Ver.7.0/第42話

「全く……。モカさんはさすがって感じだけど、ハルは相変わらず異常ね」

 モカが駆け出し、それ以上の速度で走り去ったハルマを見送り、マカリナも呆れ混じりのタメ息をひとつ吐き出してから動き出す。彼女だけは急ぐことはない。

 向かうのは、すぐ近くを流れる川だからだ。

 むろん、川であるので長く伸びている。未知の何かを探す旅であるので、下流、上流、どちらも探索するつもりだ。

 それでも、ふたりと違って3時間で移動できる範囲は限られる。

 マカロンを呼び出し騎乗、というよりも、搭乗して移動することも可能ではあるのだが、モカとコナのような相乗効果は見込めない。何しろ、互いにAGIには恵まれていないのだ。

 鈍足と鈍足が協力したところで、鈍足のままなのだ。若干移動速度は上がるものの、視界の揺れが大きく快適とは言えないため、毒沼やトラップ地帯を抜けるような場合でもなければ利用することはなかった。

 森の中を流れる川の一部は、ハルマが外堀とつなげた場所だけ視界が開け、安全地帯となって行き来が楽になっている。マカリナ個人の戦闘力はかなり低い。並みの生産職プレイヤーと同等か、それ以下である。

 彼女の強みは長期戦を耐え抜いた先にある。魔界では無類の強さを誇る彼女も、〈DCG〉で使うコストが上がるまではソロで森の中を探索するのは正直リスキーな行為なのだ。

 それでも、低コストで呼び出せるモンスターを召喚し続ける。これは、自分の身を守ってもらうためではない。守ってもらいたいのだが、〈DCG〉で呼び出したモンスターには命令できないので、力尽きるまで勝手にどこかで戦い続けるだけなのだ。幸い、この好き勝手な行動でも、森林エリアを徘徊する虫系モンスターと相打ちくらいはしてくれる。

 魔界の森林エリアを徘徊する虫系のモンスターは基本的に状態異常系の攻撃が主体であるので、直接対峙するのは、マカリナにとってはよろしくない。〈発見〉も育ってはいるが、探索中はモンスターにばかり注意してはいられない。その点、AIで勝手に動く召喚モンスターは優秀で、いち早く近くにいるモンスターを見つけ、自動的に攻撃を仕掛けてくれる。

 精度は低いが、多少なりとも守ってもらえるというわけだ。

 加えて、ハルマと〈大魔王決定戦〉で戦った時とは事情が変わっているのも大きい。実は〈DCG〉というスキル、〈発見〉などのスキルと同じく、育っていくスキルであったのだ。

 以前は、受けの姿勢の相手に対してはコストがなかなか上がらず苦労させられたが、スキルが育ったことで、使用できる召喚モンスターの種類も増え、召喚したモンスターを対象にした攻撃でもコストが上がりやすくなっている。

 つまり、低ランクのモンスターを召喚すること自体に意味が生まれる。

「あからさまに怪しい場所だから、とっくに誰かが調べてるはずだけど、何の情報も出てないんだよね」

 川に到達し、上流へと向かい始める。下流と上流、どちらが怪しいかと問われたら、上流と答える。別に理由はなく、ただの直感だ。というか、マップで確認すると、上流は山岳エリアが起点になってる反面、下流だと隣のエリアに流れ込んでいるせいで終着点までたどり着けない。ちなみに、その川が流れつくのだろう終着点には、NPCの陣営が支配するエリアに湖を作っているようだ。

 ようだ、というのも、マップ上に川は表示されない範囲の方が多いため、大部分は想像で補うしかないのだ。

 隣のエリアまで行くことも仕様上は可能なのだが、山岳エリアまで3時間かかるAGIであるので、当然のことながらマカリナには無理である。

「場所によっては、〈水泳〉なくても別に困らないのね」

 森の木々に隠れるように蛇行する川を遡上しながら〈発見〉のスキルと自分の直感を頼りに何かないか探し続ける。蛇行している関係なのか、水深は場所によってバラバラだ。そのため、浅い所を選んで進めば、〈水泳〉を使うことなく水辺の探索が可能であった。

 だが、逆を言えば、水中だけでなく、陸上も合わせた範囲で捜索しなければならず、思うように先に進めない。召喚モンスターに水中の掃除をやらせ、安全を確保しながらなので、なおさら時間がかかる。

 幸い、深い所でも2メートル程度であるので、油断しても息切れでリタイアに追い込まれる心配は少ない。しかも、水中での活動時間が長くなることでわかったこともあった。

「水の中にいると魔瘴ゲージ増えないのね……」

 魔瘴ゲージが増えないということは、フィールドでの活動時間が延長できるということだ。水中限定での話になるが、これを利用すれば予定していた以上の範囲を探索できる。

「これもハルにやらせた方がイイってことよね? まあ、さすがに、何でもかんでも頼るのは悪いか」

 ユララというチート級の存在がいるおかげで、ハルマの水中での活動時間は異常な長さを誇る。潜水して移動すれば、時間を気にせず山岳エリアまで到達することも、可能に思えた。

 しかし、それを踏まえた上で水深の浅い所を多めに配置しているのかもしれない。リアルであれば泳げる深さが残っていたとしても、ゲーム内では強制的に歩行姿勢に切り替えられるため、立ち上がらなければならないのだ。

 そういった体験を積み重ねることで、今後に生かす。こういう知識と経験の積み重ねがマカリナは嫌いではない。そうでなければ、生産職を継続して楽しめないとも言えるかもしれない。

 とはいえ、水中と水辺、両方を注意深く探索しながら遡上を続けるも、これといった発見がない。採取ポイントでもあれば気も紛れるのだが、それも滅多にない。そう都合良く未知が見つかるわけがないことは理解しながらも、心の洗濯ではないが、一息つきたくなる。


 そんな時だった。


「何? あれ」

 アバターの体にコリを感じるわけもないが、浅瀬でグッと背伸びをしていた時だった。上流から、ピンクの大きな塊が迫ってきたのだ。

 未確認のモンスターが登場したのかと身構える。

 どんぶらこどんぶらこと流れてくるソレは、徐々に姿を現す。

「……桃??」

 巨大なピンクの塊は、マカロンに頼まなければ拾い上げることもできないサイズであったが、インベントリに収められたものを確認すると、確かに桃であった。

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