Ver.7.1/第14話
「おー。見事に咲いたなあ」
大きく育った桃の木に水をやっているハルマに、アグラとヤチの老夫婦が声をかけてきた。
勉強と魔界での戦いの両立に些か無理していたのが祟り、テストが終わった気の緩みで昨夜はログインせずに寝てしまったので、この日はふと目が覚めたこともあり、まだ陽も昇らぬ早朝からログインしていた。
そのため、声をかけられたことに少し驚いてしまうも、相手が相手だったので穏やかに挨拶を済ませる。
ハルマがいたのは、スタンプの村の一角。
以前、ふたりから景観が寂しいと相談されていたのだが、ようやく解決できたのである。
「いやー。まさか魔界の苗木をこっちでも植えられるとは思いませんでしたよ」
「ふふふふふ。相変わらず楽しそうで何よりよ」
ニカッと笑いながら老夫婦に対して照れたように告げると、ヤチからも気持ちの良い笑顔を返される。
そう。この桃の木。魔界に生えていたものなのだ。
基本的に魔界の森に生えている木は伐採可能なものである。そして、プレイヤーの身長よりも低いくらいの低木であれば、スコップなどを使って掘り出すと、苗木と名称が変化して持ち帰ることができる。
とはいえ、一本一本掘り返す作業も面倒なため、大木と同様に伐採してしまった方が道を切り開く際には楽である。
ハルマも、城下町の湖周辺を癒しの空間にしたいので、緑が欲しいとネマキに頼まれなければ、低木が持ち帰れることを見つけることはなかっただろう。
つまり、魔界で見つけた苗木は、基本的に採ったら城下町の湖周辺に植樹することに使われるため、通常サーバーに持ち出せるとは思っていなかったのである。
たまたまスタンプの村で〈不思議なサクランボ〉から万年桜の木を育てた経験があったことで、魔界の苗木も育てることができるのではないかと思い至り、ジョウロを取りに戻った際に気づくことになったのだ。
確かに、アイテム欄を見てみれば、魔瘴銅や魔芯材と違って魔界限定の但し書きも、取引不可の注意書きもない。
そして、育てて驚くことになったのだが、高確率でマカリナが見つけられなかった桃の木になったのである。
とはいえ、花が咲くまでで成長は止まり、桃の実がなることはないようだ。
それでも、城下町の湖周辺には桃の花が咲き誇り、ネマキ渾身のスパリゾートホテルからの景観を、これぞ桃源郷といった趣にできたことには、ハルマもネマキも満足している。
ちなみに、実は苗木から桃の木に育つ確率はそんなに高いものではない。基本的に森林エリアで見かける名もなき大木にしか育たないはずなのだが、ここでハルマも気づいていない要素が絡んでいた。
それは、ハルマの装備しているフェンサーヘルム。〈ドアーズ〉で手に入れた〈レア運上昇〉で埋め尽くされた逸品。その隠された効果のひとつのおかげであった。
「それじゃ」
「はーい。がんばってらっしゃい」
ふたりに見送られ、ハルマは魔界に向かう。アグラとヤチは魔界での戦いは気乗りしなかったらしく、ソロサーバーでのんびりやっているようだ。
ハルマも、あれほど味方が増えなければ、そちらで気の向くままに遊びたかったのだが、それが贅沢な悩みであることは理解しているので、気持ちを切り替えメニューを操作して魔界へと向かうことにした。
「さすがに、この時間だとあんまり人いないな」
1日半顔を出さなかったせいで、状況を把握できておらず、目まぐるしく変動する魔界の情勢を通知やログなどを遡って追いかけ、何となくの流れを頭に叩き込むことから始める。
ただ、ハルマ陣営にかんして言うと、大きな変化はなかったようだ。
相も変わらずハルマ達を直接攻め込む陣営も多かったが、ほとんどが噂を聞きつけて真相を確かめるのが目的であったのか、大軍勢で攻め落としにかかってきているというよりは、小規模の様子見といったものばかりであった。
ハルマ達も、この流れは予想できていたので、思い切った配置にしている。
「どうぞ攻めてください」とばかりに、ハルマ達の拠点をもっとも攻めやすそうな最前線に置いてあるのだ。
4万を超える軍勢を相手に耐え抜いたことで防御にはかなりの自信が持てた。ハルマの城を攻め落とそうと思ったら、それをはるかに超える軍勢で攻め込まなければならないことは明白で、そんなことをしてしまえば、守りが手薄になるために、周囲から逆に攻め込まれるのも自明の理となる。
では、ハルマ陣営の本拠地を無視して周囲から切り崩しにかかろうにも、こちらは数にものを言わせて支え合う方針が固まっているので、こちらもちょっとやそっとの軍勢では攻め落とせないだろう。
「確か、リナは週明けからテストって言ってたから、しばらく来ないかな? モカさんもネマキさんも、朝はあんまりインしないし……。それとも、週末だから昼前に一度くらいは来るかな? 遅くても襲撃イベントが昼過ぎにはあるから、インしてくるはずだけど」
第2ラウンドに入ってからも、どういうわけだか〈売り込み〉の申請は止まらず、味方陣営は減るよりも増えるペースの方が上回っている。ただ、このサーバーは大規模陣営ばかりとはいえ、一枚岩の陣営はハルマ達のところくらいなので、〈魔界の覇者〉を目指すプレイヤーよりも第3ラウンドまで生き残ることを目標にしているプレイヤーが多いというのも理由のようである。
大規模陣営が多い中にあってもハルマ陣営は頭一つ出ている上に、強固な守りが売りであるため、なかなか切り崩せない。有象無象で領土の奪い合いを繰り返していてはハルマ陣営を上回れないと感じたプレイヤーは、早々に見切りをつけてハルマ陣営へと駆け込んできているようなのだ。
第1ラウンドよりも期間が短く、〈売り込み〉の判断も早くしなければならないとうのも後押しとなっているようだ。
むろん、その背景には、ハルマが大魔王であること以上に、どうせならハルマのために一肌脱ぎたいという感情も大きいというのは、第1ラウンドの流れと変わらない部分もあった。
……と。そんな感じで溜まっていた〈売り込み〉の申請をさばいていると、視界の中に唐突にアナウンスが流れた。
「ほえ?」
【称号〈大衆に愛されし者〉を獲得しました】
『スキル〈カリスマ〉を取得しました』
『共闘する仲間のSTR、VIT、INT、AGI、DEXを3%上げる(自身は除く)』
『魅了無効を取得しました』
【取得条件/魔界で売り込みによって配下になったプレイヤーが500人を超える(魔界の覇者が決まるごとにカウントはリセットされる)】
「……。え?」
魔界でハルマの配下に加わった者達は知らない。自分達のせいで、大魔王が更なる進化を遂げたことを。恩返しをしたいという気持ちが、違った意味で成就されたことを。開発運営陣が恐れていたことが起こってしまったことを……。
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