身の獲得称号一覧を眺める。

 ただ、元々気にしない性格であるため、新規に獲得した称号があるのかどうかもすぐにはわからず、それらしきものの内容をいちいち確認しながらであったので、非常に時間がかかった。

 ハルマもそうであるが、彼女も一般的なプレイヤーでは獲得するのが困難なものが多数あることも、作業の難易度が上がる要因になっていた。

「称号の一覧、獲得順にソートできればいいんですけどねえ」

 モカがメニュー画面とにらめっこしている横で、ネマキも同じように自身の称号を確認しながら呟いていた。

「系統別と五十音順だけですもんね。せめて、新規で獲得したことがわかるマークでも付いてると良いんですけど」

 この辺は、すでに他のプレイヤーからも改善の希望が出ているので、対応を待つしかないだろう。


「うーん? やっぱり、桃太郎っぽい称号は獲ってないね。直近で獲得したの〈不屈の精神を宿す者〉ってやつくらいかな?」

 モカも、この作業は手を抜いてはいけないだろうとじっくり時間をかけて調べていったが、魔界に入ってから獲得したであろうものの中で他に気になるものは特になかった。

「また、何と言うか、猛々しい称号ですねえ。モカ姉様にお似合いの称号ですけど。一体、どんな称号なんですか?」

「んー? 何か、スキルも魔法も使わずに魔界でモンスターに勝利した回数が5000を越えたらもらえるらしいよ?」

「あ……。それは、なるほど、モカさんにしか無理っぽいです」

 モカの説明に、ハルマは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「でも、魔界限定の称号っぽいですので、それがフラグかもしれませんね。確か、桃太郎に選ばれるのは『慈悲の心を持ち、不屈の精神を宿す屈強な戦士』という話でしたので、その称号とも合致しますし」

「あ! ホントですね。ってことは、後は、慈悲の心? ってことですかね?」

 ハルマも、ラヴァンドラの言葉を思い出し、ポンと手を打つ。すると、ネマキは事もなげに撫で繰り回していた犬を指さした。

「それは、この子のことじゃないですか?」

「ん? でも、うちが持ってる称号は〈不屈の精神を宿す者〉だけだよ? だいたいうちが獲得する称号って、物騒な名前なのばっかりだし」

「いやあ。桃太郎ですからね。犬だけじゃ、足らないんじゃないです?」

「……。猿とキジも探さないとダメってこと?」

「だと思いますよ?」

「うちが?」

「だと思いますよ?」

 あんぐりと口を開けたモカに、ネマキもイタズラっぽい笑みを返す。こういう作業が、彼女にとって苦手な部類の作業であることを知っているからだ。

「まあ、でも。ヒントはあるんじゃないですかね?」

 すでに心が折れかかっているモカに、ハルマもは助舟を出す。

「そうなの?」

「この犬が見つかったの、草原エリアだったんですよね?」

「うん」

「草原エリアにポップするモンスターは獣系。で、犬がいた。ってことは、山岳エリアにキジがいるんじゃないですかね? 猿は、どうだろう?」

「そういう感じなら、強いてモンスターのカテゴリーに当てはめると、亜人系ですかね? コングコングとかも、確か亜人系モンスターだったはずなので」

「なーるほど。じゃあ、山岳エリアと平原エリアを重点的に探せば良いんだね。……って、結局、ほぼ魔界全域じゃーん!?」

「あー、ははは。せめて、この子が行き先でも教えてくれたら良いんですけどね」

 項垂れるモカに、ハルマが何の気なしに呟いた時だった。

「わんっ!」

 それまで大人しくしていた犬が、ハルマの言葉に反応したみたいに走り出したではないか。

「「「え?」」」

 突然のことにポカンとなってしまった3人だったが、脊髄反射みたいな反応で走り出した者がいた。

「ちょっと行ってくる~」

 爆走する犬の速度に負けない速さで走り去ったのはモカだった。というか、通常のAGIで追いつけるのは彼女しかいないのだが。

「「いってらっしゃーい」」

 ポカンとした顔のまま、小さくなっていくモカを見送るハルマとネマキなのであった。

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