Ver.7.0/第44話

「あれえ?」

 魔界での攻防戦が始まった時間は、平日の午前10時であったので、ハルマもマカリナも学校に行っていた。

 モカとネマキもその時間帯はインできないことは知らされていたので、ログアウト中に攻め落とされているとばかり思っていたのだが、学校から帰り、早めの夕食を済ませてからインしても、耐え抜いていたことに素直に驚く。

「おはー。やっと来たのね」

「おう、おはー。何でまだ耐えてるんだ? 俺達の予想と違って、全然攻め込まれなかったのか?」

 本城の玉座の間でログアウトしなければ拠点の防衛能力が下がってしまうため、ハルマだけはいつもと違った場所に姿を現すことになる。ただ、マカリナからしたら、どこに現れるのかハッキリしているので、探す手間が省ける。

「まだログ確認してないのね。めちゃくちゃ攻め込まれてるわよ。あたしも20分くらい前にインしたばかりだけど、2回は攻められてる」

 教えられるまま、オリーブを呼び寄せ専用サイトを確認する。

 攻防戦の項目には、ずらりと戦歴が並んでいる。スクロールも無制限ではないので、全て確認できたわけではないが、少なくとも上から下まで30戦分はびっしり詰まっているので、それ以上は耐え抜いたようである。

 しかも、マカリナの話す通り、現在進行形で攻め込まれているさいちゅうだ。

 ハルマは戦闘中のログを選択し、戦況を確認する。

「……何? これ?」

 すでに終盤戦なのだろうが、城門すら突破されていない。

 城門前に配置されているカッパーゴーレムとアイアンゴーレムに壁をされて、全てはね返されてしまっている。城門を避けて城壁を越えようと動く一団もあるのだが、その前に外堀を越えなければならい。外堀には、ハルマが引き入れた水が溜まっている上に、水棲モンスターが自然発生しているエリアになっている。

 この水棲モンスターがどういう扱いになるのか気になっていたが、結論としては、自分達のテリトリーに足を踏み入れた者には容赦なく攻撃を仕掛ける仕様であるらしく、しびれゼリーに麻痺毒を食らい、ばくだんグローブの爆発と、きりさきタートルの攻撃を受けて城壁にたどり着く前に多くの兵士が散っていた。

 また、それだけでなく、城壁の上に配置しておいたゴブリン達が指揮官の指示に従って投石することで、まともに近寄れないようである。そうでなくとも、泳げないモンスターではまともに動くことができないようだ。

「石、集めておいて良かったな」

「それもあるけど、やっぱり指揮官の性能がエグイのが一番じゃない?」

 モカの情報を元に、南門から真っ直ぐ森を抜けた先にいくつか洞くつを掘ってある。その際、副産物として土だけでなく、石も大量に集まっていた。

 土は土嚢にして、魔法攻撃などから身を守るための即席の防壁に使えることがわかった。それだけでなく、外堀を埋めるのにも使えるようである。ただ、これは攻城戦で使うものなので、防衛が中心になるハルマ達にとっては、あまり意味がない。

 対して、石は防衛時に城壁の上から投げ落とせることがわかり、あるだけ全部指揮官に預けていたのだ。

 まさか、ここまで有効なアイテムだとは思っていなかったというのが正直な感想である。

 そして、そんな小技よりも重大なのが、若返った指揮官NPCの存在だ。

「さすがは、防御特化のマーシラさん、ってことか」

 ジャンケンに勝利したのは、ハルマだった。

 恨みっこなしの一発勝負を宣言していた上に、4人ともこれといった強い意志があったわけでもない。あっさりと防御タイプの指揮官NPCであったマーシラに桃を使うことが決まった。

 ただ、桃を使った結果には、一同唖然とさせられた。


「これ、やりすぎじゃないの?」

 マカリナが発見者として代表して使ったのだが、戸惑うのも無理はなかった。

 何しろ、それまでHPとVITがEランクである以外は全てFランクだったというのに、HPとVITはSSランク、AGIとDEXはBランクだが、他はAかSランクというバケモノ性能に大変身してしまったのだ。

 指揮官NPCの性能で重要なのは、ステータスである。

 正直、指揮官としての指揮能力にどの程度の差があるのかは、AI戦であるため判断が難しい。その反面、無視できない能力が存在する。

 指揮官NPCのステータスによって兵士のステータスは強化される、というものだ。極端な話、Fランクの指揮官が率いるゴブリン1000体と、SSランクの指揮官が率いる100体のゴブリンが戦った場合、後者が勝利してしまうほどの差が生じることもある。これがあるから、少しでもランクの高い指揮官NPCを皆が求めるのだ。


「マーシラさんのSSランクのHPとVITに後押しされてるせいで、進化してないゴーレムでさえもほとんど突破されないのに、カッパーとアイアンは言わずもがなよね」

「ホントだ。普通のゴーレムもダメージより回復の方が上回ってる?」

 戦いが始まった後の行動は指揮官NPCのAI任せになるが、兵士の初期配置は城主であるハルマの仕事だ。

 もちろん、ハルマが特別なことをしているわけではない。

 防衛戦しか考慮していないので、城門の前に守りに長けたゴーレムを配置し、セットで回復役の植物系モンスターを付けているだけだ。城門の上にゴブリンを配置しているが、投石がここまで有効な手段とは思っていなかったので、もっと多めに配置しても良かったかもと思うほどである。

「あー、そういえば……。いくつかログで過去戦を見返してみたけど、回復役を連れてる陣営って、皆無だったわね」

「え!? そうなの? こんなに便利なのに?」

「ね? 不思議よねえ」

 この場にモカかネマキがいたら、すぐに教えてくれただろう。そんなにホイホイ植物系のモンスターは〈発見〉できないのだと。

 だが、マカリナがハルマの元に駆けつけた本題は、別にあったことで、話題は切り替わる。

「って! そんなことより、もっと大変なことになってるのよ! 通知、見た!?」

「通知?」

 通知なら大量に届いている。正直、いちいち確認するのが面倒な数だ。最初に1つ2つは開いたが、どちらも別陣営が攻めてきたことを報せるものだったので、それ以降は目を通していない。

 と、そう言っている間にも新たな通知が届いた。

「何だ? また別のプレイヤーが攻めてきたのか? 兵士の回復時間も要るだろうに強気だなあ」

 しかし、そうではないことに、ハルマも目を見開いてしまう。

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